4話
クッキー作りをしてから、私は三人とよく遊ぶようになった。
三人と遊んで、三人の人となりが、なんとなくわかってきた。
ノーランはぼんやりしており、イーノクは年相応のやんちゃな子、ハンクは大人びており、良いバランサー役だ。
三人といるのは、純粋に楽しい。
……こんな日常、現実世界にいた時の私にはあっただろうか。
現実世界にいたのは、もうずっと昔のようだ。時折、原作のことを忘れてしまいそうになる。
今日は初めてノーランの家で遊ぶ。
玄関を開けてすぐ、小さな少女がハンクに向かって駆け寄ってきた。
「ハンク!待っていたのよ!」
この子は確か、私が少年……ローガンになった時に、ノーランと一緒にいた少女だ。
ハンクは慣れたように少女の頭を撫でた。
「パメラは相変わらず元気だね。お邪魔します。」
パメラとハンクに呼ばれた少女は、ハンクに抱きついて離れようとしない。
ハンクは少し困ったように笑う。
パメラ……確かノーランの妹だ。
回想シーンでしか出たことがなかったから、どんな子か分からなかったが、ハンクに恋している可愛らしい少女のようだ。
ふと、パメラと目線が合うと、パメラは私を睨んできた。
「……あなた、誰?」
「ああ、ええと……ミアっていうの。あなたのお兄さんと友達で。」
パメラの反応に、私は思わず少し怯んでしまった。
そこには、かつて、泣きじゃくっていた、かよわい少女の面影がなかった。
「ふうーん?言っておくけど、ハンクは渡さないから!ハンクはパメラと将来を誓ったパメラの旦那さんなんだから!」
パメラはハンクの腕に自分の腕を絡めて、舌を出した。
「そうなのか?」
「ああ……いやあ、ハハハ。」
イーノクはパメラの未来の旦那という言葉を信じたようで、純粋にハンクに尋ねてくる。そして、ハンクはそれを否定もできずに、ただ苦笑いをしている。
パメラは私をライバルだと思っているようで、宣戦布告と言わんばかりにこちらを睨みつける。
どうしたものかと考えあぐねていると、奥の方から男性の声が聞こえた。
「こら、パメラ。お客様を玄関で引き留めない。また、ハンクを困らせて。ノーランもぼうっとしてないで、部屋に通してあげなさい。」
声の方を見ると、青年が呆れたようにこちらへやってきた。
「いらっしゃい、みんな……おや、あなたは初めましてだね?私はオーウェン、ノーランの兄だよ。あなたのお名前は?」
「ミアです……初めまして。」
オーウェンと名乗る青年は私に握手を求めてきた。
随分と物腰の柔らかい青年だ。
十代後半から二十代前半くらいのように見える。おそらく、現実世界の私と同世代だろう。こんなに大人びた青年は現実世界には、そう居なかった。
私が少し感心しながら、オーウェンと握手をしていると、ふと視線を感じ、視線の先を見ると、ノーランが私とオーウェンの繋がれた手を凝視していた。
私は思わずノーランの視線に戸惑いの声をあげてしまった。
「な、何よ?ノーラン。」
「……いや、なんでもない。」
ノーランはいつも通りに見える。
私が不思議に思っていると、くすりと笑ったオーウェンが私とノーランの頭を撫でる。
「ほら、お茶を持って行くから、みんなはノーランの部屋に行きなさい。パメラ、貴女も手伝って。」
「えー!私はハンクと一緒に居たい。」
オーウェンはパメラを諌めるように肩を叩いた。
「ほら、ハンクとみんなをもてなすんだろう?美味しい紅茶とお菓子でもてなそうじゃないか。」
「……分かったわよ。」
パメラは不貞腐れながらも、オーウェンの後をついていき、キッチンに向かう。
オーウェンは物腰の柔らかいお兄さん、ノーランはぼうっとした掴みどころのない次男坊、そして、ハンクに恋するおませな末っ子。この兄妹は随分と性格が異なる。
共通点といったら、三人とも青い瞳をしていることだろうか。
「ここ、俺の部屋。」
そんなことを考えていると、ノーランの部屋に着いてしまった。
部屋の中は、整理整頓がきちんとされている……いや、生活感がないといった方が適切かもしれない。ノーランの個性が感じられない部屋だった。
「おおー!ここがノーランの家か!で、何して遊ぶんだ?」
イーノクがいの一番に部屋に入り、部屋にある椅子に腰掛けた。
「オーウェンからトランプ借りた。」
ノーランはそれに続いて、部屋に入り、チェストの上に無造作に置かれたトランプを手にした。
「カードゲームね、最近やってないわね。」
「スペードとかやる?チーム戦で。」
そう言ってはしゃぐハンクは年相応のあどけない表情を見せた。
「おお!そうしようぜ!」
イーノクの一言で、特に部屋を探索することもなく、ノーランが持っているトランプでゲームを始まった。
最近、チーム戦となると、何故かいつも私とノーラン、ハンクとイーノクになる。
ノーランは観察眼に優れており、こういった頭脳戦のゲームはハンクより強い。フィジカルなゲームはイーノクとノーランがいつも良い勝負になる。
「あー!また、負けた!おい、ハンク!なんとかして、ノーランとミアをボコボコにしてやろうぜ!」
「二人はこういうの得意そうだもんなあ。」
イーノク達はあっさり負けて、イーノクは駄々を捏ね始めた。ハンクはイーノクの様子に慣れているようで、適当にあしらっている。
「別のやる?確か、オーウェンの部屋にボードゲームがあったと思う。」
イーノクの様子を見て、ノーランが抑揚のない声で提案する。
「ボードゲーム?どんな?」
「モノポリー。」
「じゃあ、それやろうぜ!今度こそ勝ってやる!」
イーノクの返事にノーランは頷き、オーウェンの部屋にボードゲームを取りに行こうと、扉に手を掛けると、ノーランが扉を開ける前に、扉が開いた。
「みんな、遅くなってすまない。パメラとみんなのためにドーナツを作ったんだ。もちろん、ノーランも準備手伝ってくれたんだ。」
「私はハンクのために作ったのよ!」
パメラの主張にハンクは少し困ったように微笑んだ。
「ありがとう、パメラ。」
オーウェンとパメラが香ばしい匂いと共に、部屋にやってきた。
「オーウェンとパメラもお菓子作りをするのね。」
私はドーナツを手に取り、オーウェンにそう尋ねる。
最初にノーラン達とクッキー作りをした時のノーラン達の反応を見ると、お菓子作りはそんなにポピュラーでないと感じたのだが。
「私達の家でお菓子作りが流行り始めたのはノーランの影響かな。この前、ノーランに教えてもらったんだよ。確か、この前、貴女達と作ったんだってね?ノーランが珍しくはしゃいで私に教えてくれたんだ。」
「……オーウェン、変な言い方しないでよ。」
オーウェンの言葉に、ノーランが拗ねたように言う。こんなノーランを見るのは初めてだ。家族にはこんな一面も見せているのか。
私はどんどんノーランのゲームの世界では見られなかった一面を知り、思わず笑みが溢れてしまう。
「ふふふ、ノーラン。お菓子作りにハマったのね?」
「……まあ、物を作るのが楽しくて。美味しいし……」
私が揶揄うように言うと、ノーランは少しばつが悪いのか、こちらを見ずに、そう答えた。
「楽しいわよね、お菓子作り。また、しましょうね?」
「……うん。」
私が手を取り、ノーランの顔を覗き込んで尋ねると、ノーランは一拍置いた後、頷いた。
俯いていた時には見えなかったが、心なしか頬が赤くなっているような気がした。
私がノーランの反応を楽しんでいると、パメラのはしゃいだ声が聞こえた。
「ね、ね!ハンク、美味しい?」
「うん、美味しいよ、ありがとう。」
「ふふーん!愛情たっぷり込めたからね!」
ハンクの反応を見たパメラは勝ち誇ったように私を見る。ハンクは苦笑いしてこちらを見た。
「パメラはハンクが大好きなのね。」
私はパメラからのライバル心を少しでも和らげるべく、話を振る。
すると、パメラは私の方を睨んだ。
「当たり前よ!ハンクは私の王子様だもの!」
「旦那さんから王子様になったぞ。」
パメラの言葉にイーノクが横槍を入れる。
パメラはそんなイーノクの言葉を無視し、捲し立てる。
「ハンクと私を割くことは誰にだってできないんだから!貴女の入る余地はないの!いい!?」
パメラは凄み、勢いよく私の方に身体を乗り出した。
「こら、パメラ。ごめんね、ミア。パメラの言うことは気にしなくて良いから。」
オーウェンはパメラを諌める。
「大丈夫……パメラ、私はハンクとは友達なの。あなたがハンクへ想っている感情とは違うから安心して。取ったりしないわ。せっかくだから、パメラとも仲良くなりたいわ。」
自分は無害だと言うことをアピールし、パメラの方へ手を差し伸べる。
しかし、パメラは握手に応じず、そっぽを向いてしまう。
「そんなこと言って、知っているんだからね!本で読んだもの!悪女っていうのは、最初、自分は好きじゃないですアピールして、いつの間にか、ヒロインからヒーローを掠め取るんだから!」
十歳くらいの少女がどんな本を読んでいるんだ。最近の子は成熟しているのか。
「そんなことないわ……」
困った私はノーランの方をちらりと見る。
ノーランはぼうっと私とパメラのやりとりを眺めている。
私は先程のノーランの反応を思い出し、少し悪戯心で思いついたアイデアを試すことにした。
「私、ハンクもイーノクもノーランもみんな大好きよ。でも、一番を選ぶとしたら……ノーランだもの。」
私はノーランの腕を掴み、自分の方に寄せる。
「…………え。」
ノーランの先程よりも赤く染まった頬を見て、予想外の反応に、私も思わず顔が赤くなる。
今の言葉に嘘はないけど、やり過ぎたかもしれない。
「えええ!そうなの!ミアの王子様はノーランだったのね!」
私が何か言う前に、パメラははしゃいだように言い、こちらに駆け寄る。
「私達、好きな人がいる同士、仲良くなれそう!ミア、これから仲良くしてね!」
この中で一番を選ぶとしたら、と友愛的な意味で言ったつもりが、パメラの脳内では、恋愛的な意味で断定されてしまったようだ。
これは……とんでもないことを言ってしまったかもしれない。
コミュ障の私は冗談や茶化すこと、場を盛り上げること全般に慣れていない。
「なあ、モノポリーするんだろ?ドーナツ食べたら、みんなでやろうぜ。オーウェンとパメラも一緒にさ。」
この気恥ずかしい空気を破ったのは、意外にもイーノクだった。イーノクはこの話が好きではないのか、どこか退屈そうにしている。
「モノポリーがしたいのか。ドーナツ食べ終わったら、持ってくるよ。」
オーウェンもこの空気を察したのか、イーノクの言葉に応える。
イーノクの言葉で、パメラの恋愛トークは終わり、私は安堵した。
その後は、特に恋愛トークをパメラに蒸し返されることもなく、みんなでボードゲームをやった。
ボードゲームはノーラン、パメラ、オーウェンの兄妹が生き残り、終わりを迎えた。
帰り際、パメラは、ハンクに抱きついた後、私に向かって、今度二人でお話ししましょ、と言われてしまった。私は微妙な笑みを浮かべて、軽く頷いた。
「なあ、イーノク。どうした?」
帰り道、ミアと別れた後、ハンクはイーノクにそう尋ねた。
「……何が?」
「途中から様子変だっただろ。」
「……別に、普通だよ。」
ハンクはイーノクが途中から不機嫌、ではなく、落ち込んでいることに気がついていた。
ノーラン達は気がついていないようだったが、ハンクは気がついていた。
「……もしかして、お前もミアが好きなのか?」
「違う!何でもかんでも恋愛に繋げんなよな。パメラの影響か?てか、『お前も』って……」
「そうなのか。じゃあ、何でお前……」
「疲れただけだ!俺、もう夕飯の時間だから!母さんに怒られるし、先帰るわ!」
イーノクは誤魔化すようにそう言って、走り出す。ハンクはこれ以上、追及できず、イーノクの遠くなる背中を見つめることしかできなかった。
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