20 父の愛
父親が腰を低くする当主をこの人は呼び捨てにした。
それなのに、父親はこの人になにも言わなかった。
言わなかったというより、言えなかったって感じだった。
一体何者なのだろう。
ベンチの横に座って、ちらりと顔を覗く。
「なんだよ?」
「べつに……」
ちぇっ、バレないように覗いたつもりが、気取られた。
「ふっ、誕生日なのになんでこんな男と二人で座ってるんだろうってか?」
「なっ! なんで、僕が誕生日だって知ってるんだ!」
思わず立ち上がって噛みつく。
「なんでって、お前の父親が話してたからだろ」
「へ」
パタンと座り込む。
なんだ、あいつ、僕の誕生日忘れてなかったのか。
「ま、飛鳥に会わせないようにしてやったことが俺からの誕生日の贈り物だな」
「なんで?」
「飛鳥に気に入られたらろくなことにならねぇからだよ。だいたい、お前の父親がそうだろ? 飛鳥に気に入られたせいで、愛する妻と息子になかなか会えねぇんだから」
「なにが愛するだ、あんなやつ父親じゃねぇよ」
誕生日覚えてたくせにおめでとうの一言も言いやがらねぇ。
なんなんだよ。
「まあ、そう拗ねるな。飛鳥は人の大切なものを壊すのが好きなんだ。だから、家族を大切にしたら飛鳥に壊されるって、あいつは怯えてるだけだよ」
「は?」
「飛鳥からお前たちを守るのに必死なんだ。わかってやれ。第一、拗ねるってことはお前も父親のこと好きなんだろ? 安心しろ、父親もお前のことが大好きだよ」
「なんだよ、それ」
信じられない。
あんな冷たい目が演技だっていうのか?
大切なもの壊すのが好きってなんだよ、やっぱり安心院家当主が元凶じゃねぇか。
あーもう、わけわかんねぇ。
「あいつは、俺にお前の話ばっかりする。5歳の誕生日に失敗した料理を美味しいって嘘ついて食べてくれた優しい子だとか、7歳の誕生日に木刀を買ってあげたらこれで母上を守るんだと勇ましく言ってくれた格好いい子だとか、あいつはお前の話をするときいつだって瞳を輝かせてる。な、陽太」
「ちっ、知らねぇよ。なんなんだよ、くそ親父が」
まぶたが熱くて、にじむ涙は止めどない。
腕でぬぐって、鼻をすする。
「お前の父親が言えない代わりに、俺からだ。―――陽太、誕生日おめでとう」
ふわっと抱き締められ、陽太は涙がかれるまでずっとしがみついていた。
影から覗いていた父親が同じように涙する。
部屋から眺めていた飛鳥はもう興味を失ったとばかりに執事にカーテンを閉めさせた。
「飛鳥様、よろしいので?」
「ああ、幸せなやつに興味はないからな。私は闇を抱えた人間の闇をさらに広げるのが好きなのだ」
「左様でございますか」
(まったく、総助のお人好しめ)
紅茶を嗜みながら、飛鳥は笑みを浮かべる。
闇を抱えているくせに、優しさが抜けない。
どれだけ闇が広がっても、同じだけの光を失わない。
だからこそ、飛鳥は総助に興味をそそられる。
(まだまだ私を楽しませてくれ)
いつもより美味しく感じた紅茶に、飛鳥は機嫌をよくした。
◇
晋悟は刀の状態を確かめたいなどと理由をつけて、再び見廻り組副長、司馬武虎の家を訪れていた。
「そうなのですか。隊長さんの謹慎はまだ続いているんですね」
総助はどうしただろうか。
「それは、何日ほど休まれるつもりなのでしょう」
「さあ、どうでしょう。隊長はおとなしく上に従うような方でありませんから。お一人で拐かしの犯人を見つけるおつもりかもしれません」
「それは、また難儀な」
犯人たちの裏にいるのが誰であるか、気づいていないのだろうか。気づいているのに一人で相手しようというなら、それこそ無謀というものだろう。
相手はあの安心院飛鳥だぞ。
晋悟は盗賊団の1件以来、安心院家に目を光らせ続けてきた。総助が思っていたとおり、やられたまま黙っているような温厚な性格はしていないのだ。
そして、見廻り組の隊士数名が安心院家に出入りしていることも認識していた。単なる巡回かとも思ったが、そんな折に見廻り組の派閥争いの噂が耳に入れば、ことの把握は容易である。
裏で安心院飛鳥が糸を引いていると。
「武虎殿は隊長さんのことをどのように捉えてらっしゃいますか? 隊士の皆さんに話を聞くと、あまりいい印象を持たれていないようなのですが」
「ははは、隊長は己にも他人にも厳しい方ですから、確かに部下の多くは苦手意識を持っているかもしれませんね。私は、隊長に拾われて見廻り組に入りましたから、部下たちとはまた違う立場かと」
これは初耳だ。
睦実と武虎にそんな繋がりがあったとは。
「拾われた、というと?」
「ふふ、お恥ずかしい話ですが、昔はしがない流浪人でしてね、お金を騙しとられて途方にくれていたところを隊長に助けられたのです。で、そのまま剣の腕に覚えがあるなら見廻り組で働かないかと」
「それはいつ頃のことでしょうか」
「あの方が隊長になる直前です。私が見廻り組に入ったときに、ちょうど隊長職に就かれたので」
睦実が隊長になったのはたしか五年前だ。
武虎が副長の座に就いたのは一年半ほど前のことだったはずだから、見廻り組に入って三年半で副長職に就いたことになる。
異例の早さで出世したようだ。
しかし、そうか、武虎はあの教会での事件のときにはまだ見廻り組にいなかったのだな。
総助の心に深い傷を与えたあの事件。
起きたのは六年前のことだ。
僕と総助が十八を迎え、これからどう生きていくか考えている頃合いだった。
晋悟は刀鍛冶を継ぐかどうか迷っていたし、総助は道場で師範をやるか、はたまた流浪人として各地を旅するのも面白そうだとよく話していた。
あの事件がなければ総助はもっと明るい人生を歩めていたのだろうと考えることはあるが、晋悟は今の総助も否定する気はない。
昼は団子屋でボーッとして、夜は刀を振りまくって――信詠を斬った自分が幸せになることは許されないと、あえて暗い道を進む。
確かにまっとうな生き方とは言えないが、自分に嘘をつけないまっすぐな総助らしいとも思うのだ。
「晋悟殿もそのような表情をされることがあるのですね」
「え?」
「いや、いつも笑顔ではいらっしゃるが感情がこもっているのを見たことがなかったものですから、そのように心からの笑みを浮かべることがあるのかと驚いてしまって」
指で口を押さえる。
しまった、気を抜きすぎた。
総助のことを考えていたからつい。
だが、笑みに感情がこもってないのはこの男も同じだ。
この男の真意はやはり掴めそうにない。
晋悟は諦めを抱え、自分がボロを出す前に武虎のもとから撤退した。
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