02 謎の客
カン、カン、カン
まだ日が昇りきる前の暁の頃、鍛冶屋には一人の客が来ていた。
高身長で細身、まるで隙がない身のこなしが印象的なこの男は、情報通の自負がある晋悟をもってしてもどこの誰なのか調べがつかない。
ただ者じゃないことは明らかだ。
しかし、金払いはいいし、短刀の出来にも満足しているようだから、客としては問題ない。ひとつあるとすれば、いつもこの暁の頃に来るので対応が大変なことくらいか。
バンっ
(ん?)
勢いよく鍛冶屋の扉を開ける音がして、そちらに気をやると、立っていたのは血だらけの総助だった。
一目でそれが返り血であろうことを確認し、総助自身に怪我はなさそうだと判断する。
どうやら、盗賊団の件が片付いたらしい。
すぐに対応したいところだが、今は客を相手にしているところだ。
悪いが、総助にはもう少し待っていてもらおうか。
「また随分と派手な格好だな」
思わぬ声に立ち上がりかけた腰が止まる。
まさか客が声をかけるとは。
「あん? 時雨じゃねえか」
さらに驚いた。どれだけ調べても素性がわからなかった客のことをまさか総助が知っているとは。
この2人は知り合いなのか。
晋悟のビックリ眼に、総助が説明する。
「よく団子屋で一緒になるんだ」
「ああ、なるほど」
晋悟は総助が団子屋で誰かと話しているところなど見たことがなかったので、こんな交友関係を得ているとは微塵も思っていなかった。
しかし、総助の態度からして、仲は良好なようだ。
「ちょっと盗賊団を相手にして来ただけだから、時雨が気にするようなことじゃねえよ。もうすぐ日が昇る」
「ああ、そうだな。私は短刀を受け取って帰らせてもらおう」
いつも暁に来る客だ。日が昇ったら仕事があるのかもしれない。頷くと、晋悟は迅速に残りの作業を進める。
カン、カン、カン
「総助、盗賊団の件だが、あの教会を根城にしていた連中のことか? だったら裏についてる人間に心当たりがある。片付けておこうか」
「いや、後ろにいる人間については吐かせたから問題ねぇ。あとは晋悟がなんとかすんだろ」
「そうか。なら、私は手を出さないでおこう」
「ああ、お前も忙しいんだから、気なんか遣うな」
小声で話している2人の会話は晋悟には聞こえなかったが、なにか密談をしていることは明らかだった。事情を探らせない秘密主義の客が総助相手だとああも警戒をほどく。
その様に晋悟は誇らしさのようなものを感じていた。
最近は団子屋でボケッとしているか、夜な夜な狂ったように人を斬っているかのどちらかなので忘れそうになっていたが、本来、総助は人に好かれる才能に恵まれた男だ。
基本が優しいから周りに人が集まるというのもそうだし、仲間の危機に駆けつけ守る大将的な性質が人を惹き付けてやまないらしい。一度その優しさに触れたものは、総助を信頼し付いていく傾向にある。
あの一件以来見られなくなっていた総助のそんな姿がまた見れたことが、晋悟は嬉しくて仕方ない。
「ふぅ、できた。お待たせしました」
手入れのために打ち直した短刀を渡すと、総助が時雨と呼ぶ男は軽く振り感触を確かめる。
満足そうに微笑んだので、問題なかったようだ。
「ああ、感謝する。総助、また団子屋でな」
「おう」
どこまでも洗練された男だ。
去りゆく背中が格好よかった。
◇
「正直、記憶がない」
教会跡地に向かって坂を歩きつつ昨晩の説明をしようとするが、総助には朧気な記憶しかなかった。
「それはまた随分と酔ったみたいだね」
晋悟は呆れたように笑う。
刀を振って戦って、戦って、終わってみるとその記憶はひどく朧気で、自分がなにをしていたのかが思い出せない。――というのは、総助にとってはよくあることであった。
「あそこに立ったら、血が沸騰して、もう理由がわからなくなった」
「それは、、逃げたってことじゃないの?」
「……ちっ」
昨夜、総助は晋悟の頼みで、瑠璃晶を取り戻すため盗賊団の根城となっている教会跡地に乗り込んだ。
あの場所は総助にとって苦い苦い記憶の中心。
そのため総助の心が逃げ出したのだと晋悟は推察する。戦いに酔うことで、あの光景を思い出さないようにしたのだと。
(そう簡単に過去の枷からは逃れられないか)
思惑が外れたことに、晋悟は軽くため息をつく。
そこから無言で坂を上りきると、教会跡地にたどり着いた。十数人の人間が血みどろの中に倒れている光景は、昨晩の戦闘の凄惨さを物語っている。
「また派手にやったね」
「派手じゃなくどうやれってんだ」
「確かに」
その有象無象をすり抜けて、かつて教会だった建物に入る。割れたステンドグラス、倒れた神をかたどった像、どれもこれもがあの時を思い出させる。
晋悟でさえ胸がチクリとする感覚に顔をしかめたくらいだ。総助の心に与える影響は計り知れないものがある。
(酔っちゃうのも無理ないか……)
さらによく見渡すと、あちこちにどこかから盗んできたのだろう物が置いてあった。多いのは刀や宝石。
「そういえば、昨日持っていたおんぼろ刀はどうしたの」
「粉々になったから捨てた」
あー、やっぱりあの刀じゃそうなるよね。
しかし、総助は清廉だな。
これだけの刀があるのだから盗んでもよさそうなものだけど、総助はその手になんの刀も持ってはいない。
人のものを盗むとか、道理に反したことは嫌いなのだ。
夜な夜な人を斬っているというのも、襲われるから返り討ちにしているだけで、総助から仕掛けることはない。
今回の一件だって、盗賊退治という名目で晋悟がお願いしたことだ。
街の人からは狂気に満ちた人斬りのように言われることも多いが、そうではないのだと晋悟はよくわかっている。
「あ、あった」
宝石が並ぶその端に、巨大な鉱石があった。
光を反射して青く輝く海の結晶――瑠璃晶だ。
「それが瑠璃晶か」
総助の感心したような呟きに、どうやら彼もこの美しさに心奪われたようだと、晋悟は微笑む。
(やはり、僕の選択は間違っていなかった)
晋悟の内心の呟きは総助には聞こえない。
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