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16話

「エマ!一人でどこに行っていたんだ!」


宿に戻ると、ケイシーが血相を変えて、こちらに来た。

こっそり何事もなく、帰るつもりがバレてしまい、心配をかけてしまったようだ。

後ろにはジル、クラウス、ネオもいる。みんなで村中を探そうとする寸前だったようだ。


「ごめんなさい……村を知るために少し散歩をしていたんです……」


私がそう言うと、ケイシーは私を抱きしめた。


「君を束縛する気はない。ただ、この村は危険だ。一人では出歩かないようにしてくれ。」


ケイシーの真剣なお願いに私はただ頷くしかなかった。


「村のことはみんなで情報収集していこう。先程、フロントマンに聞いたら、今日は蠟人形祭りという祭りがあるそうだ。情報収集も兼ねて、みんなでそこに行こう。」


ケイシーは私の頭を撫でる。ことあるごとにケイシーは私の頭を撫でる。

第三者だから分かるのだろうか。きっと、この二人は両思いなのだろう。

私が自分の思うままに動けば、二人の仲を傷つけてしまうかもしれない。


自分の想いとエマの想い、ミアとの約束……様々な想いで私の心はぐちゃぐちゃだった。

出口のないトンネルを走っている。そんな感覚に陥ってしまった。


自分が始めたことなのに、どうしてこんなに行き詰っているのだろうか。


魔物退治に出ているときも、どうしても心ここにあらずになってしまったのだろう。

ケイシーだけではなく、ジルやクラウス、ネオからも心配の声をかけられた。


魔物退治が終わるころ、人出が多くなってきた。蠟人形祭りの影響だろうか。

私達も蠟人形祭りの会場に向かうことにした。


会場について、しばらくすると、ネオが消えていた。

私がネオの所在をみんなに尋ねると、いつものことだと返された。

ネオの不在は特段騒ぎにはならないようだった。


「俺とクラウスはあっちの方、見てくるわー。」


「集団行動するんじゃなかったのか?」


少し歩いてから、分かれ道に辿り着いた時、ジルがクラウスの肩を抱き、そんなことを言い始めた。

クラウスの質問に対しては、ジルはいいから、と言って、半ば強引に二手に分かれることになった。

きっと、気を遣われたのだろう。ジルにも、この二人の想いはお見通しのようだった。


「エマ、離れるといけないから。」


そういって、ケイシーは自然に私の手を繋ぐ。

もはや、これはデート以外の何物でもないだろう。

この瞬間だけでも、エマに意識を交代させることはできないだろうか。

内心、そんなことを思いながら、私はケイシーと展示物を見ていた。


「どれも精巧に作られているな。今にも動きそうだ。」


ケイシーがそんなことを言う。


「そうですね、本当の人間と間違えちゃいそうです。」


そんな他愛もない話をし続けていると、私はふいに肩を叩かれ、声をかけられた。

私はその声の主に固まる。

パメラだ。

どうやら、パメラの屋台のところに来ていたらしい。


「来てくれたのね!」


少し不審そうにパメラを見たケイシーに気付いた私はパメラに会釈をして、すぐにケイシーに説明をした。


「朝、散歩していた時にこの方の工房に辿り着いて、親切に蠟人形について教えてくださったんです。」


「……そうだったのか。はじめまして。」


私の答えに、ケイシーの雰囲気はすぐにいつもの柔和なものに変わり、パメラとあいさつを交わす。


「彼氏さん?」


パメラはにやりとした表情で尋ねる。15年経った今でも、恋バナが好きなのは変わらないらしい。


「……いえ、“まだ”違います。」


“まだ”と言ったぞ、もうこれは確実にケイシーとエマは恋人ルートに入っているだろう。

そんなことを考えていると、次にケイシーが発した言葉に思わず固まった。


「俺達は魔王を退治しに来た者です。」


パメラが一瞬表情を固まらせたのを見逃さなかった。

でも、すぐにパメラは平静を取り戻した。


「……あなたがたが勇者様御一行なのですね!これは存じ上げず……」


パメラは深く頭を下げた。

パメラは“村人として正解の態度”をとった。

村に住む大半の人々は魔王を退治しに来たと言えば、喜ぶだろう。

よくぞ来てくれたと歓迎するだろう。

パメラもそれを装ってみせたのだ。


「滞在はいつまでですか?写真を撮らせていただけますか?いつかお二人の蠟人形も作らせていただければ……もちろん、私からの依頼なので代金はいただきません。」


「俺達はそんな大層なものではないですよ。でも、蠟人形にしていただく機会は滅多にないので、少し興味がありますね。」


私は二人の他愛のない会話をただ黙って聞いている。

パメラはどんな気持ちで私達と会話をしているのだろう。


「……エマ、どうした?」


しばらく押し黙っていた私に違和感を覚えたケイシーが声を掛けた。


「あまりに蠟人形が精巧で、ついつい魅入ってしまっていたんです。」


とてもパメラの表情は見られず、パメラが作った蠟人形を眺めている素振りをしていた。

俯く素振りをみせなくてよかった。こうやって、また誤魔化せたのだから……


その後、何言か会話を交わして、パメラの屋台を後にした。

パメラの顔は最後まで見られなかった。


また少し歩くと、物販店に辿り着いた。オーダーメイドの蠟人形は高価商品として取り扱われ、その他に蠟人形風の食品などお土産が並んでいた。


「エマ」


ケイシーに呼ばれ、振り向くと、ルビー色の石がはめ込まれたクローバーのヘアピンを翳した。そして、ケイシーは微笑んだ。


「うん、やっぱり君に似合っている。」


ケイシーはそのまま売り主に代金を渡し、ヘアピンを購入した。


「この前、君からピアスを貰ったから、そのお礼。」


ケイシーの耳にはケイシーの瞳と同じ、紫の色をした石がはめ込まれたピアスがついていた。そうだ、これはエマからの贈り物だった。

そして、今、ケイシーがくれたヘアピンはエマの瞳と同じ色の石がはめ込まれている。


「……ありがとうございます。大切にします。」


エマだったら天にも昇る幸せな気持ちに満ち溢れるだろう。

先程のパメラの一瞬の表情なんて忘れるほど。


私はちゃんとエマを演じ切れているだろうか。

今、私はちゃんと笑えているだろうか。


傍から見たら、想い合う二人の甘いシチュエーションかもしれない。

でも、私はそのシチュエーションに浸れなかった。

ただ、ケイシーがエマに乗り移った私の存在に気付きませんように、それだけを考えていた。



【※パメラ視点です。】


祭りが終わり、後片付けを終えたパメラは、まるで自分が蠟人形にでもなったかのような気分になっていた。疲労困憊の身体を引きずり、なんとか工房に帰ってきた。


一刻も早くベッドに入って眠りたいが、汗だくだからシャワーも浴びたい。

ただ、鉛のように重くなった身体はベッドにもシャワールームにも行くことができず、目の前にあった椅子に座り、深いため息をついた。


ここ数年、祭りの日に自分の作品を出すようになってから、ただこの催しを楽しむことはできず、いつも疲労困憊になって帰ってくる。

もちろん、緊張だけではなく、自分の作品を褒めてくれたり、感動している人々を目にすると嬉しくなることもあるのだが。


それでも、今年はダメージが大きかった。兄のオーウェンから事前に聞いていたが、ついに勇者一行に会ってしまった。しかも、向こうは堂々と魔王を退治します、と宣言してきた。


魔王とは、もう一人の兄、ノーランのことだ。

なんで、こんなことになってしまったのか分からない。

それでも、今、ノーランはあの城に魔王として棲み、私達はノーランと血縁関係にあるのを隠して生活している。


だから、勇者に会った時もさぞ嬉しそうな反応を返さなくてはならなかった。

仲の良かった兄を退治するという人間を歓迎する妹がどこにいるというのか。

でも、この村では魔王は悪で、それを退治しようとする勇者は善なのだ。


私はどうにか平静を装わねばと、蠟人形作成用にと写真撮影をお願いしてしまった。

彼らが悪人ではないのはわかるが、兄を殺すかもしれない人間の写真など持っていたくなかった。


私はエプロンのポケットに入っていた、すっかりぐしゃぐしゃになってしまった写真を取り出し、ゴミ箱に捨てようとする。

そして、捨てる前にふとその写真を見てしまう。

本日、2回も会った少女に思わず目がいってしまう。


今、思えば、少女の反応は変だった。

自分は魔王退治をするんだと誇りを持ち、意気込む少年とは対照的に、少女は私に自分は魔王退治をする人間であることを隠し、あくまで観光客を装うことをした。


殺生をするかもしれないという躊躇いから来るのだろうか?

それとも、私が魔王の血縁だと気が付いた?魔王を退治するため、身辺調査をしたのだろうか?


いや、それはない。オーウェンがあの事件から15年間、私を守るために、私とノーランの関係を隠すため行動していた。

今や、私とノーランの関係を知る者はごく一部になっているはずだ。

私は、一度、村を離れ、成長期は別のところで過ごし、魔法で髪と瞳の色を変え、見た目を変えてから、この村に戻ってきたのだ。

ノーランを恐れて、出ていく村人も多かった。昔からいる人間は、一部を除いて、ノーランを魔王に仕立て上げた連中しか残っていない。


ただ、気になるのは、少女と出会ったとき、『パメラ』と口が動いた気がしたのだ。

声には出ていなかったが、何かを呟こうとして、寸でのところで止まった感じがしたのだ。


でも、いくら蠟人形師として、私の存在をなにがしかの情報で仕入れていたとしても、パメラと呼ぶのは、ありえない。


なぜなら、私は『ミラ』という偽名を使って、この村で蠟人形師をやっているのだ。

十代くらいの少女が私の本名を知っているはずがない。

……きっと、祭りで緊張していたから、疲れているのだろう。

それでも、なぜだか、その少女のことが気になって仕方がなかった。


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