20話
この話はフィクションです。
残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
描写されている行為を助長するものではございません。
オーウェンに再会し、私達はそのまま、今はパメラの工房になっている場所へワープした。
突然、オーウェンと私がテレポートしてきたので、パメラは驚き、その衝撃で椅子から盛大に落ち、しばらく動けずにいた。
そして、オーウェンからパメラにも“私”の存在を伝えられる。
パメラにもオーウェンと同じことを尋ねられる。
エマでもない、ミアでもない、あなたは何者なの、と。
私はパメラから教えてもらった鍵の開け方を真似して、扉を開け、本棚の部屋に辿り着いた。
この時までは、パメラは、まだミアの魂がエマの身体に入っていることを疑っていた。
しかし、鍵を開けたことで、本当にミアの時の記憶があるのだという証拠になったようで、そのまま私の動きに従った。
そして、鍵付きの本を取り出し、正しいダイヤルを回して開いた。
オーウェンもパメラもノーランも、この家の所有者であるみんなが知らないのも当然だ。
この本……いやこのノートは私のものだから。
私の話を少しさせてほしい。
まずは、私がどうして簡単にもこんなに何度も自分を犠牲にするようなことをしていたのか。
命を失うかもしれないと分かっていながら、行動していたか。
それは、簡単だ。
……一度やったことは、軽視される。どうしようもない恐怖は摩耗する。
現実世界で、私は命を自ら絶っていた。
生まれた時からしつけの厳しい親の下で育ち、全ては親によって決められ、自分の意志など何もなかった。
決められたレールに従って、生きていくこと。
それは、進学まではうまくいった。
でも、親の手を離れ、学業以外のパーソナリティやスキルを重視される就職活動では、自分の意志のない私は選ばれなかった。
なんとか自分を作り、選ばれるように努力した。
それでも選ばれなかった。
18年間、親によって敷かれたレールを何の意志も持たずに進んだ私はいらない存在だった。
家では操り人形、あらゆる企業に選ばれず、不合格通知の日々。
理解される友人どころか、そもそも親のふるいにかけられた友人だ。
心を開いて、悩みを打ち明けるような関係性の友人などいなかった。
自分の人生が上手くいかないことを、どこか親のせいにしたい自分がいた。
でも、こんな風になったのは全て自己責任。
自分の人生を自分らしく歩むには自分の意志で動く必要があった。
親が決めた選択肢を結局は自分で選択したのだから。
もう、こんな世界には居たくないと思った。だから、“あんなこと”をしたのだ。
オーウェンは魂をあるべき場所にと言ったが、私にはもうあるべき場所は物理的にも心理的にもないと分かっていた。
そして、辿り着いたこの世界は「私が作った世界」だった。
現実世界の人生に見切りをつける前、自分の意志や、やりたいことを模索していた頃。
私は、親の目から隠れるように“鍵付きのノート”に自分の空想の世界を描いた。
そして、見様見真似でそのノートのシナリオをベースにしたフリーゲームを作った。
主人公は人格者であり、人気者。私自身が憧れた理想像を勇者にした。
自分を慕う異性も、信頼できる仲間も、全てを手に入れ、人生を生き生きと過ごしている存在。
でも、私はこの主人公、ケイシーを好きになれなかった。
あまりにも自分とかけ離れすぎていて……
悪役の魔王は、まさに現実世界の自分をベースに作った。
村に利用されるがままの意志のない操り人形。
理不尽に疎まれて、利用されるだけされて、自爆するような存在。
自分をベースにしたからか、魔王、ノーランには、同族嫌悪するよりも、妙に愛着が湧いた。
そして、同時に哀れんだ。申し訳なく思った。
自分がこんなに苦しんでいるというのに、どうして自分が嫌だと思う、辛いと思う状況を強いられてしまうキャラクターを作ってしまったのだろうか。
だから、この世界に来た時に、“やり直したい”と思った。
でも、来たばかりの頃は、まだ状況が飲み込めず、どうせ私なんて、と命を軽視した。
それに、まだこの世界の人間は“私が作った空想のキャラクター”だと思っていた。
あとから、かつて自分が作ったキャラクターの身体を借りて生きていくことで、命の重さ、生きることの大切さを実感し、より、作者としての責任感が増した。
今度こそ、勇者達だけではなく、悪役達も幸せになるハッピーエンドの世界を目指そうと思った。
それが出来るのは、作者である私しかいないと思ったから。
でも、この世界にいるうちに、知らないうちに、苦しい思いをさせていた人達が他にもいたことに気が付いた。オーウェン、パメラ、イーノク、ハンク、そしてミア。
かつては、脇役や端役として作った存在だった。
ミア達と出会い、どんどん幸せにしたい人達が増えていった。
一方で、だからといって、勇者達を不幸にすることはしてはいけないと思った。
勇者側と魔王側の立場の狭間で私は動けずにいた。
そして、結局、私は自分で決められず、どっちつかずのまま今日までを過ごしてきた。
この状況を変えたのは、私ではなかった。
魂をあるべき場所に帰す方法なんて、私は知らなかった。
……結局、作者なのに柔軟性がなく、自分が作ったシナリオ通りにしか進めなかった。
今まで誰かに憑依した時に起こった原作通りにしろ、と言わんばかりの妨害。
あれは、無意識に作者として私自ら起こしていたことだった。
花の香りと共にした“声”の主が誰かも今では想像がついている。
あれは、もう一人の自分だ。作者としての自分。
私が幼いころから心の奥底に閉じ込め、育てていかなかった本能的な意志であるなら、あの声は今まで自らルールに縛って生きてきた今まで通りの私。
決められたレールを走ることを是と考えている私だ。
花の匂いに覚えがあるのは、あの人工的な酩酊感のある香り。母親の香水の香りに似ているからだ。
『一度決めたら、最後までやり通せっていつも親に言われていたでしょう?』
嘲笑うように自分自身の声が脳裏に響いた。そう、これは自己暗示に近いものがある。
結局、この一連の事件の本当の意味での黒幕は自分自身なのだ。
「……そんなことない!」
私のどうしようもない自分語りにパメラはそう返す。
「確かに理不尽な目に遭わせたのは、原作者としてのあなたなのかもしれない。でも私は、私達と触れ合って、仲良くなっていった。私達をあなたなりの形で大切にしてくれた。そんなに簡単に嫌いになったりできない。そんなに簡単に割り切れない!私達は、またあの頃に戻りたい。正体を隠さず、家族みんなで、友達みんなで遊べるようなそんな日々に戻りたい!それは、あなただって同じはず。」
パメラはぽろぽろと涙を流しながら、訴えるように、そう言った。
『ただ、この状況を変えてほしい。変えられないと思っているのは、アンタ自身がアンタ自身の能力を制限しているだけ。ここが、アンタの空想の世界なら、アンタはいくらだって自由にこの世界を変えられるはず!アンタがどうしたいかを明確にすれば、全ては変えられる!』
パメラの悲痛な声以外にも誰かの声がした。
オーウェンとパメラもその声の存在に気が付いた。
私達は周囲を見回したが、私達以外に誰もいない。
そして、三人ともその声に聞き覚えがあった。
……ミアの声だ。
私が突然、聞こえるはずのないミアの声に呆けてしまい、手にしていたノートを落としてしまう。
そして、オーウェンは、その落とした私のノートを拾い、パラパラとページをめくる。
「……私はこの15年間、どうやってミアの魂をミアの身体に戻すか、模索していた。でも、このノートには、そんな術はどこにも載っていない。これは、この世界のベースとなったシナリオなのだろう?『魂を手にし、依り代に移す』というのは、この世界に来たあなたの“自由意志”が作り出したものなんじゃないかい。」
聞こえるはずのないミアの声、私の都合よくできた呪術。
これが私の自由意志が起こした出来事なの?
『過去は変えられなくても、未来は変えられる。今のアンタなら、きっとできる!このシナリオをハッピーエンドにしてよ。“レイラ”』
ミアの声が秘密基地に響き渡る。
ミアだけは知っていた。私が忘れていた時も、ただミアの身体を乗っ取り、生活していた時も。
ミアは私が作者であり、私がシナリオを変える術を持ち、その方法も知っていた。
そして、私の本当の名前も。
だから、出会ったばかりの頃、幸せにして、と約束をしてきたのだ。
私はその場に座り込み、私よりも私を信じてくれたミアの想いに胸から感情がこみ上げ、その場で泣き出してしまった。
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