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7話

「ちょ、ちょっと待って!二人とも落ち着いて。」


私は二人の間に立つ。


「……ミア。」


二人は私の方を見て、押し黙る。


「二人とも一旦、それぞれ話を聞かせて。そうね……ノーラン、ちょっと廊下に行きましょう。そこで話を聞くわ。イーノクはその後で。」


この場で二人がそれぞれの意見を言ったところで、また険悪なムードになるのは分かっていた。一旦、誰もいないところで、お互いの意見を聞くことにした。


ノーランは何も言わずに、私の後をついていく。イーノクも何も言わずに、ノーランがいた席をただ見つめている。

早く来た周りのクラスメイトは私達を好奇の目線で見ている。


「ノーラン、大会を辞めるってどういうこと?」


「言葉通りの意味だよ。出たくないから棄権した。」


ノーランは目を伏せて、そう言った。

明らかに隠し事をしている。淡々と喋っているけれど、この子は意外と分かりやすいのだ。


「やっぱり、この前のイーノクの言葉を気にしているの?」


「……俺は別にこの大会に何の想いもない。イーノクにとっては思い入れがある。志がある人が参加すれば良い。」


ノーランに他意はないのだろう。

でも、ノーランが辞めた大会でイーノクが優勝してもイーノクは喜ばないだろう。


「イーノクはそんなことをしても喜ばないわ。イーノクは単に優勝したいわけじゃない。正々堂々、貴方と勝負した上で、自らの力で勝ちたかったのよ。ノーランはその機会を奪ってしまったの。イーノクはそれに怒っているのよ。」


「そうか……俺はまた、間違えてしまったんだな。」


『また』という言葉が気になったが、私はそれに気にせず、ノーランを励ます。


「難しいわよね、こういうの。ノーランも悪気があったわけじゃないし、ちゃんと説明して、謝ればイーノクも分かってくれるわ。」


「……イーノクもミアも俺のこと嫌わないでくれる?」


ノーランは不安そうな顔をして、そう尋ねる。


「もちろん、嫌いになんてならないわ。イーノクとも話をしてくるわ。ノーランは教室に戻っていて。」


私が笑顔でそう答えると、ノーランは頷いた。


「ありがとう、ミア。ミアには助けられてばかりだ。」


ノーランは少し申し訳なさそうにして、頭を下げた。


「ううん、そんなことないわ。友達として当然のことをしたまでよ。」


「ノーラン、あいつ……俺のことなんだと思っているんだよ!」


イーノクは怒りが収まらず、小さく足踏みをしている。


「ノーラン、やっぱりあの話を聞いていたみたいなの。それで、ノーランなりにイーノクを喜ばせたかったみたい。イーノクの気持ちは分かるわ。でも、ノーランには悪気がなかったの。納得できないこともあると思うけど、ノーランのこと許してあげられるかしら……?」


「口でいいよ、と答えるのは簡単だよ。俺だって、ずっとギスギスしているのは嫌だからな。和解だってするつもりだ。でも、あいつにとって大会はそんなもので、俺があんなに一生懸命やっていたのが、馬鹿みたいだ。」


イーノクは自らを嘲うかのように笑った。


「なんか全部が馬鹿らしくなった。どうでも良くなったよ。あいつが悪いんじゃない。これは俺の問題だ……なあ、ミア。ちょっと付き合ってくれないか?」


「いいけど……どこに?」


「屋上。この前の髪のお詫びに、飲み物も奢るよ。」


イーノクは小銭入れを取り出した。

このくらいの歳の子なら、ジュース一杯でも結構な出費だろうに。そう思い、私は遠慮をしたが、イーノクがどうしてもお詫びがしたいと言ったので、言葉に甘えることにした。

二人で缶ジュースを持って、屋上に出る。


「今日は青空が綺麗だな。」


「そうね。」


会話の続かない世間話をした後、私達は地面に座り、無言で缶ジュースの蓋を開ける。


「……俺、村長になりたいなんて一度も思ったことないんだ。でも、周りが村長になる道しか見せてくれなかったから、俺は決められたレールに沿って頑張ろうと思った。こんな大会でも毎回優勝しなきゃって思ったんだ。でも、他のやつからしたら、こんなの学校の一行事にしか過ぎないし、全てを賭けるほどのものじゃない。ノーランの言動を見て、思ったよ。俺が執着しているものは、本来、簡単に手放せるものだったんだって。」


ぽつりぽつりと自分の想いを吐露した後、イーノクはぐいっとレモンスカッシュを飲む。私もイーノクに合わせて、オレンジジュースを飲む。


「人によって価値観は違うもの。ある人にとっては、興味のないものでも、別の人にとっては、価値のある大切なものになり得る。だから、イーノクは何も間違ってないわ。でも、あなたの道はあなたが選んでいいんじゃない?」


イーノクはかつての私にどことなく似ている。周りの期待に押しつぶされ、周りが進める道が正しいと信じていた。


「アンタのやりたいことをやれば良いわ。剣術が好きなら騎士に。魔術が好きなら、魔術師に。外に出たければ、外に出れば良い。」


私がそういうとイーノクは驚いたように目を見張り、まるで私が信じられないことを言ったような顔をした。


「……声が聞こえるんだ。こうしなさいって声が。」


「声?」


イーノクの思いがけない答えに私は疑問を投げ返す。


「……頭がおかしなやつだと思われたくないから言ったことがないけれど、『ノーランは敵だ。』とか『俺が正しい。偉い。』とか『俺しか村長になれない。特別な存在だ。』……そういう声。」


原作のイーノクが回想スチルで述べていた言葉だ。

これは、原作通りにする為の、さくしゃの声?


「外になんて出られないと思った。兄ちゃんとか周りの人も外に出たことがあるけれど、俺は外に出られないと思っている。それはこの声の影響だ。外に出ても良いなんて、初めて言われた。そうか……そうだよな。なんでこんな当たり前のこと、気がつかなかったんだろう?」


あはは、とイーノクは笑う。

原作に登場したキャラクターは見えない何かに支配されているのだろうか。


「そんな顔すんなよ……ミアにこんな話すると思わなかった。前は俺とちょっと似ているけど俺よりも変なやつって思っていたけど。ハンクにも言ってない……お前ってなんか不思議なやつだよな。」


ミアが聞いたら、アンタに言われたくないわ!……って言いそうだなと思わず考えてしまった。


「そうかしら?」


「……なんか他のやつとは違う感じがする。」


それは原作には存在しないイレギュラーな精神がキャラクターに宿っているからだ。

そんなことは言えるはずもなく、私は笑みを浮かべて、はぐらかした。

イーノクは話していてだいぶ落ち着きを取り戻し、いつもの明るさを取り戻していた。


屋上から村が一望できる。

そんなに高くないのに、周りが見渡せるのは、高い建物がほとんどなく、小さな村だから。

綺麗な景色なのに、この村はやけに閉塞的だ。それは、この村がゲームの世界の舞台だから。


……村の外に出たらどうなるのだろう。

私はそんなことを考えて、やめた。

今は目の前のことだけを考えよう。

あと数ヶ月で例の事件が起こる。

ノーランが破滅能力に目覚めるのだ。


「話付き合ってありがとな、そろそろ授業始まるし、戻るか。」


「ううん、ジュースご馳走さま。」


イーノクの言葉に私は我に帰り、イーノクの後をついていく。


「イーノク、あの、さっきは悪かった。棄権することは撤回する。」


私達が戻ると、ノーランがこちらに駆け寄り、申し訳なさそうにイーノクに謝る。


「別にいいよ。俺も突っかかって悪かった。」


「今年もお互い頑張ろうな。」


ノーランとイーノクは握手をする。

二人の様子を見て、私は安堵した。

……思ったよりこじれなくてよかった。


それからの二人はいつも通りだった。

授業中、私はノーランの様子を盗み見た。


……ノーランも『声』が聞こえるのだろうか?

原作で起こった洞窟の出来事だけじゃなく、『声』の影響だったら?

私が見えないところで、何かの影響を受けているなら、それは干渉しようがない。


……ハンクにも聞いてみよう。

大勢で来るのはハンクにも負担だからと、私だけ今日、お見舞いに行くことになった。

お見舞いに行きがてら、それとなく、イーノクのことは伏せて、『声』の話をしよう。

ノーランに今日聞いてしまったら、なんとなくイーノクから聞いた話だと勘づいてしまうかもしれないし。


ふと、私は先程のイーノクとの会話を思い出す。この村の『外』はどうなっているのだろう?

原作はこの村の中で完結している。

この世界には村以外のところがあるのか?


いや、イーノクの兄が既に外に出ているのだから、外に出ることは可能なのだろう。


私は自分にそう言い聞かせるも、一抹の不安が拭えずにいるのだった。


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