12 鍛冶屋の常連達
武虎への接触から数日経って、晋悟は鍛冶屋で刀を打っていた。刀と向き合っていると、思考を深く巡らせることができる。
睦実が犯人を取り逃がしたという誘拐事件。
間違いなく、総助が睦実の邪魔をしたのだろう。
しかし、総助が見廻り組に捕まった様子はないから、睦実がどこかに匿ったか、もしくは、睦実と決別したか。
ただ決別しただけなら、僕に会いに来るはずだけど、そうでないということは。
総助の居場所として晋悟の思い至る可能性は二つ――睦実の家か、安心院飛鳥の屋敷か。
カン、カン、カン
「最近、安心院飛鳥の機嫌がよくて気持ち悪いですわ」
「ああ、何か災いがもたらされそうでな」
「近頃町外れには鬼が出るというし、頭を抱えたくなることばかりだ」
「人斬りも多すぎて、夜は出歩けないしなぁ」
カン、カン、カン
常連達が安心院飛鳥の機嫌がいいと話していることから察すれば後者かな。
相変わらず、鍛冶屋の客はおしゃべりだ。
用がなくてもここに集まって、井戸端会議を繰り広げる。
だが、これは晋悟が光善の後継として認められた証でもあった。
かつて晋悟の祖父の光善が鍛冶屋をしていたとき、彼を慕って集まっていた常連達が、同じようにここに集っている。
晋悟が小さい頃、瞳に写していた賑わいが、今ここにある。
「わぁ、なんて綺麗な刀なのかしら! これだけ素敵な刀ならわたくしがいくらでも出しますわ」
「おー、こりゃあすごい。こんな美しい刀は初めて見たな。私が買い取ろう」
晋悟がずっと刀を叩いているのが気になったのか、常連達の一部が作業を覗きにきた。
晋悟は満面の笑みで対応する。
「残念ですが、これは売り物ではないので」
「え?」
常連のお姉さんがきょとんと首をかしげる。
「売り物じゃない刀をずっと作っていたの?」
「ははっ、諦めろ。どんなに譲れといっても譲ってはくれないことはワシが実証済みだ。その刀は特別らしい」
刀を覗きに来なかった常連のじいさんが長椅子に座ったまま遠くから声をあげる。彼は以前、この刀にいくら出すだの、なんでもするから譲れだの猛烈に迫ってきた。
「残念、じいさんがそう言うなら諦めるしかないか」
「そうですわね、あ、同じような刀をつくってもらうことなら可能かしら?」
「いえ、材料が珍しいものなので、作れないんです」
「そう、、残念だわ」
お姉さんは眉を下げ、肩を落として戻っていった。
カン、カン、カン
晋悟は安心院飛鳥とほとんど話したことがない。
総助が晋悟を関わらせまいとするからだ。
総助が守ろうとしてくれているのは素直に嬉しい。
ただ、晋悟からすれば、飛鳥は祖父の友人だった男という認識だ。何を気に入ったんだか、祖父はよく飛鳥と話し込んでは楽しそうにしていた。
飛鳥の評判は確かに悪いし、鬼畜だなんだと言われるのも仕方ないほどに狂った男というのは間違いないが、祖父が気に入り、総助が尊敬の念を抱いている相手だから、晋悟はべつに飛鳥のことはなんとも思ってない。
しかし、この鍛冶屋で盗みを働いた盗賊団に飛鳥の息がかかっていたのも純然たる事実。
ただで許す気は毛頭ない。
(ふぅ、)
刀を打つのをやめて、常連たちの元へ向かう。
「お? どうしたんだ、坊?」
「一段落ついたので、会話に混ぜてもらおうかと」
「あら、いいわよ、おいでおいで」
常連達同様、長椅子に腰かける。
うちの台所(囲炉裏付き)で勝手にお茶やらおつまみやらをこしらえるのが彼らの常なのだが、今日はお茶とおやきを渡された。
普通に美味しい。
「で? 何を聞きたいんじゃ」
じいさんに聞かれる。
いつもなら本当にただ世間話に混ぜてもらうだけなのだが、今日は聞きたいことがあって来たことが見抜かれている。
「うん。安心院家の動きが知りたくて。見廻り組の派閥争いとか、どうするつもりなのかなって」
「まさか、坊、安心院飛鳥に喧嘩を売るつもりか?」
「それはダメよ。さすがに」
「うん、でも知り合いがすでに渦中にいるから、情報だけでも掴んでおきたくて」
常連たちは困ったように顔を見合わせる。
僕を危険にさらしたくないと心配してくれているんだろう。
でも、話してくれなきゃ困るんだけどな。
「坊、ワシからひとつ教えてやろう」
じいさんが語り出す。
「安心院飛鳥は見廻り組の隊長を追い落とすために、ついには佐条家に手を出しはじめとる。当主の暗殺計画は今のところは失敗に終わっとるが、今後どうなるかはわからん」
佐条家か。
睦実の大きな後ろ楯だ。
睦実は佐条家の家格があるからこそ、安心院飛鳥に潰されずに済んできた。
だから、飛鳥は佐条家を潰そうとしている?
「ワシとて、佐条家のことは好いとる。今の当主は歴代に比べれば気弱だが、筋のとおったいい男だ」
「そうね、彼はよく私の相談にも乗ってくれるし、人がよすぎるのが心配になるくらい」
「ああ、もっとうまく立ち回れたらよかったんだけどな、もったいない」
口々に佐条家の当主を評価していく常連たちに晋悟は素直な疑問を溢す―――
「それなのに見捨てようとしているの?」
常連たちは静まり返った。
外で鳴く蝉の声が嫌に響く。
そうか、この人たちでも安心院家と事を構えるのは恐ろしいのか。
ここにいる常連たちはただの一般人ではない。
この国の既得権益者たちだ。
脈々と受け継がれてきた家柄をもって社交界に君臨する重鎮たちなのだ。
それなのに、ふがいない。
安心院飛鳥が調子に乗るのも無理はないな。
晋悟が笑顔を崩すことはないが、瞳の奥が冷えきっていくのがわかり、常連たちは息を飲む。
「坊、ちょっと落ち着け、な」
「僕は落ち着いてるけど?」
「うん、まあ、そうだな……」
そう、晋悟はずっと落ち着いている。
「坊、ワシらはまだ佐条家との縁は切っとらん」
「まだ?」
じいさんの言葉に静かに、しかし鋭く噛みつく晋悟に、常連たちは密かに息をつまらせた。
それでも、静かにうつむくことしかできない。
年寄りは守りに入るのがうまい。
若造はまだ力がないからと逃げる。
あきらめた人たちのなかでお姉さんだけは葛藤を抱えた。
正しいのは佐条家の当主で、安心院飛鳥は狂っている。それなのに、佐条家を見捨てることしかできない私たちは確かにふがいない。ふがいないけど、私にだって守らなきゃならない者達がいる。
一体どうしろっていうのよ。
お姉さんの迷いが一体何をもたらすか―――。
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