22 高輪家当主
今日は天保院家主催の招宴。
白・黒・金を基調とし、豪華でありながら落ち着いた品のいい空間――天保院家の所有する西洋建築の別邸、その大ホールには、ここいらの高家の者達が一堂に会していた。
当主となると男が多いから、華やかさには欠けているがそのぶん緊張感がはりつめている。
天保院家はここいらで安心院家と敵対してなお脅かされることのない地位を持った唯一の家と言えよう。
だから、最後の望みをかけて佐条智弥はここに来た。
天保院家に支援を要請できればとの考えだ。
しかし、、
「天保院家主催の宴だというのに、肝心の天保院家当主はやはり姿を表さないか」
「ま、定例的な催しだからな。名前だけあればよいということなのだろう」
望みは終えた。
ここ数年、天保院家の当主は社交界に姿を表していない。
こうなることはわかっていたのだ。
それでも、もしかしたらと思ったのに。
ヒソヒソヒソヒソ
「佐条家の当主もお気の毒だな」
「ああ、天保院家がこれじゃあ、安心院家を抑えられる家はもう無い」
ヒソヒソヒソヒソ
「よくのうのうと宴に参加できるな」
「早く安心院家に謝りゃいいのに」
ヒソヒソヒソヒソ
「立ち回りが下手な当主なんて、当主失格だろう」
「所詮は若造。佐条家も終わったな」
陰口を叩かれているのを聞いて、智弥はますます居たたまれない気持ちになった。
ホールを抜けて、庭に出る。
噴水がゆらゆらと煌めき、木々が風に揺れる。
空を見上げれば満点の星空が広がっていた。
(雲は見えない、か)
「いい夜ですわね。新月だから星がよく見えますわ」
どうやら先客がいたらしい。
しかし、私が佐条家の当主だと気づいていないのだろうか。いま、佐条家の当主に声をかけようなんてそんな猛者はいないはずだが。
目を凝らすと真っ赤なドレスに身を包んだ、妖艶な美女がベンチに座ってシャンパンを仰いでいた。
(この御方は!)
「お話しするのは久々ですわね、智弥さん」
「はい、お久しぶりです。高輪さん」
高縄家当主――神社系の家を取りまとめる社交界の重鎮で、当主としては珍しく女性でありながら、豪傑と謳われる人だ。
「この宴には安心院家の当主もいらっしゃっています。私と話をなさるのは控えた方がよろしいのでは?」
「ふふ、そうですわね。でも、こんなに綺麗な星空の下ですのよ? 各家の確執がどうのとか、考えるなんて野暮じゃないかしら。今宵くらいは話したい人と好きに話したっていいでしょう?」
社交界で人とちゃんと会話するのは久しぶりだ。
嫌みをわざわざ言いに来る人は何人かいたけれど、こんな会話らしい会話は本当に。
「智弥さんもお座りになって?」
「はい、ありがとうございます」
高輪さんのとなりに座って、同じように星を眺める。
さっき見たときよりもずっと輝いて見えた。
「智弥さんにはよく相談事にのっていただいて、わたくしとても嬉しかったのよ。それなのにわたくしは智弥さんが大変なときになんの力にもなって差し上げられなくて」
「いいんです。自分が馬鹿なことやってるのはわかってますから。ただ意地を張っている私がいけないんです」
「智弥さんの張っている意地ってなんですの?」
「それは……」
睦実を守りたい。
そう思ってここまでやってきた。
けど、どうなんだろう。
これが本当に睦実のためになっているんだろうか。
少しでも長く見廻り組の隊長でいさせてあげたいと、安心院飛鳥に従わない道を選んだけれど、どうせ私が殺されたら、睦実の自由を奪うことになるのに。佐条家が没落したって同じことだ。
本当に私は睦実のためにこの道を選んだのか。
睦実のためと言いながら本当はただ自分がかっこよく生を終えたいだけなんじゃないか。
私は睦実を免罪符にしているだけなのではないか……。
「ふふ、本当に不器用な方ですわね。こんなわたくし相手にもいつだって嘘偽りなく本当の思いを伝えようとしてくださる。答えづらいなら濁したって誰も文句は言わないでしょうに」
指摘され、恥ずかしくなってうつむく。
うまく立ち回れないって影で叩かれるのはこういう部分もなんだろうな。
「だけれど、そんな智弥さんだから、わたくしは力になりたいと思わされるのですわ」
「え?」
思わず顔をあげる。
「高縄家とその傘下は最後まで佐条家の味方であり続けるとお約束します。安心院家がなんと言おうと、わたくしは佐条智弥と共にあります」
これは現実か?
こんな奇跡みたいなこと。
「ハハハハハ、随分と面白い台詞が聞こえてきたが気のせいだろうか」
体が固まる。
夜の静寂を壊すこの笑い声は。
隣の高縄さんが立ち上がる。
私も立ち上がろうとしたが、高輪さんの笑みに制され、動きを止めた。
高輪さん、何を考えている?
相手は安心院飛鳥だぞ。
「ごきげんよう、飛鳥さま。いい夜ですわね」
「フフハハハハハハハ、ああ確かにいい夜だ。お前が私の遊び相手に名乗りをあげるとはな」
心底面白そうに安心院飛鳥は肩を震わせる。
「あら、わたくし貴方のように幼児趣味ではありませんの。遊びに付き合うなんてとんでもございませんわ」
言った。安心院飛鳥を侮辱する発言。
こんなの完全に宣戦布告じゃないか。
「お前がこんな真似をするとは予想外だった。千年以上続くといわれる由緒正しい高縄家の歴史をここで潰そうだなんて、そんな思いきった決断ができるやつだったとは」
「おほほほほ、何をおっしゃいますの。飛鳥さまが例え人の頂点に立とうとも、高縄家の後ろにおわすのは神でございます。人が神に勝てる道理などこの世にはございませんわ。神の下ではわたくしたちなどみな道端の石に等しいのです」
安心院飛鳥は笑顔を引っ込め、さぞつまらなそうに息を吐いた。
神社系の家を統べる高縄家らしい口上だが、安心院飛鳥が望むのは人との攻防。神様云々と語られたから、興が削がれたといったところだろうか。
私は知っている。
高縄さんが神をそこまで信じていないことを。
あえてこのような言い回しをし、安心院飛鳥と争うことを避けようとしているのだ。
さすがは豪傑と謳われる人。
そんな人が味方に名乗りをあげてくれたことに、智弥はいまだ信じられない気持ちだった。
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