2話
数日後、熱が下がった私は、学校に登校できるほどに回復した。
剣サバの世界に来てから三人のキャラクターの視点から見た景色は一瞬で、あまりよく分からなかったが、ここは剣サバの世界なのだと実感する。
実際、ゲームでは映っていなかった景色だが、どこか剣サバの世界観や雰囲気が感じられる。
田舎の村だからか、あまり代わり映えはしないが、それでもゲームのスポットライトから外れた場所。少し不思議な感じがする。
学校に着くまでの間、私はそんなことを考えながら、歩いて行った。
学校に着き、ミアに教えてもらった通りに教室に辿り着くと、そこには魔王がいた。
覚悟はしていたが、好きなキャラクターに会うのはやはり緊張する。私は自身の心臓が高鳴るのを感じた。
魔王は独りでぽつりとその場に佇んでいた。
他のクラスメイトは魔王から離れたところで、談笑をしている。
もうこの時から孤立していたのか。
私はそんなクラスの様子を傍目に、自分の席に着いた。
「……?」
ふと、魔王と視線が交わった。
どこか不思議そうな表情をしている。
私は何か変な行動をしただろうか?
そういえば、朝もミアの両親が私の言動を見て、驚いていたな。
まだ、熱があるんじゃないか、とか困惑した表情をしていたのを思い出す。
流石に以前のように短期間ではなく、一定の時間を過ごすと自然とボロが出てしまうのだろう。
多少の違和感は拭えないとしても、私はミアの身体を借りている身なのだから、あまりミアとかけ離れた行動は控えなければ……
そう思った私は、周りの反応を窺いながら、無難な振る舞いを意識した。
そうこうしているうちに、午前の授業が終わる。
驚いたのは給食の時間だ。
魔王の給食だけ誰が見ても特別な給食だった。
手の込み具合も食材も何もかもが特別だった。
魔王はただ独り、その豪華な給食を口にする。
周りも好奇の視線を向ける。
広い食堂で、魔王の周りには誰も寄り付かない。
「…………っ!」
ふと、ある記憶がフラッシュバックする。
耐えられなくなった私は、魔王の向かいの席に座る。ガシャンとトレーと皿の音がやけに響いた。
魔王は首を少しばかり傾げ、また不思議そうにこちらを見た。
「……何よ、アタシが目の前にいると不満なわけ?」
「…………そういうわけじゃないけど。」
そう言うと、魔王は自分の給食を少しずつ食べ始めた。
思わずこちらに来てしまったけれど、……会話のネタが思いつかない。
「や、休みの日とか何しているのよ?」
初対面の人と話す時、私はいつも趣味か休みの日の過ごし方くらいしか聞けない。元々、私は社交的ではないのだ。
ゲームの世界に居ても、ミアの身体を借りても、それは変わらなかった。
「……何をしているんだろう。」
空虚な瞳で魔王はぽつりと呟いた。そこには何の感情も映っていなかった。
……そうか、この子は何もないのか。
村に良いように利用されて、意志を持たせないようにされているから。
「今日、クッキー作らない?」
「え?」
「クッキーよ、クッキー。甘いお菓子。あるでしょう?」
私は思わず突拍子もなく、そんな提案をしてしまった。
剣サバには、少しばかり回復効果のあるクッキーで回復をさせていた記憶がある。
だから、クッキー作りも普通だと思ったのだが……
目の前にいる魔王はきょとんとしている。
「俺と君が?」
「そうよ、何か変かしら?」
「……変と言えば変だ。君は何かと顔を合わせれば、バトルに挑んできたから。今日はまだ挑んできていない。」
ミアは普段、そんなことをしていたのか。
原作のミアを見る限り、勝てた試しはないのだろう。
「たまには、そういうのもいいでしょ!どっちが美味しいクッキーを作るか勝負するの!いつものバトルはまた今度!」
このくらいなら、魔王も周りもバトルの延長戦だと思うだろう。
「……そう、わかった。」
魔王は感情の起伏がないまま、それに了承した。本当はどう思っているのかわからない。
魔王の反応に、私が次の言葉を言えずにいると、入り口の方から誰かの声が聞こえた。
「はあ!やっと飯だ、飯!ん?なんだか、騒がしいな。どうしたんだ?」
「こら、イーノク。走るなよ!」
「仕方ないだろう?魔法具の片付けを先生に手伝わされて、飯食う時間が少ないんだからさあ。」
あれは……魔王のかつての友人達だ。
数少ない友人だが、この二人は単なる友人ではない。魔王を悲劇のキャラクターにするためのスパイス。
ハンクは誰にでも優しい、大人びた少年だ。
中性的な顔で、眉目秀麗、文武両道、そんな言葉が似合う非の打ち所がない少年。
イーノクと呼ばれたやんちゃな少年は、表面上は魔王と仲良くしているが、魔王をよく思っていない。ハンクが仲良くしているから仲良くしているようなものだ。
確か、十代前半、三人は(表面だけかもしれないが)仲良く、放課後は毎日のように三人で遊んでいた。
しかし、ある日、探検で洞窟に行った時、三人は呪詛を呼び起こした。呪詛から魔王を庇ったハンクは呪い殺されてしまう。
魔王も破滅能力の発端となる呪いにかけられてしまう。
もしかして、この前の私は呪詛を呼び起こして、死んでしまったのかもしれない。
大切な親友を失ったイーノクは、魔王を憎むようになる。
そして、青年になったイーノクは魔王を嫌う村人達を焚き付けて、魔王の家を襲撃する。
魔王の家族が犠牲となり、魔王は破滅能力を目覚めさせ、イーノクは怒った魔王の手により、傀儡にさせられる。
この三人の少年には、そんな未来が待っているのだ。
「うわ、ノーラン。お前、また美味そうなもの食ってんじゃねえか。俺にも寄越せよ。」
「こら!それはノーランの食べ物だぞ。」
「良いんだよ、ハンク。」
三人はがやがやと騒ぐ。
魔王の本名はノーランだったのか。
剣サバでは魔王と呼ばれ続けていたから、本名は最後まで明かされなかった。
なぜか、好きなキャラクターの新情報を知って感銘を受けるのではなく、腑に落ちるような感じがした。
ふと、イーノクとハンクは私の方を見る。
「お前、いつもノーランに喧嘩売っているヤンキー女じゃん。また、喧嘩か?」
「イーノク!ごめん、ミア。こいつ口が悪くて。」
「こいつも口悪いだろ!」
黙っとけ、とハンクが肘で小突く。
私は普段のミアのキャラクターを意識しながら、気にせず話を続ける。
「いつものバトルは飽きたから、趣向を変えることにしたの。今日のバトルはお菓子作り対決よ!」
私がそう言うと、二人もぽかんとした表情をする。
やはり、お菓子作りは突拍子もない提案だったのだろうか。
「……そうなんだ。お菓子作り、いいね。僕達も参加しても良い?」
一拍置いて、我に返ったハンクがそう尋ねてくる。固い笑みを浮かべたハンクは私が何か仕掛けているかもしれないと、少し警戒しているのが分かった。
ハンクは優しさからか、参加したいとだけ述べて自然に様子を伺おうとしたのだろう。
しかし、前世の記憶を持つ私は精神年齢が高いため、ハンクの警戒心は見てとれた。
「別に構わないわ。たまには、他の人も交えて戦いたいもの。」
周りに違和感を持たせないよう、あくまで、これはバトルの延長戦ということを強調した。
「変なやつ。ノーランとも一緒に飯食べているしさ。いつもは、バトル仕掛けるか、離れた場所で、ネチネチ言っているくせに。」
「イーノク!」
ミアは幼少期、魔王に対して、そんな感じだったのか。
私は慌てて反撃をする。
「私は将来、立派な淑女になると決めたの。だから、陰口なんかもうしないわ!」
数少ないミアのイメージの中で、ミアが比較的言いそうな言葉をチョイスしているつもりなのだが、三人の反応を見る限り、ズレているようだ。
「……そうか、それは……何より、だね?」
ハンクが困惑した表情を浮かべながらも肯定してくれる。
「こら、イーノク、ハンク、ミア!早く食べなさい!」
気まずい雰囲気が流れていると、先生に私達は注意された。
私達は席に着き、慌てて給食を食べる。
ちらりと、魔王の顔を見る。
「……ノーラン、か。」
思わず、ぽつりと声を漏らしてしまった。
今まで魔王としか呼んでいなかったので、ノーランという名前を知ったことに感動を覚えたのだ。
「……なに?」
こちらに視線をよこして、ノーランが返事をする。
「あー、いや……アタシってアンタのこと名前で呼んだことなかったなーって。」
我ながら苦しい言い訳だ。
「……そういえば、そうだね。」
魔王、いや、ノーランは苦笑いをしたような気がした。
その表情に胸が痛くなった。
ゲームが始まる前も、ノーランはノーランとして生きていなかったのかもしれない。
ノーランの反応を見て、私はそう感じた。
幼少期は『神の子』として、破滅能力に目覚めた後は、あらゆるものを滅ぼしてしまう『魔王』として。
目の前にいる『ノーラン』という青年を見ているのは、この学校には、ハンクとイーノクしか居なかったのかもしれない。
ノーランはただ与えられた役割を全うするため、二人がいない間は、ただそこに漂うように存在しているのだ。
そんなの、あんまりだ。
放課後、ノーラン達は約束通り、私の家に遊びに来てくれた。
事前に、ミアの母親に確認したところ、友達がいたことに驚かれ、快諾してくれた。
「よし、手を洗ったわね!さあ、作るわよ!」
私は薄力粉を片手にして、三人に声をかける。
三人は少し困惑しながらも、おー、と返事をしてくれた。
直接フラグを折ることが駄目なら、キャラクターと少しずつ接点を持つのよ!
仲良し大作戦、開始だ!
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