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瑠璃姫  作者: 唯畏
1章〈見廻り組騒乱編〉
27/40

27 それぞれの戦い


佐条家本邸――


ここが睦実の育った家か。

総助は刀を振りながらも、思考を彼方へ飛ばしていた。


手入れの行き届いた雄大な庭園は、洋風な飛鳥の屋敷の庭とはまた違った趣で、嫌いではない。しかし、ここには息の張り詰めるような窮屈さがあって、ずっと居たい場所には思えなかった。睦実の堅物な性格も、ここで育ったなら当然のように思える。


その窮屈さの原因は間違いなく、この忍んでいる者の数だろう。斬っても斬っても湧いて出てくる。


飛鳥について、いくつかの高家に足を踏み入れたことがあるが、ここまで多いのは初めてだ。


安心院飛鳥をもってしてもこれまで落とせなかった城。

伝統と格式の象徴のような屋敷。


――それは飛鳥が捨て去ってきたもののように思う。


飛鳥は当主になって以後、古くからの家を捨て、家宝もみな売っぱらい、今や安心院家には飛鳥の時勢に築いた物しかない。それでも、安心院家には長い歴史と、この国の三大大家の一つであるという肩書がありそれが消えることはないが、。


だとしてもここは、飛鳥の屋敷と正反対の場所に感じられた。


飛鳥が佐条家にここまで執着するのは、面白がっているのとは別に理由があるのかもしれない。


子供の頃抱いた尊敬が消えることはなく、今でも飛鳥と共にいることが多い総助だが、その尊敬ゆえにそばにいるというのは少し違う。


恐ろしいほど自由人である飛鳥が時折陰を抱くのに、気づいているのは総助と、いつも隣にいる執事くらいのものだろうか。


どうにも放っておけないのだ。


いつかその闇を話してくれるときは来るだろうか。

いや、気位の高い飛鳥のことだ。きっと話してはくれないだろうな。


だからこそ、俺が飛鳥から解放される未来はないのかもしれない。


庭を抜け、邸宅内に入る。


とにかく広く、護衛の数が多いが、総助にはもう当主の居場所がわかっていた。


屋敷の中央でたゆたう気配。


殺気立ったやつらの中にあって、一人だけ穏やかに揺らがぬ音を鳴らす者。


ふと浮かんだのは時雨が大切にするあの少女。

真っ白な髪に暁の瞳を持った彼女もまた、同じような気配を漂わせていた。


物理的に殺すなんて簡単なか弱い存在のはずなのに、とてつもなく大きく感じさせる。


しかも、これから対峙するのは睦実の兄。

あの少女とは違う、れっきとした大人の男。


気合を入れなければ、斬られるのは俺の方だ。


総助は1歩ずつ当主のもとへ歩を進めながら、集中を高める。

後ろには、倒れた者たちが道を作っていた。



睦実は実戦で相手の血を流すことを好まない。

それはこれから刑を受けるものがここで傷を受ける必要はない、という睦実なりの考えからだった。


見廻り組の規律というわけではないため、隊士たちにそれを強要したことはないが、睦実自身は隊に入ったときからずっと守っていることだった。


だというのに、。


道場に流れた血を見て、睦実は心が冷え切っていくのを感じる。


夜、総助を見かけるといつも虚ろな目をしていて、心がそこにないように狂っていた。あの教会での出来事が影を落とし、総助を壊してしまったのだと考えていたが、あれはまた違ったのかもしれない。


人を斬るということは、こういうことだったのだな。


睦実とて、人を斬るのは初めてではない。

しかし、ここまで多くの者を殺めたのは初めてだ。

それがよりによって、私についてきてくれた見廻り組の隊士たちとは、。


だとしても私は斬らねばならない。


見廻り組において、謀反を起こすことは大罪。

彼らは必ず死罪となる。


これまでついてきてくれた彼らを他の者の手で殺されるくらいなら、私がこの手で処刑する。

それが、彼らへのせめてもの筋というものだろう。


私が至らぬばかりに、彼らを謀反に走らせてしまった。

誰よりも罰を受けるべきは私かもしれない。


それでも、睦実はまだ見廻り組の隊長でいたかった。


誰一人の顔も忘れぬように胸に刻みながら、睦実は刀を振り続ける。



当主様はああおっしゃったが、私はこの身のすべてをかけて当主様をお守りする。


先々代の頃より佐条家に仕えてきた男は、当主の傍らでそのときを待った。


天才的な剣の腕を持つ睦実様と比べられ、蔑まれることも多かった智弥様。それでも、そのお優しいお心と芯の通った態度を好む臣下は多い。


佐条家歴代の当主の中でもここまで臣下に慕われた方はそういないだろう。ご自身では気づかれていないようだが、。


睦実様も智弥様のことを大切にされている。


佐条家には長男が当主になるという規律はなく、強いほうが家を継ぐのがしきたりとなっている。だから、兄弟の場合、当主の座を巡って殺し合いをした事例が過去にいくつもあるのだ。


だから、お二方が小さい頃は将来争うことがなければいいと、切に願った。


しかし、それも杞憂だった。


お二方は実に仲の良い兄弟で、お互いを思いやり、当主の座を巡った争いが起きることはなかった。


だというのに、安心院家の当主め。

なぜこのお二人の幸せを壊そうとされるのか。


老齢の忠臣はここでその命、使い果たすことになんの疑念も抱いていなかった。


先々代の頃より佐条家に仕え、見守ってきたが、もう私も歳だ。

いずれ死ぬなら、いま当主様を守り抜いて死のう。


睦実様――。智弥様――。

お二人の幸せの為に死ねるなら、こんなに幸せなことはない。



バンッ、


勢い良くふすまが開けられ、男が姿を表す。

血みどろで、髪からも血が滴り落ちている。

部屋の中に一気に鉄の臭いが広がった。


刀を抜き、正面から相対する。


どうせ雇われ剣士だ。

安心院家への忠誠を持っているわけではないだろう。


実力ではこの男の方が上かもしれないが、忠誠なき剣に負ける気など毛頭ない。


さぁ! かかってこい!


忠義と命をかけた戦いが今始まる。


お読みいただき、ありがとうございました。

毎日16時に投稿していますので、よろしくお願いします!


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その他拙作として

『白鷺のゆく道〜一味の冒険と穏やかな日常〜』も連載中です。

https://ncode.syosetu.com/n8094gb/


これからも唯畏(ゆい)をよろしくお願いします。

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