24 飛鳥の期待
「随分と機嫌がいいな」
楽しそうに口角を上げて食事を取る飛鳥に、総助は声をかけずにはいられなかった。
今夜も食事に付き合うように言われて、仕方なく地べたに座り込んで付き合っていたのだが、全身から楽しいが溢れているのが空気からも伝わってきて鬱陶しくてたまらなかったのだ。
「ああ、なかなか面白い遊び相手ができてな」
「……それは、可哀想なやつだな」
「フハハッ、」
飛鳥に遊び相手認定されるなんて、最終通告みたいなものじゃないか。
見ず知らずのその人に心から同情する。
「そうでもないさ、向こうから仕掛けてきたからな」
「飛鳥相手にそんな度胸あるやつがいんのか」
「面白いだろ」
面白いって、それに同意することはできないけども、でも、興味はあるな。
この国を支配する勢いの安心院家に、楯突こうなんて。
いや、待てよ、向こうから仕掛けてきたのに、その遊び相手がまだ生きてるってのはどういうことなんだ?
飛鳥は人を貶めて遊ぶのが大好きだが、安心院家に逆らってくるような存在を許しはしない。権威を保つこともちゃんと考えている。
それなのに、。
「してやられたのか、飛鳥」
「ハハハハハハハハハハッ、言ってくれるな、総助。糸を引いているのは光善の孫だ、私とて思案する」
げ、晋悟かよ。
「それに、私は総助を失いたくないからな、加減が難しいのだ」
「ああ、せいぜい加減してくれよ。俺を敵に回したくないなら」
いくら飛鳥とはいえ、晋悟と本気でことを構えるというのなら、俺は晋悟につく。
それは俺にとって迷いようのない事実だ。
飛鳥もそれはよくわかっているらしい。
晋悟とは幼い頃から一緒にいて、考えてみたらこんなに長い期間顔をあわせないのは初めてかもしれない。まあ、だからといって、今どうしてるんだろうなんて思いを馳せることもないのだが。
だって、晋悟はいつだって冷静で、狡猾。
判断を誤ることはないのだから。
俺がここにいることももうわかっているんだろう。安心院家に干渉してきているのだって、今なら俺が防波堤になると目論んでのことだ。
相変わらず晋悟は晋悟やってるな。
あれで実は剣の腕もなかなかのものだ。
見廻り組の副長くらいの実力はあるんじゃないかと思う。
使っている刀の存在も大きい。あれは晋悟自身が自分に合うように仕上げた最高傑作。光善さんもそうだったが、晋悟も自分の中でこれは至高の域にたどり着けた、という刀にだけ名前をつける。
晋悟の刀、名を―――樹音。
晋悟が作った刀で名がついているのは、実はこの一刀のみ。
完璧主義な晋悟なので、なかなか刀の出来に満足できないらしい。
光善さんは生涯で四十本ほど名前をつけたそうだが。
「いったい何に頭をやっている。明日に向けて、意識でも飛ばしていたか」
飛鳥に声をかけられて、思考から戻る。
そうだ、明日はいよいよ決戦の日。
「で、貴様はいつまで刀を持たないつもりだ。流石に明日は必要だろう」
「あーー」
そりゃそうだよな。
睦実と対峙するのに刀を持たないわけにはいかない。
いつもの安い雑貨屋で見繕うか。
「ふん、ならば私の刀を持っていけ」
「は?」
いつの間にやら食事を終えたらしい飛鳥は立ち上がると、ついてこいとばかりに歩き出す。
たどり着いた先は飛鳥の自室だった。
久々入ったそこも金と赤で趣味悪い部屋のままだが、その中にあって謎に馴染んでいる数本の刀。
そのうち一刀を壁から外した飛鳥は、俺に寄越した。
柄に黄金に輝く龍の装飾がつき、真っ黒な鞘に納められた一刀。
「これって」
「光善作の打刀――天龍四振が一刀、黄龍。安心院家のいわば家宝だ」
鞘から少し抜いてみると、その刀身もまた龍の体を思わせる荘厳さと威圧に富んでいる。
持っただけで気圧されるようだ。
「流石にこれは借りられねぇよ。俺じゃ扱いきれねぇ」
「かまわん。お前は私そのものなのだから、その刀を持つ権利がある」
「誰が飛鳥そのものだよ」
「ハハハハハハ」
飛鳥は冗談を言うやつではないので、本気で言っているのはわかる。
「いや、ほんとに、俺じゃ」
「使えと言っている。従え」
「……」
ここまで強く命令されては、断るのも面倒だが、。
ちゃんとした刀を持つのはいつぶりだろう。
俺はどんな刀とも相性がいいと感じたことがない。
昔から何本も刀を折ってきた。
光善さんが作った最高傑作ですらうまく扱えなかったら、俺は何かを諦めなきゃいけない気がする。
「期待しているぞ、総助」
飛鳥の期待には応えてやるけども。
.。o○
「特に問題はありませんでした」
「そうか、」
いつものように武虎の家で、今日の見廻り組についての報告をうける。
普段と変わらぬ穏やかな表情からは、何一つ読み取ることはできない。
「武虎」
「はい」
この穏やかな『はい』を何度聞いたことだろう。
人望のない私に代わって、見廻り組をまとめてきてくれたのは間違いなく武虎だ。
本来、武虎が率いるほうが見廻り組はいい組織になるのかもしれない。
真っ暗で何も見えぬ庭に目を向ける。
「なぜ武虎は流浪人なぞやっていたのだ」
これまで気にはなっていたが聞けなかったこと。
明日で最後かもしれないのだ、聞いてみたくなった。
「さて、なぜでしょうね。特に理由などございませんが」
はぐらかされてしまったか。
「ただ、旅に出たら私の生に意味を与えてくれるような面白いものに出会えるかもしれないと、そう思ってはおりました」
武虎に真正面から向き合うと、どこか含みのある笑みに迎えられる。
「そうか、、では、見廻り組に引きこんでしまって、すまなかったな」
「いえ、お気になさらず。もう面白いものには出会えておりましたから」
「そうか」
旅に出るなんて考えたこともない。
面白いものに出会いたいなんて、もっと考えたことがない。
そういえば、昔、総助が旅に出ようかなんて、話しているのを聞いたことがあったな。
あの教会での一件で立ち消えたが、本来の総助はもっと自由で、強い光で場の中心にいながらも、どこへでも飛んでいきそうな風来坊然とした風情も併せ持った男だったから、旅への憧れも抱いていたらしい。
すべてが崩れたあの日、、。
兄上、総助、武虎―――私はいったい何人の自由を奪ってきてしまったのだろうか、などとこれまで考えないようにしていたことがなぜか今日は頭に浮かぶ。
お茶を含んでなお落ち着かぬ心に、睦実はもはや諦めのため息を溢した。
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