25 決戦の日
その日、道場には見廻り組隊士の6割近くが集まっていたが、話し声一つなく、緊張の糸が張り詰めていた。
いよいよ今日が決戦の日。
佐条睦実と相まみえるのだという不安を無理やり押し殺し、ギラギラとした目を血走らせる隊士たちは、死にゆく覚悟を決めているようで、、総助の瞳には羨ましくも写った。
死ぬこともできず、生きるにも中途半端な自分が、比べてひどく脆弱な生き物に思えてならないのだ。
せめて彼らの覚悟に水を差さないようにと、総助もまた口を閉ざし、重い空気へと身を預ける。
脳裏にちらりと浮かぶのは、信詠の姿。
なぜだろうな、ここが道場だからだろうか。
.。o○
「さすが、信詠。負けなしだな。本当に女かよ」
「失礼ね。女が強くちゃいけない? 私は誰よりも強い剣士になるの」
「ははっ、信詠ならなれそうだよな」
長い髪をまっすぐおろして、強い瞳を輝かせる信詠。
否定したくても、否定すべきところがないくらいに剣技も性格も完璧で、誰からも好かれて、嫌いになりたいのに、俺も嫌いにはなれなくて。
道場の中心で談笑する信詠たちに、総助はムスッと頬を膨らませた。端に座り込んで、木刀を抱きかかえる。
「ふふ、総助が信詠に勝つ未来はまだまだ遠そうだね」
「晋悟までそんないうこと言うなよ」
「はは、総助が一番そう思ってるでしょ」
「ちっ、」
信詠の側ばかりに人が集まるが、晋悟だけは総助の隣に立って、総助と同じものを見つめた。
「晋悟も別にここにいなくていいんだぜ。信詠のところ行ってくればいいじゃねぇか」
「そう拗ねないでよ。僕は総助と一緒にいるから。総助が逃げたって追いかける」
「変なやつ」
満足そうに笑う晋悟に、総助も呆れた笑みを返した。
「いつか絶対信詠より強くなってやる」
「はいはい、気長に待ってるよ」
.。o○
懐かしいものを思い出した。
あのときは未来に何が起きるかなんて何もわからずに、ただ強くなることしか頭になかったのにな。
ガララっ
扉が開き、現れた大男に緊張が波打つ。
「「副長」」
「「副長殿」」
まばらに声があがる。
部屋の奥まで歩き、ゆったりと腰掛けた彼はみなの顔を見渡したあといつもどおりの笑みを浮かべた。
「ハハッ、みなさんそんなにこわばっていては、成せるものも成せなくなりますよ。落ち着いて、ただ目的に邁進すればいいだけでしょう」
こんな日だというのにいつもと変わらないその穏やかさに、隊士たちは安堵したように息を吐く。
反対に、俺はふつふつと怒りのようなものが湧いてきた。
と同時に、自分も似たようなものだとやるせなさがこみ上げる。
命をかけない二人など、隊士たちの覚悟を馬鹿にしてるも同然だ。
「さて、諸君!」
道場にピリリと響く大きな声。
あの眼鏡が声を上げたのだ。
「いよいよこの日が来た。私自身手の震えが止まらないが、これは武者震いだ。みなもそうであろう」
「「おーーーー」」
道場が震えるほどの雄叫び。
それを見てニコニコと笑みを浮かべる司馬武虎は、今どんな気持ちでいるのだか。
「泣いても笑っても今日で全てが決まる。悔いのないようにやりきろう」
「「はっ」」
「最後に今日の手はずを確認する」
眼鏡の最終確認に、隊士たちの緊張も高まっていく。
俺はといえば、その空気から逃げるかのごとく天井の木目を見つめていた。
汗を流して、仲間たちと楽しい時を過ごしたあの日々が、きっとここにも同じように在って、それが今日血で汚れるのだと。
ここも同じ運命をたどるのか……。
祈りにも似た思いを抱き、諦めに似た感慨に耽る。
「だが、相手はあの隊長だ。我々が束になっても勝てない可能性がある。だから、我々を囮とし、裏でもう一つ行動を起こそうと思う」
ん?
「隊長の大きな後ろ盾である佐条家を襲撃し、当主を殺害する。そうすれば、たとえ我々が隊長に敵わなかったとしても、隊長は佐条家を継ぐために見廻り組を辞することになる。見廻り組から佐条睦実を追い出すという我々の目的は達せられる」
「「おーーーー!!」」
魂の叫びにも似た雄叫びに、道場がミシリと音を立てる。
佐条家か、。
飛鳥がその権力を持ってしてなお、睦実を潰しきれずにいるのは、佐条家の持つ歴史と家格の高さによるものだ。
佐条家の当主を殺せなくても、睦実を殺せなくても、佐条家の力さえ落とせたなら睦実のことなど飛鳥がなんとでもできる。
睦実の兄が当主やってるんだよな……。
どんなやつなんだろ。
睦実と同じように堅物なんだろうか。
「佐条家は数多の浪人を雇い、守護を固めている。正面からぶつかるのではなく、今回は少数精鋭で乗り込みたいところだ。―――副長、佐条家の方をお任せしてもよろしいでしょうか」
「ほぉ、私ですか?」
「ええ、この中で一番強いのは副長です。お一人で佐条家とやりあえるのは副長しかいないでしょう」
「そうですねぇ」
睦実の兄に会えるチャンス、
それなら、、
「おいおい聞き捨てならねぇな、この中で一番強いのは俺だろうが。俺に行かせろ」
総助のあげた声に道場の視線が一斉に集まる。
「なっ」
眼鏡の驚きを尻目に、
「おや、総助殿が行かれるのであれば、私はここに残りましょうかね」
武虎はのんびりと場を鎮める。
「しかし、副長、」
「なに、総助殿であれば実力も申し分ない。任せることになんの問題もないでしょう」
総助は立ち上がると、飛鳥から預かった刀――天龍を鞘から抜く。
構えはしないが、ただその剥き出しになった刀の荘厳さに場が息を呑む。
黙らせるにはこれが一番だ。
「ふふ、気合も十分なようですし、いいではありませんか」
「……副長がそうおっしゃるのなら、」
しぶしぶ納得した眼鏡に、武虎が微笑む。
俺は刀を鞘におさめ、部屋を出る。
「頼んだぞ、総助」
「我らの悲願をどうか」
隊士たちの願いの言葉に何も返しはしなかった。
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