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8話

放課後、私はハンクの家へお見舞いにやってきた。国道沿いにある小さく、年季の入った家。

ハンクの家のドアベルを鳴らそうとすると、茂みから少女の悲鳴に近い声が聞こえた。


「あーーーー!ミア!!!なんで、ここにいるの!?」


振り向くとそこには、パメラがこちらに向かって全速力で駆けてきた。


「パメラ?こんなところで何を……」


「それはこっちの台詞よ!なんで、ノーランたちがいないの!?抜け駆けする気!?やっぱりハンクのこと……」


パメラは興奮したように早口で捲し立てる。


「落ち着いて、パメラ。大勢で来るのは良くないと思って、代表で私が行くことにしたの。お見舞いの品とプリントを渡して、挨拶してすぐ帰るつもりよ。パメラが思っているようなことはないわ。」


私は焦って弁明し、手に持っているゼリーとプリントが入った袋を見せる。

するとパメラは安堵したのか、平静を取り戻した。


「なんだ!やっぱり泥棒猫なのかと思ったじゃない!」


……やっぱりということは、先日の弁明では信じきれなかったということか。


「パメラはそんなところで何をしていたの?」


私がそう言うと、顔を歪めた。


「……ハンクのお見舞いに来たの。でも、迷惑かなって思って、会いに行くか、迷っていたの。」


「風邪を引いているから、起こしちゃいけない、とかそういうこと?返事なかったら、私も郵便ポストかどこか置けそうなところに置いていくわ。」


「それもあるけど、ほら、私うるさいし。いつもハンクは困ったような顔しているし、風邪の時まで困らせたくないなーって。」


パメラは戯けるように自虐めいたことを言うが、目は笑っておらず、涙を堪えるようだった。


「パメラ……私は2人がいるところをそこまで見たことはないけれど、私が見る限り。そんなことはないんじゃない?」


「…………」


パメラは俯いてしまった。


「じゃあ、一緒に行きましょう?返事がなかったら、置き手紙をして帰りましょう。」


私がパメラの手を繋いで、そう言うと、パメラは顔を上げた。


「いいの?」


「ここまで来たなら、行かなきゃ。もちろん、長居はしないで、挨拶だけね。」


「勿論よ!私、そういうところはちゃんと弁えているつもりなんだから!」


調子を取り戻したパメラを横目に、私がドアベルを押すと、しばらくして、ハンクがふらついた足取りで出てきた。


「ミア、パメラ?お見舞いに来てくれたの?」


「ハンク、大丈夫?ご家族の人は……」


そう言って、ハンクの両親は共働きで夜までいないことに気がついた。


「お仕事なのよね。こんな時にごめんなさい。プリントとお見舞いの品を持ってきたの。パメラもお花を持ってきてくれたのよね?」


私がパメラの肩を叩くと、パメラは大きく頷いた。


「え、ええ!ハンク、大丈夫?ベッドに戻って。」


「2人ともありがとう。ゼリーとお花、嬉しいよ。プリントも助かる。」


ハンクは力なく笑った。

声も掠れており、息苦しそうだ。

想像以上に辛そうだ。


「薬は飲んだの?ご飯は?」


「薬は母さんが出勤をずらしてくれて、病院に連れて行ってもらったから貰ったよ。ご飯は朝に母さんが作ってくれたスープを飲んだけど、昼食と夕食はまだかな。」


「ねえ、もしハンクの負担にならなければ、キッチンを貸してもらえない?ポトフくらいなら作れると思うし。パメラと二人でささっと作るわ。」


ね、とパメラに尋ねると、パメラはハッとした表情で頷いた。パメラは病人をあまり見たことがないのか、動揺している。


「じゃあ、お言葉に甘えようかな。パメラ、悪いけど、ミアにキッチンの場所を案内してくれるかな。もてなせなくて悪いけど、飲み物は冷蔵庫にあるものを好きに飲んでいいから……2人ともごめん、僕は自室で休ませてもらうよ。」


「気にしないで!私とミアで元気になるポトフを作ってあげるから!ハンクはゆっくり休んでいて!」


パメラがそう言うと、ハンクは軽く頭を下げて、ありがとうと言って、自室に戻った。


「ミア、キッチンはこっちよ。ついてきて。」


「ええ。」


キッチンに向かう途中、パメラは小さな声でこちらを見ずに呟くように言った。


「……ありがとう、ミアがいて助かった。私だけだったらどうして良いか分からなかった。」


「私もパメラがいて助かったわ。2人でハンクを元気にしましょうね。」


どこか不安げそうな表情を浮かべるパメラを元気づけるように明るく振る舞った。

パメラは小さく頷く。


「ミアはこういったことに慣れているのね。」


「そう思う?」


「お母さんみたいだったよ。」


パメラは小さく笑った。

おそらく現実世界の記憶があったからだろう。特に介護経験があるとか、医療に携わっていたというわけではないが、歳を重ねると、お見舞いや看病という機会は自然とできるものだ。


「あんな弱っているハンク、私は初めて見たから。ねえ、ハンクは大丈夫なの?」


「そうね、好きな人が具合悪そうにしていたら不安になるわよね。きっと大丈夫よ。すぐ良くなるわ。」


私とパメラはハンクの話をしながら、ポトフを作り始める。


「パメラはハンクのどんなところを好きになったの?」


「優しいところはもちろん。ハンクはたまに消えちゃいそうな危うさというか、儚さがあって、それが他の男子と違うっていうか……」


とても十代前半の子が好きな子を語る理由とは思えない回答が返ってきた。


「例えばどんな時にそれを感じたの?」


思わず面接のような聞き方をしてしまった。

こういう恋愛話は慣れていない。友達と恋バナした経験なんてないに等しい。

パメラは特に疑問を感じていないのか、話を進める。


「ハンクのご両親って共働きでしょ?だからなのかわからないけれど、ハンクってご両親の負担にならないように必要以上に良い子であるように意識している気がするの。たまに、ふと見せるハンクの表情を見て、なんだか、うまく言えないけれど……壊れてしまいそうに感じるの。」


パメラは本当に十代前半なのだろうか?

子供というのは、時に鋭いことを言う。

いや、それとも元はゲームの世界だから、各々のキャラクターが同じ年頃の子供よりも成熟しているのだろうか?


ハンクは確かにゲームでもこの世界でも『良い子』というイメージがある。

パメラの見せる表情というのには、あまり気が付かなかったが、先程のハンクの対応を見る限り、なんとなく理解できる。


ゲームのハンクはすぐに亡くなってしまったから、ハンクの人物描写はそこまでされなかった。大人になったハンクはゲームの世界では存在しない。

異端児扱いされているノーランにも分け隔てなく接し、老若男女問わず、人気のある少年。

でも、実はそれはハンクが頑張って周りの期待に応えようとしていた結果であり、無理をしていた可能性がある、ということか。

イーノクの声のことは、聞けそうにないが、ハンクのことを少し知ることができた。


「だから、ハンクには私がいるよ!味方だよ!……って伝えたいんだけど、肝心な時に役に立たない……ただのお節介なうるさい子だと思われてないか時々不安になるの。」


「……片想いって不安になるわよね。でも、パメラはハンクのご両親に負けないくらい、誰よりもハンクのことを見て、想っているわ。だから、きっと大丈夫よ。」


そんなことを言って励ましたが、私は実際、現実世界では、恋人がいた試しがなかった。

両親が学生のうちは学業を優先しろ、恋愛など娯楽だと言い聞かされていたからだ。

だから、こういう時、どう励ませば良いか分からない。

こんな幼い頃から、憧れの異性がいて、それに恋焦がれるパメラを羨ましく思う。


「そうよね、私は私だもの!ありがとう、ミア!私もノーランとミアのこと応援してるから!あ、そうだ!あとで、私の家に遊びにきてよ。良いものを見せてあげる!」


パメラは先程よりも落ち着いたのか、いつもの笑顔を浮かべて、提案した。

これはノーランを知るチャンスだ。

ここまで来たら、ノーランに好意があるとして、情報をたくさん手に入れるのも一つの手段かもしれない。

私は二つ返事で承諾した。


そうこうしているうちに、ポトフが出来上がり、私達はハンクの自室に向かう。

ハンクは寝ていたようだが、扉が開いた音で、目を覚まし、ゆっくり上体を起こした。


「お待たせ、ハンク。熱いから気をつけて。パメラ、食事の手伝いお願いね。私はキッチンを片付けに行くわ。」


「え!?あ、うん。分かったわ。」


「二人ともありがとう。」


パメラはハンクのことを好きなのだ。

少しは二人きりにしたほうが良いだろうと思い、私は部屋を後にした。

ハンクはパメラのことをどう思っているか分からないが、好意的であると思うので、問題ないだろう。


使った料理器具や食器を洗い終わり、私はパメラが持ってきた花を近くにあった花瓶に生けた。

不思議な色をしている。

虹色の花だ。

こんな花は原作にあっただろうか?


香り高く、花の匂いを嗅ぐと、どこか酩酊感に似た感覚を覚える。

薔薇よりも強い香りがする。

でも、この香り、どこかで嗅いだことがある気がする。


現実世界では、香りの強い花はお見舞いには不向きとされていたが、ゲームの世界ではそういった暗黙のルールはないのだろうか?

最も、これはパメラの気持ちなのであって、私がとやかく言うものではないし、否定する気もないが、ふとそんなことを思ってしまった。


「あ、花を生けてくれたのね。」


しばらくして、空になった皿を持ったパメラが戻ってきた。


「ええ、せっかくパメラが持ってきてくれたんだもの。駄目になったら勿体無いじゃない。」


「ありがとう。ハンクも早く寝たいだろうし、これを片したら、失礼しましょう。」


心なしかパメラは嬉しそうにしている。

ハンクに嬉しいことでも言われたのだろうか?

私はそれに追究するか迷い、結局やめてしまった。

私はこういった距離感を掴むことが苦手なのだ。


「二人とも今日はありがとう。ポトフ、美味しかったよ。」


「ううん、お邪魔しました。お大事にね。」


「ハンク、早く元気になってね!」


こうして、私はハンクの家を後にし、パメラについていく形でパメラの家、もといノーラン達の家にお邪魔することになった。

あの花の香り……少しずつ何かに近づいている気がする。私の知らない、気づいていないものがすぐそばにいる。

……そんな予感がした。


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