23 各々の覚悟
天宝院家主催の招宴から1日経ち、佐条家は高輪家当主を客に迎えていた。
「しかし、本当に思い切ったことをされましたね。安心院家当主相手にあそこまでの啖呵を切れるなんて、さすが女傑と謳われる高輪さんです」
「ふふふ、啖呵だなんて、そんなはしたない真似しておりませんわ。ただ飛鳥様の享楽に乗って差し上げただけですのよ」
客間からは庭がよく見え、開放的な風が吹く。
高輪さんは昨日の真っ赤なドレスとは打って変わって、落ち着いた撫子色の着物に身を包み、まさしく大和撫子な風体だ。
肝が据わっているから忘れそうになるが、実は智弥より少し年下のまだ20代。当主として若輩者同士、高輪さんの相談を受けることもよくあった。
その時の恩を返そうとしてくれているらしい。あの安心院家を相手取ってまで。
本当にいいんですか……なんて、高輪さんの覚悟を汚すようなことは言えないが、申し訳無さでいっぱいではある。私の意地っ張りに高輪さんを巻き込んでしまうとは。
「そんな浮かない顔をして、高輪家程度ではお役に立たなかったかしら」
ん!
「何を言います。高輪家が味方になってくださらなければ、佐条家に未来はなかったでしょう。本当に感謝しています。すみません、」
困った顔で笑う高輪さんに、本当に申し訳ない気持ちで一杯になる。
「当主様、失礼いたします」
ふすまを開け、入ってきた臣下。
よほどのことがない限りは邪魔をしないよう言ってあったのだが、何事であろうか。
そろりと入ってきた臣下が耳に顔を寄せる。
「当主様、表に睦実様がいらっしゃっておりますが」
「え、睦実が?」
耳打ちしてくれた臣下にこちらも小声で返す。
睦実が佐条家を訪れるのはひと月に一度の挨拶の日のみで、こちらから呼び出してもいないのにそれ以外の日に現れたことなど一度もなかった。
何かあったのだろうか。
「何事か問題がおありなのかしら?」
高輪さん。
「お暇したほうが良ければ遠慮なくおっしゃって?」
本当にお優しい。
「いえ、こんな状態の佐条家と共にあると約束してくださった高輪さんです。私は何も隠すつもりはございません。どうやら我が弟が訪ねてきたようなのです。ここに通してもよろしいでしょうか」
「まあ、弟ということは見廻り組の隊長さんではありませんか。ふふ、私も一度ちゃんと挨拶してみとうございましたわ」
「ありがとうございます」
にっこりと笑みを浮かべる高輪さんにお礼を言って、臣下に睦実を連れてくるよう言付ける。
程なくして、ふすまが開くと、平伏した睦実が目に入った。
昔、似合うといったことのある浅葱色の着物を着て、律儀なことだ。
「佐条睦実、当主様にお伝えしたいことがあり、馳せ参じました。ご来客中とは知らず、大変申し訳ございません」
ふぅ
少し深呼吸をして、
「いや、よく来たな。顔を上げてくれ」
声をかけると、睦実は顔を上げこちらを見、少し体勢をずらして、高輪さんに一礼した。
「お会い出来て光栄ですわ。私は高輪家当主を務めております。智弥さんにはよく相談にも乗っていただいて、お世話になっておりますの」
「ご歓談のところ邪魔をして申し訳ない。高輪殿といえば、刀鍛冶である晋悟の上客でもあられたはず。信のおける方とお見受けする」
「ほほほほほ、そう、さすがは見廻り組の隊長殿。私のことも把握済みということ。たしかに私は先代の頃からあの鍛冶屋の常連。晋悟が睦実殿を気にかけている間は、私があなたの敵になることはないでしょうね」
晋悟といえば、ここいらで知らないものはいない、国一番とも謳われた刀鍛冶の孫。睦実の刀もその者の作なのだと聞いたことはあるが、高輪さんも関わりがあったとは。
しかし、警戒心の強い睦実がひと目で信のおける方と推察するなど、珍しいことだ。その刀鍛冶をそれだけ信用しているということか。
「して、睦実。伝えたいこととはなにかな」
「はい、」
ちらっと高輪さんを見た睦実にうなずきで返す。
高輪さんがいても話していいという合図だ。
「見廻り組隊士たちの緊張の度合いが高まっているのを感じます。3日後に道場に呼び出されていることを加味すれば、おそらくそこで私に仕掛けてくるのではないかと。ご迷惑をかけぬよう対処につとめますが、もし私に何かあったときは申し訳ございません」
ああ、最期かもしれないと、会いに来てくれたのか。
隊士たち相手に遅れを取る睦実ではなかろうが、副長が相手なら覚悟をするとも言っていた。なるほど、副長が敵対したか。
、、私のこの気持ちはどういうものなのだろうな。
しばらく言葉が出てこない。
睦実はじっと私の目を見続けている。
覚悟の決まったいい眼だ。
私も兄として恥ずかしくない兄でいなければな。
「わかった。私に何か手伝えることはあるかな?」
「いえ、これは見廻り組の問題。私一人で対処いたします」
「そうか、、」
まあそう言うだろうとは思っていたが。
この一人で抱え込む性格が心配で仕方ない。
見廻り組でそれこそ信のおける人間を作れたなら、もっと睦実も生きやすかろうに。
ふぅ
「睦実、、睦実は己が信じる道を突き進みなさい。佐条家やこの兄などという些末なことは気にしなくてよい。思いっきり生を全うすることだ」
「はい、ありがたきお言葉にございます」
ゆっくりと頭を地面につけた睦実に、智弥はいつもどおり穏やかな笑みを浮かべてみせた。
.。o○
睦実が帰って、智弥はどうしようもない感情の波に押しつぶされぬよう、ただじっと庭を眺めた。
高輪家当主は何も言わずにそれを許容する。
彼女はこれまで睦実のことを家のことなど気にかけず、当主に迷惑をかけている男だと思っていた。
だってそうだろう、あの安心院家当主に喧嘩を売るだけ売って、佐条家がどうなっていても態度を改めることもなく。
だが、今、死の覚悟をも決めて当主に挨拶に来た彼はそんな自分勝手な人間にはとても思えなかった。当主への敬いも見て取れた。
そうか、智弥さんは弟に佐条家の現状を隠していたのか。
なるほど、だから意地を張っているだけだと。
彼女はそんな彼にため息をつくと同時に、笑みを浮かべる。
晋悟坊っちゃんにそそのかされるような形で安心院家に楯突いてしまって早まったかと不安だったけれど、やはり、この人は安心院家に逆らってでも守るべき人だと確信が持てたから。
だって、こんなに不器用で優しい人なのだもの。
頬を撫でる優しい風に、彼女はふっと息を吐いた。
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