10 飛鳥との出会い
総助と飛鳥が初めて出会ったのは、10年ほど前のことだ。
もとは晋悟の祖父、光善さんと安心院家に交流があって、晋悟の家に遊びに行ったときに顔を合わせた。
10年前―――
「うん? お客さん来てるのか?」
廊下からちらっと覗いた応接間に光善さんと三人の男が見えて、総助が問う。
「ああ、あれは、最近よくじい様の鍛冶屋に来てる人だよ」
「へぇ、それにしては……」
三人の男の中心にいるのは小柄だが、堂に入った態度で、笑みを浮かべる男だ。総助は目を奪われた。
光善さんは国一番の刀鍛冶と謳われるひと。ゆえに、しょっちゅうお客が来ているが、その人たちはみなこぞって光善さんに頭を下げ、おだて、機嫌を取ろうとする。それは見ていて愉快なものではなく、こんな大人にはなりたくないなとぼんやりだがたしかに思っていた。
だけど、今日来ているお客は他の大人たちとは違うらしい。
(かっこいいな)
光善さん相手にへりくだることもなく堂々と。
じっと見ていたからか、視線に気づいて男がこちらを向いた。
目が合う。
射抜かれたと錯覚するほどに強い眼だ。
と、同時に、まるで星のように輝いてみえた。
思わずたじろいで、右足がずりっと後ろに退がる。
男はにんまりと不適な笑みを浮かべると、こちらに歩いて距離を詰めてきた。
「貴様は誰だ?」
息がつまるほどの圧力を感じる。声まで鋭い。
「俺は、総助、だ」
「僕と同じ道場に通っているんです」
名前しか答えられない俺に晋悟が補足を加えてくれる。
「ふーん、」
男はねぶるように総助を観察し、さらにニヤリと口角を上げた。
「私は安心院飛鳥だ。本来なら貴様ごときが立ったまま挨拶するなど許されないことだが、私に憧れるとはどうやら見所があるようだから、今日は許してやろう。次会うときは頭を地面にすり付けて、全身で敬意を表すがいい」
憧れたことを見抜かれて驚く。
安心院ってのは知っている。
この国に多大な影響力を持つ家だ。
それに飛鳥という名にも聞き覚えがある。
安心院家の当主の名だ――悪い噂しか聞かないが。
複雑な思いにとらわれる。
憧れた人間の実態が下衆だ、鬼畜だと、言われる人だと知ってしまったから。
それでも、一目見て感じた憧憬の念はどうにも消えてくれないらしい。
「おれは、俺はあんたに頭を下げたりはしない。だって、あんたのへりくだらない堂々としたところをかっこいいと思ったんだ。だから、俺も例え安心院家当主相手でも、頭は下げないって今決めた」
飛鳥を真似して堂々と強い瞳を意識してみる。
「くっ、あはっ、ふははははは!」
突然飛鳥が狂ったように笑い出した。
「ふはふふふふ、あーあ、純粋で何色にでも染まりそうな坊やだな。いいだろう、総助、貴様は頭を下げなくていい。これから私が時間をかけて綺麗な私色に染め上げてやろう」
首から頬を撫でられる。
ぞわっとした不快感と同時に、期待めいた思いが生まれたのがわかる。
と、これが安心院飛鳥との出会いだった。
そして現在―――
「で? 佐条睦実に負けた男が何の用だ?」
飛鳥は執事に手を拭かせながら、冷ややかな視線を向けてくる。
こういう眼力の強さは昔と変わらない。総助は退がりそうになる足を必死で抑え込んだ。
飛鳥は俺を自分の所有物かのように考えている。
だから、それが睦実に負けたのが不快でたまらないのだ。
「ちょっと調子が悪かっただけだ。それに、犯人たちは逃がしてやったじゃねぇか」
「ほぅ?」
「ちっ、どうせ誘拐された女だってあんたの娘なんだろ?」
「ほほぅ、気づいていたか」
飛鳥はにんまりと口角をあげた
こいつはそういうやつだ。
要は自作自演。自分で雇った浪人に自分の娘を拐わせたのだ。それを防げなかった見廻り組の隊長に責任をとらせるために。
「あんたのおもちゃにされて見廻り組もあんたの娘も不憫だよ。この鬼畜が」
目的のためなら自分の娘だって簡単に犠牲にし、そこに一切の罪悪感を抱かない。
というか、こいつの辞書に罪悪感なんて言葉はないのだ。
「ははっ、私の娯楽になれるだけ価値がある奴らということだよ。佐条睦実に負けて私を幻滅させた総助とは違ってな」
いちいち嫌みな男だ。
足を組み直した飛鳥から強い瞳で射抜かれる。
「それで? 今日は何をしに来た。慈悲を乞いに来たか? あんな男に負けたのだ、罪は重いぞ。頭を地面に擦り付けて、みっともなく泣きわめいてみせるか」
「俺はあんたに頭は下げない。あのとき立てた誓いは曲げない」
「ふっ、あははははははは! いいとも。私も貴様にはそれを許しているのだからな。それで? 頭を下げないというのなら、私を不快にさせた罪、どう償ってくれるというのだ」
何が不快にさせた罪だ。
こんなにも楽しそうに笑っておいて。
「次こそは睦実に勝つ、それでいいだろ」
「ふっ、つまらん答えだが、まあいい。ならば、しばらく私に飼われろ、総助。あやつとの勝負の場を提供してやる。そろそろ機が熟す頃だ」
無言をもって肯定を示す。
もともとそのつもりでここに来たのだ。
(わりぃな、睦実……)
睦実と飛鳥が争うなら、俺は―――。
総助は仄暗い瞳を虚空に投げ掛けた。
総助が安心院家を訪れている頃、晋悟は見廻り組副長――司馬武虎の家を訪れていた。
「見廻り組の副長殿に刀を献上できるとは、刀鍛冶として誇り高いことです」
「何をおっしゃいますか、晋悟殿。あの刀匠、光善様の孫にしてその才を正当に受け継ぐあなたに、刀を打っていただける私こそ幸せ者なのです」
今日は非番だという武虎は、地味めな群青色の着物に身を包み、ほがらかな笑みを浮かべている。
家の雰囲気もひどく落ち着いていて、品のいい調度品が並んでおり、温厚な性格の彼によく合った家と言えるだろう。
睦実が細身で一見軟弱そうな体格であるのに対して、武虎は筋肉りゅうりゅうな大男といった風体であるが、性格は実に温厚で、隊員からの信頼も厚い。
睦実がいなければ間違いなく見廻り組の隊長になっていた器だ。問題はそうであるがゆえに睦実に恨み辛みを抱いているか否かなのだが。
――今ここに静かな腹の探り合いが始まる。
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