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17話

エマとしての立場、ケイシーの想い、ケイシーとジルの魔王に対する憎悪。

私は、魔王であるノーランの肩を持つどころか、ノーランに敵意のない人間として、情報収集すらできない。

エマの立場だと、魔王は悪という前提で動いているため、どうしても偏った情報しか入手できていないような気さえしていた。


そんな葛藤だけで時間は過ぎていき、ついには一定のレベル上げが終わり、魔獣も減ってきたということで魔王の城に挑んでみようという局面に至ってしまった。


「……」


ケイシーはこちらを一瞥し、踵を返し、剣の用意など魔王退治の準備をしはじめた。

エマとして最善の行動をとっているつもりだが、やはり魔王退治に積極的に動いていないのが伝わってしまったのか、徐々に、ケイシーと私の間には心の距離ができてしまっているような気がする。私は自室で魔術書などをナップサックのような鞄に入れ、準備を進めることにした。


意識空間で慕っている人と第三者の介入によって、ぎこちなくなっているこの状況に、エマは理不尽な悲しみに満ちた表情をしていた。

ミアも身体がどこにあるのか、どう戻るのか分からない不安があるのだろう。積極的に昔ほど話さないこともあり、意識空間は常に緊張感が走っていた。

最近は、二人のそんな様子を見るのが辛くて、眠れずにいる。


私はこの世界で出会った人々を幸せにしたかった。

でも、今は何一つできていやしなかった。

ここでも、私は無能なのか……と無力な自分にひどく落ち込んでしまう。


私は何か足しになればと、ゲームの設定を紙に書こうとする。

そして、あの存在を思い出したのだ。

あれを見れば、原作の裏設定も謎の声の動きも分かるかもしれない。

でも、あれをどうやって手に入れよう?


そんなことを考えていると、小さなノック音が聞こえた。


「エマ、もう眠っているか?」


ケイシーの声だ。

私はまだ起きています、と返す。

私が扉に近づき、扉を開けようとすると、開けなくて良いと返事があり、思わず、私はドアノブを触ったまま、その場に留まってしまう。


「エマ、君は最初に出会ったあの日から、俺を慕って、ついてきてくれた。君は義理堅く、優しい子だからな。でも、もし魔王退治が君の本望じゃなければいかなくてもよい。」


ケイシーは言葉ではエマを慮ってくれているが、言葉の節々にケイシーの本望ではないことを言っていることが私でも伝わっていた。

「私が居なければ、誰がみなさんを癒すというのですか?」


「ネオは治癒能力もある程度持っているし、様々な術を知っているから、君が心配することはない。」


私のせいで、エマをお払い箱にしてしまった……?

私が二の句が継げずにいると、ケイシーは少し焦ったように補足する。


「君が不要だと言いたいわけではない。今まで、俺達は君が居てくれたことで、とても助かった。でも、仲間であれば、同じ志を持って向かうべきだと思うし、何か思うところがあるのであれば、行かないという選択肢もあるということを告げたかっただけだ。このチームを解散するという訳ではない。君には何か迷いがあるように感じたから、そういう選択肢もあると教えたかったんだ。本意じゃないクエストに挑んで、万が一、君が傷つくことがあると思うと……」


ケイシーは本当に良い人だ。チームのリーダーとしても、メンバーひとりひとりをちゃんと見ている。それは、エマと恋仲に近い関係だからじゃない。ジルやクラウス、ネオもケイシーを信頼しているのはよく分かった。

だから、私はこれ以上、嘘はつけなかった。


「……ケイシーが思っている通り、私はこの魔王退治に少し疑問を感じている部分はあります。でも、私はこのパーティの一員として、ケイシーやみなさんのお役に立ちたい。それに、私は、ケイシー達の仲間で、味方でありたいと思っています。」


エマのケイシーを裏切らないでください、と懇願した意味がよく分かる。

ケイシーはエマが望むのであれば、この関係を絶とうとするだろう。ケイシーは自分の想いより他者の想いを大切にしたいのだ。


「みなさんの足を引っ張ってしまうかもしれない。それでも、明日のクエストは私も予定通りお供させてください。」


「……エマがそう望むなら、分かった。明日、頑張ろう。」


扉越しだが、口ぶりからケイシーは少し雰囲気が柔和なものになった気がした。


ケイシーがおやすみ、と言って、私もおやすみなさい、と返す。

ケイシーが私の客室から離れていく足音を聞く。

私は頬を軽く、叩く。今は、私はエマなのだ。

パーティのヒーラーとしての役目を全うしなければ。


そう思いながらも、私は寝付けず、ベッドに横になり、目を閉じて朝が来るのを待った。


私はあの森で2回死んだ。

1回目は、ここの状況もちゃんと理解できていなかった時に、無謀にも森に入り、リリアーナとして死んだ。

2回目は、危険と知りながらも、声に導かれ、ノーランとマリシャス洞窟で命からがら逃げて、ノーランの破滅能力を発動させてしまって、ミアとして死んだ。


私は、ちゃんと今度はエマとして森からちゃんと帰れるだろうか?

原作では、エマをはじめ、勇者達は森で危険な目にあいながらも、無事に城に辿り着き、魔王を倒すのだ。


……もし、森を無事に抜けて、城につくことが出来たら、私はノーランが痛めつけられるのを見ていられるだろうか?


その日の朝を迎えるのは、すごく長いようで短い不思議な時間感覚だった。

どうあがこうが、明けない日はない。


「ここに来て、もう1か月だ。魔獣はだいぶ倒していなくなった。この村に来る前も鍛錬も怠らず、ずっとチーム一丸になってきた。今こそ、魔王に挑むときだと思う。」


ケイシーが気合を入れるために、一言述べる。

私達は頷く。

ふと、ケイシーと目が合った。ケイシーはどこか寂しそうな何か言いたそうな表情をしたが、士気を下げると思ったのだろうか、安心させるように笑ってみせた。私も笑みで返す。


「行こう!」


ストレイ森に近づくにつれ、私の鼓動が早くなるのを感じた。

この森に近づいて2回も死んだことがあるのだ。悪い印象しかない。


森に入ると、物凄い瘴気が周りを包む。

魔獣を倒しながら、城に向かう。

その途中、私はかつて訪れたマリシャス洞窟に訪れた。

正確に言えば、マリシャス洞窟の跡地だ。マリシャス洞窟の周辺は、まるで山火事でもあったのかと思うくらい、木々もなく、ひらけた土地になっていた。


「……君達が噂の勇者様達かい。」


どこからか、騎士のような風貌をした男がこちらに立っていた。

男は原作では見たことない男だったが、私はすぐわかった。

……ハンクだ。

魔王の側近として、ここに来たのだろうか?

原作とは違って、生き延びて、大人になっている。私はそれに安心してしまう。

成長したハンクは中性的で色白で、どこか異次元の人のようだった。


「この瘴気は君がやっているのか?」


ケイシーがそう尋ねると、ハンクは頷いてみせる。


「僕達は君達に危害を与える気はない。もちろん、魔王も同じことを思っている。」


「どの口が言うんだ!!!」


冷静なハンクと反して、敵とみなしたハンクを凄み、剣を持ち直し、攻撃態勢に入るケイシー。それに倣い、他のメンバーも戦闘態勢に入る。


「君達はきっと誤解している。」


防御するためだろうか、ハンクは瘴気を増し、あたりの視界を悪くさせる。


「僕はこれ以上、魔王を傷つけてほしくない。だから、ここに来た。手荒な真似をするつもりはないよ。」


「……じゃあ、さっきから聞こえているこの獣の唸り声はなにかな……?」


乾いた笑いを浮かべながら、ジルがそう尋ねる。


「魔獣は僕達がコントロールしているものじゃない。視界が悪い中、魔獣もいたら、君達は危険だ。早々に退散することを進めるよ。出口に向けて、瘴気は薄くしてあるから。」


ハンクはすっと私達の背後を指さす、ちらりと来た道である後ろを振り向くと、確かに瘴気は薄くなっており、視界は比較的クリアになっている。


「……これ以上、僕達に関わらないでくれ。僕達は村の望み通りにしている。」


ノーラン達と過ごしていたから分かる。きっと、村の強い意向で、ノーランは城に追いやられた。幸い、ハンク、もしかしたらイーノクも傍にいるようだ。

原作通りの独りぼっちになっていなさそうで、私は少し安堵する。


「そうもいかないよ。特に俺とケイシーは酷い目にあっている。家族が犠牲になっているんだ。君は見たところ、魔王の側近だろ?魔王の手下の言い分なんて誰が信じると思う?」


ケイシーはハンクの言葉を聞いて、静観していたが、ジルの言葉に姉の死を思い出したのだろう。剣を握る力を強めた。


ハンクは瘴気をさらに強くする。目が痛くなる。


「正当防衛だ。僕は争いが嫌いなんだ。」


急にハンクの気配が消えた。

そして、気が付けば、ハンクは私の隣に立っていた。

小さく、私に聞こえるようにごめんね、と呟いて、私の額に手をトン、と当てる。

私はすぐに急激な眠りに襲われ、その場に倒れてしまう。


「おい、エマに何をした!?」


「僕は手をくださない。しばらくの間、深い眠りについてもらっただけだよ。ここで、彼女のように意識を奪って、魔獣のえさにさせることもできる。僕は“極力”平和的に解決したいんだ。」


「くそ……うおおお!」


ケイシーとジルはハンクに襲い掛かる。ハンクはそれを避ける。

ダメ……ケイシー、お願い。ハンクに酷いことをしないで。

意識が薄れていく中、私はそう心から願った。

ふと、肩を抱かれた。


「今日はダメだな。二人とも感情的になっている。大丈夫、エマが眠ってしまっている時は、私がなんとかするよ。」


ネオが優しくそう言った。


「だから、おやすみ。」


気のせいだろうか、ネオがそう言った瞬間、眠気が増した気がした。


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