15 晋悟の信頼
晋悟の世界には総助しかいない。
初めてそう感じたのは、きっとあの時だ―――。
昔、総助が人斬りと呼ばれ始めた頃、見廻り組として総助を処断しようという動きがあった。
『見廻り組として人斬りを見逃すわけにはいかないでしょう』
『そうです。見廻り組としての権威を保つためにも捕らえて首を落とすべきです』
『全く持ってそのとおり。それに、ここで人斬り総助を処刑すれば、新隊長就任の宣伝としても十分なのでは? いかがです、隊長』
広間に集まり思い思いに議論を進める隊士数名。
彼らは先代の頃から隊長の側近を務めてきた、いわゆる古参の者たちだ。
隊長になりたてだった睦実は、彼らの言う権威がどうとか、宣伝がどうとかには興味がまるでなかったが、
『人斬りを放置はできまい』
と、その動きには同調した。
辻斬り相手とはいえ、人を斬っている以上やむ無い判断だろう。
総助に罪悪感は感じていたが、見廻り組の仕事に私情を挟むべきではないとも思っていた。
しかし、
『隊長、表に人斬り総助の件で話したいと言っている男がいます』
晋悟が待ったをかけたのだ。
どこで見廻り組の動きを察知したのか知らないが、屯所に一人で訪ねてきた。
顔見知り程度には面識があったので、話を聞くのもやぶさかではなく、隊士たちが集まる広間に案内させた。
すると、晋悟は先に手を出したのは辻斬りの方で、総助はそれに応じただけの正当防衛だと主張しはじめた。
さらには、総助が斬った辻斬りたちに襲われたという人物が続々と屯所を訪ねてきて、総助に助けられたと証言をしていく。総助は斬られそうになっていた人を守るために仕方なく刀を抜いたのだと。
それが事実だとしたら見廻り組としても安易な判断はできない。――例えでっちあげの可能性がどれだけ高くとも。
まあ、今となってはあの助けられたという者たちは間違いなく嘘だったと思える。
晋悟の仕込みだったに違いない。
そのうえ、晋悟が光善殿の後を継ぎ、鍛冶屋を切り盛りすると言い出した。決定的だったのは、今も晋悟が腰に下げているこの刀だ。晋悟が打ったというそれは国の至宝とまで歌われた光善殿の打った刀にひけをとらない素晴らしいものだった。
ここでもし晋悟の主張を聞き入れなかったら、これだけすごい刀を打てる刀鍛冶がもう見廻り組の隊士相手には刀を作ってくれないかもしれない。
口には出さずとも皆そう思ったことだろう。
だから結局、総助については様子を見る、というなんともふがいない結末に落ち着いたのだ。
今なら、そう思わせるためにわざわざ刀を作り、腰にさしてきたのだとわかる。
基本的に晋悟は感情に波がなく、淡々としている。
総助が壊れるきっかけとなった教会での事件のときでさえも、いつもと変わらぬ態度で平然としていた。
両親が亡くなったときも涙を流すことなく、笑みを浮かべていたという。
晋悟とそう親しいわけではないので本当のところはわからないが、強がっているとかそんな感じではなく、ただただ平坦な心の動きをしているように見える。
しかし、こと総助のこととなると話は別だ。
晋悟の喜怒哀楽はすべて総助に基づいていて、総助と一緒にいるときは喜び楽しみ、総助を傷つけるものには怒りを向ける。
睦実が恐ろしさを感じる数少ないもののひとつが総助が絡んだときの晋悟だ。
(はぁ、)
睦実は再び空を見上げる。
さっきとは違う形の雲が空を流れていた。
「晋悟」
空を見つめたまま、睦実は呼び掛ける。
「なんだい?」
睦実が人の目を見て話さないのは珍しい。
晋悟は不思議に思いつつ睦実を眺めた。
数秒の沈黙ののち、
「総助は私の抜刀術を受けて怪我をしている」
睦実は重く吐き出した。
総助に抜刀術を向けたことを伝えるのは睦実としてはそれなりの覚悟だったのだ。
晋悟の怒りに触れるのではないかと。
しかし、伝えないことは不義理であると考えて、この道を選んだ。
「ははっ、」
だが、晋悟は楽しそうに笑う。
何がおかしいのかと睦実は視線を晋悟に戻した。
「隊長さん、総助はどうだった?」
「……強かった」
「ふっ、だろうね。じゃなきゃ隊長さんが抜刀術を使うはずがない」
なるほど。総助が私に抜刀術を使わせるほど強くなったことを晋悟は喜んでいるのか。
その睦実の考えはほぼ正解だが、晋悟はもっと深く物事を捉えていた。
睦実の抜刀術を受けたにも関わらず、睦実のもとを去り、どうやら一人で行動しているらしい総助の思惑が、晋悟には手に取るようにわかったのだ。
それは晋悟が考えていた筋道のなかで最も厄介だが、最も総助らしい道だった。
だから、晋悟は心の底からの笑みをこぼしたのである。
「総助は隊長さんの言うとおり強いから、心配はいらないよ。僕もやることができたから、もう行く。派閥争いとか大変そうだけど、頑張ってね」
「ああ」
晋悟の総助への想いを軽んじすぎていたのかもしれない。傷つけられて怒るとかそんな次元ではない、もっと深い信頼を晋悟は総助に抱いているようだ。
◇
「副長、いつまで佐条睦実に見廻り組を任せておくつもりです。もう隊士の半数は反隊長を掲げています」
見廻り組屯所の副長室。
あえて外まで聞こえる大きな声でとある隊士が話を持ち出す。反隊長派閥が隠れてこそこそしなければならない状況にはないということを示すためだった。
「そうですねぇ」
副長である武虎は温かい緑茶をすすりながら、のほほんと返事をしてみせる。
「はぁ、まだ決断はできませんか」
「ふふふ、相手はあの隊長殿ですからねぇ。数で勝てるというほど単純ではないでしょう」
「それについては安心院家からひとり増援が来るとのことでしたが」
「増援ですか?」
「はい、人斬り総助だそうですよ」
「ほお?」
飲んでいたお茶から手を離し、武虎は大きく笑みを浮かべる。
隊士はその笑みにぞくりと体を震わせると同時に、副長の興味が向いたことにほくそ笑んだ。
更に話を続ける。
「もともと人斬り総助は安心院家によく出入りをしているところが確認されていました。どうやら飛鳥様が安心院家で働かないかという打診をずっとし続けていたようで、今回ようやく安心院家のお抱え剣士になったそうですよ。隊長を嫌っているという部分で利害が一致したのだとか」
「そんな経緯があったとは知りませんでしたが。しかし、なるほど。確かに人斬り総助が味方なら隊長殿に対しても勝機があるかもしれませんね」
「副長は人斬り総助を随分と高く評価しているんですね」
「ええ、まあ」
(彼を高く評価しているのは私ではなく隊長ですが。)
「ならば、反隊長派閥の会合に参加されますか」
「そうですねぇ……」
睦実の知らないところで、歯車は動き出す―――。
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