14 見廻り組参謀
いま、佐条家は岩壁の上に立たされている。
理由は単純。
安心院家に逆らって、睦実を庇ったからだ。
安心院家はこの国に大きな影響力を持つ三家の一角。社交界の親玉。ゆえに、安心院家に嫌われてしまうと、社交界から弾かれることになる。
何代も前から繋がりのある家だけはいまだに佐条家との関係を保ってくれているが、それももはや風前の灯。
当主である智弥が殺されるのが先か、佐条家が没落するのが先か、といった状況だ。
「安心院家当主の意識は睦実様にしか向いておられない。せめて、睦実様を見廻り組の隊長から降ろせ、という要望だけでも叶えれば、もう佐条家には手を出してこないでしょう」
「そうかもしれんな」
安心院飛鳥は張り合いのある相手と遊ぶのが好きだ。
下々の者が自分の権力に抗って、もがく姿が面白いらしい。
私はその琴線には触れない。
基本的に臆病で、安心院家と事を構えようなどという心意気は持ち合わせていないからだ。
しかし、睦実は違う。
あの男のお眼鏡にかなってしまう。
「当主様、どうか」
忠臣の願いはもっともなのだが……。
睦実が見廻り組隊長という職に誇りをもっていることは智弥にはよくわかる。口数の少ない弟ではあるが、昔からずっと見てきた兄にはなんでもお見通しだった。
現状について話せば、睦実は見廻り組の隊長を降りると言うだろう。私のために。
誇りを捨ててでも兄の助けになろうとするだろう。
それは嫌なのだ。
小さい頃、『兄上、兄上、』とよたよたあとをついてきた弟のなんと可愛かったことか。
真面目に鍛練を続けた結果、見廻り組の隊長となり、町の者たちに畏れられるまでに至った弟のなんと凛々しいことか。
自らの意思で見廻り組をやめさせるような、そんな真似はさせたくない。
「私が生きているうちは睦実のことを守りたいんだ」
目を閉じ、静かに覚悟を決める当主に、忠臣はもうなにも言えなかった。
.。o○
佐条家からの帰り道、もう夕方となった空にたなびく雲の淡く美しい様に睦実は見惚れる。
兄である智弥は睦実と正反対な性格をしている。
勝ち気で物事を堅く考えがちな睦実とは異なり、智弥はどちらかというと気弱だが柔軟な思考力を持っていた。
人とすぐに口論や喧嘩になってしまう睦実を、いつもふわっと包むような心の広さでなだめ、相手との仲を取り持ってくれた。
睦実はそんな兄のことを尊敬しているのだが、周りは兄の気弱な性格をよくは思わず、佐条家を継ぐのは兄より弟の方がいいのではなんて、そんなくだらない意見も多く出た。
兄は空が好きだ。いや、正確には雲が好きだ。
『今見ている雲の形はもう二度と同じものは見れないんだよ。面白いよね』といつも楽しそうに話していた。
佐条家は兄が継ぐべきだと考えていたし、今でもそれが間違いだったとは思っていない。しかし、兄をあの屋敷に閉じ込め、雲を見る自由すら奪ったのだという事実は睦実に重くのし掛かる。
自分が佐条家を継ぐ方が兄は幸せだったろうか、と。
ふと、視線を感じて、横を向いた。
見慣れた見廻り組の隊服。
「これはこれは、隊長殿ではありませんか。謹慎中だというのに、帯刀して外に出るとは、度胸のある」
眼鏡をぐいっと押し上げ、小馬鹿にした顔で棘のある言葉をかけてきた男――見廻り組の隊士である兼近だ。
頭がよく、見廻り組でも参謀のような立ち位置にいる兼近は、昔からどうにも私が気に入らないらしい。
副長である武虎には懐いているようなのに。
「兼近、。見廻り組の状況はどうだ」
「はっ、隊長なのに把握してないなんて、いくら謹慎中とはいえ、怠慢が過ぎるんじゃありませんか」
「謹慎の間は副長にすべて任せているだけだ。兼近が気にすることではない」
「だったら僕に状況なんて尋ねないでください」
「……そうだな、、すまなかった」
棘々してはいるが理にかなった意見なので、引き下がる。
態度は悪いが言うことはすべて的を射ているのが兼近だ。
「上からこってり絞られたって副長から聞きましたよ。見廻り組の評判を落とすような真似はやめてもらえませんかね」
「悪かった」
「ただの浪人相手に隊長ともあろう御方が取り逃がすなんて。まさか、浪人たちと共謀してたりしませんよね?」
「していない」
兼近が疑うのも無理はない。
総助のことは誰にも報告していないのだから。
副長である武虎には勘づかれたが、干渉しないと明言した以上、あれは誰にも話さない。
「隊長はいつまで謹慎なさるおつもりですか」
「ああ、上からはひと月と言われているが、どうだろうな」
「来週、見廻り組で剣の稽古のために隊士を集めようと思っています。お暇なら顔を出してください。隊長なんて刀が振れることくらいしか取り柄ないんですから」
上司相手にこんな口を叩くのは兼近くらいのものだ。だが、陰でこそこそ悪口をいうような連中よりはずっと好感が持てる。
「わかった。必ず顔を出そう」
「ええ、それでは。謹慎中の隊長と違って私は忙しいのでこれにて失礼いたします」
兼近の去り行く背中を眺めつつ、ため息を吐く。
最後まで失礼な態度だった。
「あれが見廻り組の参謀殿か。なかなかに癖が強そうだね」
「晋悟か」
いつから見ていたのか、背後から声をかけられて驚く。
「ちょうど見廻り組の隊士に刀を卸した帰りなんだけど、なかなか面白いものが見られたな」
もう見えなくなったというのに、兼近の去っていった方を見つめたまま、晋悟は笑みを浮かべる。
「彼は僕の刀を使ってくれないから、面識がないんだよね」
「兼近は頭脳派だからあまり刀は振らない」
気遣いに溢れた返答だ、と晋悟は苦笑する。
「晋悟、総助はどうしている」
「え? 知らないけど? 隊長さんと一緒じゃなかったんだ」
「なんだと」
晋悟なら当然のごとく総助の動向を知っているものと思っていたから、睦実は大きく目を見開いた。
「どうしてそんなに驚くのかわからないな」
「晋悟と総助は二人でひとつの印象だったからな、すまん」
「あはは、そう思われてたなら僕のせいだな。いつも僕が付きまとってるから。今はちょっと離れてるんだ」
「……そう、なのか」
睦実としてはボーッとしたり狂ったり情緒不安定な総助の、子守り役といった印象を晋悟に抱いていたので、今の言い回しは引っ掛かる。
一緒にいてあげている、ではなく、付きまとっている、とは。
だが、あえてそこを追求するような真似はしない。
晋悟の触れてはならない琴線は間違いなく総助にあるのだから。
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