18話
私は意識空間には行くことなく、この世界に来て初めての夢を見た。
その夢は私の願望が詰まった夢だった。
平穏な村、誰かを村八分になどしない村。
そこでは、大人になったノーランやミア、ハンクとイーノクがいる。
たまに仕事の合間を縫って、ミアが働いているバーで談笑をするのだ。
日中、外に出ると、ケイシーやエマ、ジルとクラウスが鍛錬に励み、時には村人が困っているのを助けている。
ミアでもエマでもない、もちろん、私の無謀な行動で失ってしまったリアやローガン、リリアーナでもない。“私”として、この世界に居る。
そんな夢。
ノーランが笑顔でいる。みんな笑顔でいられる。
今の私が描いた理想の世界。
『でも、そんなシナリオ、つまらないじゃない?』
あの声で私は夢から目が覚める。
気が付くとクラウスが私をおぶっていた。
「目が覚めたか。」
目が覚めたと同時に、私が少し動いたからだろう。
クラウスがそう声かけた。
「ここは……ドゥーム地域?」
「ああ、結論から言うと、俺達はあの側近に歯が立たなかった。側近を倒そうとしたケイシーとジルは正当防衛と言われて、満身創痍の状態にされた。それでも、側近は余裕そうな表情をしていたから、手を抜いて、躱すことがほとんどだった。あの側近は攻撃しなければ、攻撃してこなかった。俺とネオは軽傷どころか、ほぼ無傷だ。戦っている間は、ネオがエマを見ていた。そして、その側近は眠っているエマと介抱しているネオに近づきもしなかったし、危害を与える気はないのだと感じた。」
クラウスは淡々と事実を説明する。
「……ほだされるなよ、クラウス。それじゃあ、魔王の思うツボだろう。」
荒い息をしながら、ジルがクラウスを睨みつける。
クラウスは何かを考えているようで返事はしなかった。
クラウスもネオも個人的な恨みがないからか、側近の態度を見て、評価を改めるべきか考えているようだった。
私も魔王の一件は誤解も大いにあると思う。
少しでも、その誤解が解ければ良い。私はクラウスに抱えられながら、そう願った。
【※ハンク視点です。】
ハンクは、勇者達が森の外を抜け出したことを確認し、魔王の城と呼ばれている城に戻る。
15年前は廃城だったが、人が住めば、改善されるものだ。もっとも、広い城を住めるように綺麗にするのには、相当な時間と労力がかかったのだが……
いつも城内にいるので、忘れてしまうが、たまに外に出ると時間の経過を感じる。
そして、ノーランが魔王と呼ばれて15年、ついに勇者達が城に来ようとした。
今まで、村はノーランを魔王と呼んで、何もしなかったのだが、ついに魔王退治ときたかと思った。
ここ数年で村に魔獣が出始めたのが大方の原因だと思われる。
側近としての俺がやることは敵を撒くことだけ。
側近というのは、肩書だけで、俺、そしてイーノクがノーランを放っておけず、自らの意志でついていった。
ノーランの祖父母はノーランを魔王扱いされたことで心労が溜まり、すぐに亡くなってしまった。
毎日、村人から罵詈雑言を浴びせられるオーウェンとパメラは一旦村から離れ、少し経ってから戻るということを話し合って決めた。
ミアの家族は魔王の被害者として、村では哀れまれているが、ミアの家族はそれを望んでいなかった。あの事件があった後でも、なお、ノーランを恨まず、時には物資調達や情報共有の協力を今でもしてくれている。
俺はノーランの自室がある厚く重い扉を強めにノックする。
しばらくすると、隣にある小さな窓からノーランがどうした、と声が聞こえる。
「ついに今日勇者達がここに来ようとしたよ。」
「そうか……すまない、ハンク。手間をかけたな。」
扉どころか会話や物資を置くために後付けした小さな窓もノーランは開けようとしない。
ノーランは今でも破滅能力の暴走を恐れ、城の自室に閉じこもっている。
あの事件の日、物凄い振動と爆発したような音が聞こえた。
明け方になって、破壊音がした場所に街から来た消防団と一緒に様子を見に駆け付けに行くと、マリシャス洞窟は潰れ、一帯が焼け野原のようになっていた。
そこにぽつんと放心状態になっている少年と少年の服らしきもの敷かれたうえで眠るように見える少女がいた。
それがノーランとミアだった。ついに、村が恐れていた破滅能力が開花した日だった。
すぐに、ミアは街から来たヒーラーに治療してもらった。
しかし、外傷は治せても、目を覚ますことは難しいと診断を受けた。
なぜなら、ミアの身体は生きているが、魂の存在が感じられないからだと言われた。あの衝撃で魂が離散したのか、どこかで依り代を見つけて、魂は残っているかもしれないが、それを探すのは難しいという見解で終わってしまった。
このまま安全な場所にいれば、ミアの身体は成長していく。でも、魂が戻らない限り、目は覚まさない。
ノーラン一家はミアの家族にお願いした。
これはノーランが招いた出来事だから、責任をもって、ミアの魂を探し、必ず元気なミアをご家族のみなさんのもとにお返しします、と。
ミアの家族は、はじめは困惑していたが、真剣なノーラン達に根負けし、了承してくれた。
だから、ミアはここに居る。閉じ込められ、毒に侵された悲劇のプリンセスのように、この城で15年間眠り続けている。
ミアを失ってからのノーランの憔悴ぶりは見てられなかった。
僕とイーノクは家族を説得し、僕は理解を得られたものの、イーノクは勘当同然で、この城に側近として、ノーランの傍にいることにした。
「勇者達が来たんだって?」
ダイニングに向かうと、果物を頬張りながら、椅子に座ったイーノクが尋ねてくる。
「ああ。オーウェンから聞いた通りのメンバーだったよ。うち、二人は魔王に相当な恨みを持っているって感じだったね。」
ふーん、とイーノクは関心があるのかないのか、空返事をしてくる。
「魔獣は俺達一切関与してないよな。絶対、村の誰かが魔王の肩書を利用して悪さをしているんだろ。」
「僕もそう彼らには言ったんだけどね。聞き入れてもらえなかったよ。」
だろうな、とイーノクは嘲笑する。
「……ミアの魂はどこにあるんだろうな。」
ぽつりとイーノクは呟く。
僕も早く見つかってほしいと祈るばかりだった。
ノーランに光を与えてくれたのは、紛れもなく彼女なのだ。
僕はノーランの自室がある方面を見る。
ノーランの自室の隣には、破滅能力が及ばないようオーウェンが敷いた結界魔法の中にいるミアが眠っている。ノーランは自室内に連絡通路を作り、毎日のように彼女に会っている。
僕達は別の扉から入り、たまに様子を伺っている。
ミアは二十八歳になった。15年間伸ばし続けた髪は、まるで、童話に出てくるような幽閉されたプリンセスのようだった。ノーラン曰く、女性の髪を許可なく切ることはしたくないとのことだった。
僕はノーランから渡されたリボンを貰う。事件の時にミアが握っていたリボンだ。
大事なものだから、髪に結んであげてほしいとノーランに頼まれた。
破滅能力が発動しない限り、ノーランでもこの結界を壊さず、ミアに触れることができる。
それでもしないのは、ノーランの中であの事件がトラウマになっているからだろう。
自分が触れてしまうとガラスのように壊れてしまう気がする、と城に来たばかりの頃、ノーランが悲痛そうな声にもらした。
僕はすっかり長くなり、重くなったミアの髪を持ち、結ぶ。
「早く目覚めて、ノーランが待っているよ。もちろん、僕達もね。」
僕は、ミアの髪を結び終わるとそう言って、軽く頭を撫でて、その部屋を後にした。
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