19話
※ネオ視点です。
魔王の側近と呼ばれる男により、退散せざるをえなくなったネオたちは宿に戻り、各々無言で自分の客室に戻った。宿につく頃には、エマも自力で歩けるようになり、ふらふらとした足取りで客室に入るのを確認した。
もっとも、彼女の魔力を一時的に吸収し、疲弊させたのは、側近の男ではなく、私なのだから。
側近の男は積極的に攻撃してこない。それでも、ケイシーとジルは戦闘を望んだ。
最近のエマは少し変だったが、ケイシーへの思慕は変わっておらず、ヒーリングをされて、側近の男が潰れたら困ると思い、側近の男と私でエマの無力化を図った。
そう、私は魔王側の人間である。実の弟を魔王というのも忌まわしい。
『ネオ』という“偽名”を使い、パーティに入ったのは、ノーラン達の命を守るためだ。
虎穴に入らずんば虎子を得ずというのをどこかで言った通り、魔王と呼ばれる弟を守るためには、魔王退治のパーティに入り、内部からコントロールするのが一番だと思った。
私は15年前、十九歳で既に成長期を終えていた。
だから、こうして仮面を被り、体格をごまかすローブを被り、村人の目をごまかしてきた。
『オーウェン』という名前はもう使うことはほとんどなくなっていた。
両親を早くに失い、感情表現が乏しくなった弟、両親がいないことでまだ気持ちに整理がつかず、突然泣きじゃくることもある妹。
子供に先立たれた遠出も厳しいほど年を重ねた祖父母。私が家族を支えねばと思った。
でも、それはできなかった。
祖父母の家に向かう際、少し目を離していた時に開花したノーランの超常的な治癒能力。
そして、その代償を知っていた私はノーランにその能力をむやみやたらに使わないよう警告した。
でも、村の人にノーランの能力を見られて、利用されるようになった。
村独特のコミュニティやルール、小さな村でノーランの能力が広まるのはあっという間だった。
私達が何をしたのだというのだろうか。
ノーランは村の為なら、それで家族が村に居続けることができるのであればと、まだ十二歳の少年は進んで治癒能力を使い、村に貢献した。
家族は望んでいなかったが、それでノーランは村中で特別扱いをされ、はじめ、ノーランに友人と呼べる人はそういなかった。
それでも、少し経った頃、3人の友人を連れて、遊ぶことになったと聞いた時は嬉しかった。
ようやく、普通の日常が始まると思った。
でも、神様がいるのなら、本当に残酷だ。
いつしか、私が知っている治癒能力の代償を村は懸念しはじめ、廃城に私たち家族を追いやろうとした。祖父母の体調は心労からかどんどん悪くなる一方だった。
ノーランが一番心を開いていた少女は治癒能力の代償をもろに受け、ボロボロになり、魂が抜けて、目覚めることはないと診断を受けた。
すぐにノーランは少女の両親に謝りに行った。
少女の家族はノーランの能力が暴走するかもしれないという状態だったのに、理解を示してくれた。
ノーランも少女の家族も泣きはらした顔で、どこか心ここにあらずといった表情が今でも印象に残っている。
そして、私から提案した。少女、ミアの魂を必ず戻して元気な姿に戻すと。
両親の死でも気丈に振舞っていた弟は、大切な友人を傷つけ、憔悴しきっていた。
魂がない状態でも、少女とノーランを離すのは、弟がさらに心を閉ざす原因になると思った。
大切な娘を傷つけた上に、なんてわがままな願いだったことだろう。
それでも、少女の家族はノーランの傍に置き、魂を探すチャンスを許してくれた。
ノーランはその後、村の強い望みにより廃城に独り住むことを決めた。
家族は来なくてよいと、そう言った。何度も家族で説得を試みたが、ノーランの意志が変わることはなかった。
祖父母はパメラと村から少し離れた町に移り住み、二人が生まれ育った村から初めて離れ、しばらくして、馴染みのない街で最期を迎えた。
私は魂を探す術、それを依り代に戻す術を研究し続けた。
そして、村から『オーウェン』と『パメラ』の存在を消した。
一定の期間、村から私達の存在を消し、姿を変えて、ノーランを守ることにした。
私は少女の家族と交わした約束を果たすため、研究を続け、パメラはノーランの友人であるハンクとイーノクと協力して、城に物資を送った。
ハンクとイーノクが城に移り住むと言い出した時は驚いた。
特にイーノクは村の権力者の息子なのに、勘当覚悟で名乗りをあげた。
いくら、ミアの身体が傍にいるとはいえ、ほとんど孤独に暮らしていたノーランのことを考えると、二人の提案はありがたかった。本当は兄である私が移り住むべきだろう。
でも、二人して城に移り住めば、少女の魂を探すことはできないと思い、やむを得ず、様々な場所を放浪せざるをえなかった。
私が魂を捕まえた後、依り代に戻す方法を見つけた時、ケイシー達が魔王討伐のために人員募集をしはじめた。
私はネオという僧侶として、パーティに所属しながら、少女の魂を探した。
少女の魂はどこかに意図せず、依り代を見つけ、そこに棲んでいる可能性が高いという見解に至った。
だから、人間や動物、植物に異変がないかずっと観察を行っていた。
異変を感じたのは、魔王退治の鍛錬を始めたころだった。
勇者であるケイシーを慕っていたヒーラーのエマの反応がおかしくなった。
パーティ結成当初は、ケイシーの役に立つため、たくさんサポートをして、魔王を倒すぞと意気込んでいたのに、いつしか魔王退治に乗り気じゃなさそうになった。
これから殺生するということを少女は気が付いたのだろうか?
はじめはそう思ったりもしたが、人格自体も少し変わった気がしていた。
一番エマの傍にいたケイシーも異変には気が付いていたようだったが、エマを疑うようなことをしたくないのだろう。何も言及しなかった。
そして、ミアの魂が乗り移っているかもと思ったのは、今日の出来事。
ハンクと私でエマを昏倒状態にさせた時、エマはうなされながら「ノーラン」と何度も呟いた。
蝋人形祭の時に、パメラからもエマが自分の正体に気が付いているかもと相談を受けた時から、気にかけていたが、それは確信に変わりつつあった。
……エマの身体にミアの魂が乗り移っている!
この説が本当であれば、ノーラン達に早くこのことを伝えなければ。
私は長年ずっと探していたものをようやく見つけられたかもしれないという高揚感に襲われた。
ミアの魂を元の身体に戻し、ノーランに笑顔が戻り、ミアを家族のもとに帰す。
ノーランがこれ以上罪悪感に苛まれることはない。
破滅能力が15年もの間、暴走していないからと村を説得することもできるかもしれない。
今まで、私達家族を縛っていた鎖にようやく綻びが生まれた、そんな感覚に陥った。
私はケイシー達に気が付かれないように、エマの客室にそっと魔法を使って、エマにしか読めないメッセージを送った。
『エマ、あなたのことについて聞きたいことがある。あなたの秘密を私は気がついたかもしれない。天体観測の約束を知っているかい?もし、そうであれば、今夜、私の部屋に来てほしい。』
天体観測の約束は、ノーランがミアとハンク、イーノクと約束した他愛ものない遊びの約束だ。家族ぐるみで、日時も決めて、ノーラン達はそれを楽しみにしていた。
『天体観測の約束』はちょっとした合言葉のつもりで送った。
これで、エマがくればいい。私の仮説があっていてもあっていなくても、エマの状況を知ることがこの燻ぶった状況を変える第一歩だと感じた。
そして、日が落ち、窓から光が見えなくなったころ、小さくノック音が響いた。
「……エマです。」
声の主は待ち望んでいた少女のものだった。
扉を開けると、俯き、表情が見えないエマが立っていた。
入ってと促すと、エマは、小さく頷き、私の客室に入る。
客室に入ったのを確認し、盗み聞きされないように客室を遮断する魔法をかける。
そして、私は仮面を外し、ローブを脱いで見せた。
「……この顔に見覚えはあるかい?」
エマは小さく頷く。そして、困惑したような表情をする。
気のせいか、その表情はどこか諦めの色を浮かべている気がした。
少女は肩を竦めて答える。
「……もうエマじゃないって、気づいているのでしょう?……オーウェン。」
エマ、いや、目の前にいる少女は自分が想像していた通りの魂が宿っていることを確信し、思わず、身震いしてしまう。
「本当にミアなのかい?魂を確認しても?」
「……魂を確認する?」
今までどこか緊張感を伴っていた少女は、きょとんとした表情を浮かべた。
少女は魂を確認するという行為を知らないようだった。
それもそのはずだ。
私も十年以上、この方法を知るのに時間がかかった。
自分は、魂を確認し、それを依り代やあるべき場所に移すことが出来ると伝えると少女は驚き、そして安堵した表情を浮かべた。
「……これでエマもミアも元に戻ることができるのね。」
“ミアも”という言葉に違和感を覚えたが、少女は早く確認して、その方法を実行してほしいと促した。
私は言われるがままに、少女の額に手を翳し、呪文を唱える。
「これは……?」
私が見えたのは、ミア、エマ、そして、“もう1人の女性の魂”だった。
思わず、私はすぐに手を少女の額から離してしまう。
手を離したせいで、その知らない女性の魂のビジョンは見えなくなった。
そして、急に目の前にいる少女が異質なものに感じるようになった。
「……あなたは何者なんだい?」
目の前にいる少女は何かを覚悟したように、ひとつ深呼吸をして、ゆっくり答え始めた。
「……“私”はミアでもエマでもないわ。だから、早くあの子達を元の身体で生活できるようにしてあげて……私にはもうあるべき場所はないから魂だけどこかにやって。」
「私が会っていたミアも“あなた”なのかい?」
そう尋ねると、目の前の少女、いや、女性はゆっくりと頷いた。
「……パメラに教えてもらった秘密基地。あそこはまだ残っている?」
顔を窓の方に向け、外を見ながら、女性はそう尋ねる。
思わぬ展開に私は驚きつつも、まだあると答えると、女性はよかった、と返した。
「あそこに鍵付きの本があるでしょう。あの時は忘れていたけど、思い出したの。その本を読みながら、私の話をしましょう。」
私の予想をはるかに上回る展開に動揺する。
そんな私を女性はどこか申し訳なさそうな表情をして、私のことを見つめていた。
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