18 白髪の少女
見廻り組の反隊長派閥の者たちとの顔合わせを終えた総助は安心院家への帰路についていた。
太陽が真上に昇り、チリチリと肌を焼いてくる。
じとっと流れる汗は着物を肌に貼り付けて、気持ち悪い。
早く安心院家に戻りたかった。
だが、あえて遠回りをしている。
いつもの団子屋を通る方が近道ではあるのだが、あそこを通るのは気が引けたのだ。
(今、時雨と会ったら気まずいんだよな)
というわけで、人気のない裏道を歩いていると、道の真ん中、白い絹のような髪を腰まで垂らした人が立っているのが見えてきた。近づくと、まだ背の低い年若い少女だとわかる。
総助が近づいても微動だにしないのが不気味だが、放っておくのもどうかと思い声をかけてみる。
「おい、お嬢ちゃん。何してるんだ」
視線を合わせてはくれたが、なんの返事もかえっては来ない。
その瞳はまるで暁の空を閉じ込めたかのように真っ赤に燃えていて、端正な顔立ちはなんの表情をたたえることもなく、まるで人形のようだ。
「家どこだ? 迷ってるなら送ってやろうか?」
根気強く返事を待ってみると、やがて首を横に振った。
(うーん、どうしたものか)
送らなくていいと言っているのだから放っておきたいところなのだが、総助はそうできない理由を見つけてしまっていた。
(この少女、時雨が団子買ってるお相手だよな、たぶん)
仕事先の家にいる少女の話は時雨からよく聞いていて、白い髪に赤い瞳という珍しい容姿をしているのだと話していたことを思い出したのだ。
この時間なら時雨は団子屋にいることが多いが、、なぜこの少女はここで立ち尽くしているのだろう。
時雨いわく、社交的ではなく、いつも家に閉じこもっている手合いなはずなのだが。
なにか問題ごとが起きているのだろうか。
いずれにせよ、時雨が大切にしている少女をこのまま放置はできない。
「お嬢ちゃん、ここに立ってなきゃいけない理由があるのか?」
首を横に振る。
「よし、なら、団子食べに行くか」
首を横にも縦にも振らない。
迷っているというところだろうか。
「付いてきな」
団子屋に向かって歩きだす。
五歩ほど歩いて振り向くと、少女は付いてきていなかった。
ま、ここで付いてくるようなら警戒が足りなすぎる。
付いてこないのは正解だ。
少女のところまで戻って頭を撫でる。
「お嬢ちゃん、団子好きなんだろ? 時雨が言ってた。安心しな、俺は時雨の友人だ」
少女が目を見開く。
表情がまるでないように見えたこの少女にもちゃんと感情があるのだとわかった。
そして、そこに確かな安堵の色が見えたことは、時雨が信頼されていることの証だろう。
だが、次の瞬間、今度は表情を歪めた。
歪めたといってもよく見てなきゃ気づけないほどわずかだが、総助は見逃さなかった。
「お嬢ちゃん、時雨になにかあったか?」
こくんと頷く。
「お嬢ちゃんは時雨に逃がされたってところか?」
再びこくんと頷く。
なるほど、どうやらこの少女の家でなにかがあって、時雨は少女を逃がしたということらしい。
手元では守りきれないと時雨が判断するなんてよっぽどのことだ。
ああ、そうか。
時雨は見せたくなかったのかもしれない。
凄惨な光景をこの少女には。
それにしたってこの目立つ容姿の少女を一人で放り出したら、すぐに人拐いに捕まっててもおかしくないぞ。
いや、人拐いに見つかってもすぐに見つけ出すのだろうが。
(ちっ、考えても仕方ねぇか)
時雨の本意がどこにあるかなど、総助にははかれない。
今にも泣き出しそうに見える少女(端から見たら無表情)をフワッと抱き締める。
時雨からは心を開かない少女だと聞いていたが、そんなこともないらしい。少なくとも、時雨にはこんなに心を開いている。
「時雨なら大丈夫だ。あいつ強いから。時雨がことを片付けるまで、お嬢ちゃんは俺が守るよ」
背中をポンポンと叩いたのち、身体を離す。
少女にはもう泣き出しそうな顔はない。
(強いな)
人気のない道に立ち尽くしていたのだって、自分の容姿の珍しさをよく理解していたからだろう。
本当は誰かに助けを求めたくても、その方が危険だとちゃんと理解して、一人でじっと耐えていたのだろう。
団子屋に歩きだすと、今度は付いてきてくれる。
いつもなら、なまくら刀を手でぶらぶらさせている総助だが、睦実の家を出て以来、刀を握っていない。
それは衝動を抑え、自分を保つためでもあったが、今日はこの少女を怯えさせずに済んでよかったと思う。
少女をみている人間に片っ端から殺気を飛ばし蹴散らしつつ、町を歩く。はぐれると面倒なので今は横並びで手を繋いでいた。
少女はキョロキョロと町を見渡している。
「ん、着いたぜ。ここが団子屋だ。いつも時雨はここで団子を買ってるんだ」
いつものように外椅子に座って団子を食べる。
久々の団子は懐かしく、ふっと心を落ち着けてくれた。
少女もゆっくりだが、団子を頬張っている。
それから静かに時は流れた。
日もだいぶ傾いてきている。
お互い何も話さなかったが、不思議と居心地は悪くなかった。
(ああ、迎えが来たな)
団子屋の正面の屋根に時雨が立ったのが目に入る。
総助は立ち上がって、ぐいっと伸びをする。
間違いなく時雨と目が合った。
2歩ほど歩いてから、振り返って少女を向く。
「お嬢ちゃん、ここまでみたいだ」
少女が首をかしげる。
スタッ
少女を庇うように時雨が降り立った。
警戒心剥き出しと言ったところか。
「よぉ、時雨。遅かったじゃねぇの」
「なぜ、総助が」
ふん、やはりこういう反応だったな。
「俺の自己紹介がまだだったな、お嬢ちゃん」
時雨の後ろから立ち上がった少女がひょっこりと顔を出す。
「俺は総助。人斬りなんて呼ばれることも多いが、今は安心院家で雇われ剣士をやってる」
少女の瞳がわずかに膨らむ。
「また会うこともあるかもな。そのときはよろしく。それじゃあな」
安心院家に帰るため歩きだす。
時雨の視線が背中にぶつかって痛かったが、気づかないふりをした。
去りゆく総助の背中を時雨は鋭い眼で見送る。
元忍びで、諜報能力にたけた時雨は、総助が安心院家に雇われたことを知っている。
そして、安心院家の闇も知っている。
認められるはずがない。
なぜ総助が安心院家に雇われているのか、理解ができない。
時雨の知る総助は誰かに指図されるのを良しとする性格ではなかったはずだ。
それがよりにもよって安心院飛鳥に雇われるなど。
(ん、)
着物の裾を引っ張られた感覚に時雨は視線を下にする。
無表情でじっと見つめる赤い瞳。
「尊様、迎えに来るのが遅くなり大変申し訳ございませんでした。どこか怪我をされたり、何か問題はございますか?」
しゃがみこんで尊様を見上げる形になる。
尊様は静かに首を横に振った。
(はぁ、よかった)
突然現れた敵の数が多かったため、尊様を逃がす形になってしまったが、この容姿だ。連れ去られ、多少の問題は起きてしまうことを覚悟していた。
「危険な目に遭わせてしまい、大変申し訳ございませんでした」
総助はどちらだったのだろう。
ただ尊様を守ってくれたのだろうか。
それとも、安心院飛鳥に何か頼まれて?
「安心院家の人間に何か怖い思いをさせられましたか?」
尊様は再び静かに首を横に振る。
「それはようございました。家に戻りましょうか」
尊様がこくんと頷くのを確認して、時雨は手を引く。
例え総助でも、尊様に手を出すならば容赦はしない。
時雨の瞳は漆黒の炎を燃やした。
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