17 反乱勢力との邂逅
刀を持たずに街を歩くとこんなに穏やかなものか、と総助は思う。
うるさいセミの声も、灼熱の太陽も、刀を持っているときの衝動や不快感に比べればずっとマシに思えた。あの日から6年経ってなお、刀を握れば教会での光景が蘇り、悪夢のごとく襲いかかる。
刀を持たなければ、精神が楽に保てるということを知った。
だが、これもまた逃げなのだとわかっている。
第一、総助には誓いがあった。
あの日、信詠と交した誓いが――。
頭を振って、思考を削ぎ落とす。
今考えることじゃなかった。
と、町はずれまで来ると、指定された会合場所にたどり着く。
(お、ここか)
見廻り組が鍛錬に利用しているという道場。
大きいが、木のぬくもりに溢れた、どこか懐かしい雰囲気が漂う。
総助や晋悟がかつて鍛錬を重ねた道場はもっと小さかったが、漂う温かみは似たものがある。
だが、その温かみの奥、中に蠢く人々の重苦しい空気も総助は感じ取ることができた。
反隊長の会合を見廻り組所有の道場なんていう、バレてもおかしくないところで行うなど、一体誰の案なのか。肝の据わったやつなのか、睦実をなめくさってるのかと最初は思ったが、、なるほど。
あえて強気な態度を取ることで味方の士気を高めようという策士の仕業か。
肝が据わっているわけではなく、強がりなだけ。
睦実をなめくさるどころか、最大限に警戒している。
長く刀を扱っていれば、空気一つで相手の特性や意思を感じ取れるものだ。
(さて、入るか)
ガラッ
扉を開ける。
眼前に広がったのは、隊服を脱ぎ、浪人のような格好をした見廻り組の隊士たち。
見かけたことのあるやつが多い。
あとは何人か見廻り組じゃないただの浪人も紛れていそうだ。
なんなら見廻り組にしょっぴかれる場面を見たことのあるやつもいる。
総助は観察力もさることながら、記憶力も悪くないので、一度見た人間のことはだいたい覚えている。
(あ、あいつら)
そこにはあの日、麻袋に飛鳥の娘を入れて、誘拐しようとしていたふたり組の姿もあった。
誘拐を失敗したことを責められてやしないかと心配していたが、杞憂だったか。表情が明るい。
「来たか、人斬り総助。待っていたぞ」
部屋の奥、中央。あぐらの体勢で片膝を立てる眼鏡の男。
隊士たちの中心にいることから見て、反睦実派の奴らをまとめる指揮官といったところだろう。
剣の腕があるというわけではなさそうだが、例の策士はこいつだな。
「おい、何か言ったらどうだ。挨拶もなしか」
肝はあまり大きくない。
ここで俺に舐められたら、隊士たちの士気が落ちるという焦りが見える。
つまりはその程度の人徳しかないということ。
あ、そういえば副長はいないんだな。
反隊長派閥の筆頭は副長だって噂だと晋悟からは聞いていたんだが。
「おい、人斬り総助! その不遜な態度、飛鳥様に報告してもいいんだぞ」
その策士が声を荒らげる。
「あぁん?」
飛鳥に報告だぁ?
笑わせてくれる。
不遜な態度なんて喜ぶだけだろ。
こいつは飛鳥をわかってないんだな。
「すりゃあいいだろ。飛鳥は俺がどんな行動取ろうと何も言わねぇよ。俺のやることならなんだって許す」
入口付近の壁際にしゃがみこみ、腕を組んで目を閉じた。
※
人斬り総助と関わりを持ったことはなかった。
昼、町で見かけると、団子屋でぼーっとしている。
夜、町で見かけると、大抵は血まみれで、目の焦点があっていない。
言葉の通じない妖のような、そんな感覚を僕は人斬り総助に抱いている。
論理で詰められない相手は苦手だ。
座り込んで、目を閉じたこの男は、やはり思った通り、野性的な本能の鋭さのようなものを持っていて、自分にうまく扱える人間には思えなかった。
それに、安心院家の当主である飛鳥様を一切恐れないこの態度。
副長が『人斬り総助がいれば、隊長殿に勝てるかもしれない』なんて、高い評価をしていたことが理解できなかったが、確かに相対してみればそこらの浪人や辻斬りとは一線を画す圧を感じる。
場の空気が一瞬でこの男に飲み込まれた。
「はぁ、」
この男を制御しようなど、考えるだけ不毛だな。
もう無視して、会合を進めよう。
「さて、反佐条睦実を掲げた同士たち、いよいよ決戦のときが決まった。5日後、この道場だ。隊長には剣術の鍛錬を行うとして、すでに招集をかけてある。気合を入れて、臨んでほしい」
「「「はっ」」」
「では、確認を進めていこう」
※
人斬り総助―――。
辻斬りしていたときに見かけたことがあるが、あまりの恐ろしさに逃げてしまったことがある。鞘に収めることもなく刀をブラブラさせ徘徊するさまは、人とは思えない狂気に満ちていた。
それとまさかこんなところで出会うなんて。
辻斬りとして見廻り組に捕まって、死刑にしない代わりに今回の派閥争いに加わるよう言われ、仕方なくこの会合にも参加しているわけだが、、。
「なぁ、あんた、辻斬りしてたやつだよな? 死刑にならずに済んでよかったじゃねぇか」
なんで俺は今人斬り総助に話しかけられているのだろう。
会合が終わって、ぼーっとしてただけなのに。
こんなことならさっさと退散すればよかった。
「俺のこと、知ってんのか」
「あんたが辻斬りしてるの見かけたことあるしな、なんなら見廻り組にしょっぴかれる場面も俺は見てた」
最悪だ。
「心配してたんだ」
……は?
何を言ってるんだ? 知り合いでもない辻斬りを心配?
わけもわからず顔を上げれば優しい瞳に照らされた。
「ただの辻斬りのように装ってはいたが、本当は身寄りのない子どもたちを養ってたの知ってるぞ。団子屋で子どもたちと一緒になることがあってな、なんならあんたが捕まったときもその子供と一緒にいたんだ」
まさか、あいつら。
「子供ってのは意外に賢い生き物らしい。あんたが人を斬る理由も、その優しさも子どもたちには伝わってたよ」
バカ野郎が。
何も知らないまま幸せになってくれりゃ良かったのに、。
「……あいつら、元気に、やってるか?」
「ああ、今でもたまに団子屋で会う。あんたが帰ってくるのずっと待ってるって言ってたぞ」
くそ、俺のことなんて忘れてくれよ。
「俺はべつに善人じゃねぇ。子どもたちを拾ったのだって成り行きだ。辻斬りした家の子どもが流石に可哀想になって、罪悪感で拾っただけ。なんなら、子供と一緒にいるところを見せつけておけば町の奴らは俺を勝手にいいやつだと思いこむ。そしたら、斬られた人が見つかっても俺が疑われることはねぇんじゃないかって目算があって、だから俺は」
「最初の動機がどうとか俺は知らねぇよ。でも、あんたが愛情持って育てたことは子どもたちを見てればわかる。実の親に育てられるよりずっと幸せだったってみんな言ってたからよ」
あいつら、何言ってやがんだ。
馬鹿すぎて、泣きたくなっちまうよ。
「俺だって人を斬る。子どもたちに愛をあげてるぶん、あんたのほうがずっとマシだ」
静かに呟かれたそれが、嘘偽りない本心なのだとなぜだがわかってしまって、男は歯を食いしばり、拳をぎゅっと握りしめた。
ああ、あいつらに会いたいなぁ、なんて素直な思いが溢れてしまわないように。
※
様々な人間の想いが交錯する中、終焉のときは近づいていた。
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