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13話

次に目を覚ました時には、ミアといつも話している意識空間だった。

でも、いつもいる少女、ミアはいない。


代わりに、虹色の花に象られた蓄音機がぽつりとそこにある。

誰も動かしていないのに、ぜんまい仕掛けの蓄音機はゆっくりと動き出す。

そして、くすくすと花の香りと共に感じた声の主が笑うのを感じた。


「あなたは誰?ミアはどこにいったの……?」


『性急ねえ。ミアがどうなったか、あなたは分かっているんじゃない?』


のんびりとした口調で女の声が私の問いに答える。

ここは現実の空間ではないはずなのに、冷や汗が額を伝うのを感じる気がした。


……ミアは死んだ?


ひやりと背筋が凍る思いがした。認めたくない現実がそこまで迫っている。

死がこれほどまでに重く、恐ろしいと感じたのは初めてだった。

大切な誰かにもう二度と会えなくなるという空虚感。そんな体験をするのも初めてだった。


「こんな風にしたのは、あなたなの?あなたが計画したことなの?」


私がそう尋ねると、声は大声で笑った。


『まるで被害者みたいに言うのね。ノーランもあなたも自分の意志でマリシャス洞窟に行ったのよ。かつて、あなたが過ごしてきた人生でもあったでしょう?どうしようもなくて、神に縋りたくなるようなこと。全てを手放して楽になりたい、って思うときに私の声は特に通じやすくなるの。』


私の心境を知ってか知らずか、蓄音機の声は淡々と喋り続ける。


『いくらあなたがゲームの登場人物じゃないからって、ずいぶんオリジナルのストーリーからかけ離れたことをするじゃない?』


私は何も返答をせず、ただ声を聞き続ける。


『わざわざ完成されているシナリオを壊す必要なんてある?これが、あなたが望んだことなの?もう元の世界に戻ったら?』


「……私には戻る場所なんてない。」


私は不思議とそう言い切れた。

そう、私には戻る場所なんてない。それは腹の底から理解している。

私がそう返すと、声は押し黙った。しばらくして、呆れたようにため息を吐く。


『……あなたは、“また”、死を繰り返すのね。』


ざわっと、全身が戦慄するのを感じる。

剣サバの世界に来てから、私は三度、いや今回で四度目になるかもしれない死を繰り返している。

……私はどうしてこんなに簡単に命を絶てるのだろう?

これがゲームの世界だから?それとも……


『……まあ、いいわ。あなたが大好きな、剣と魔法のサバイバルクエストの世界だものね。ここはあなたにとって、箱庭のような場所。さて、今度はどの役割を演じるの?そして、あなたはどう生きていくの?』


強い花の香りとともに、私は強制的に意識空間からはじき出されてしまった。



どれくらい眠っていただろうか。

次に目が覚めた時は、慣れ親しんできていた身体とは違う身体になっていたことに気が付いた。それに胸が張り裂けそうになる。

左腕には当然、ノーランの破滅能力の跡もない。


気持ちが追い付かない。このゲームの世界に来てから、四度目の人生は私にとってかけがえないものであった。


もちろん、他の3人のキャラクターの人生を軽視しているわけではない。

私本来の人生よりもミアの身体を借りて過ごした人生は楽しかった。

だから、ミアの願いも叶えたかった。あのまま、幸せになりたかった。


足取りは重く、私はベッドからゆっくりと起き、姿見を探す。

とりあえず、今の状況を把握しないと……

切り替えられない気持ちは置き去りのまま、どこか冷静な自分がいた。


周りを見渡すと、ここは自室というよりは客室のようだった。

旅行鞄のような大きめの鞄と最低限の家具。小物などは置いてなかった。

生活感のなさが、どこかノーランの部屋を思い出してしまい、胸がズキズキする。


姿見はなかったが、木製のテーブルに小さな置き鏡が置いてあった。

私はその鏡を覗き込み、驚き、その拍子で椅子を盛大に倒してしまう。


「……エマだ……」


エマ、それは『剣と魔法のサバイバルクエスト』の主人公である勇者のパーティに属しているヒーラーの少女だった。


私が状況を受け入れられずにいると、扉がノックされた。


「エマ、起きたのか?すごい音がしたが、大丈夫か?入っていいか?」


男性の声がする。これはもしかして……


「は、はい!どうぞ……」


私はエマの口調を思い出しながら、返事をする。

返答を聞いた男性は扉を開く。


綺麗なブロンドヘア。人格者でこの世界の人気者。文武両道、才色兼備という完璧な青年。

『剣と魔法のサバイバルクエスト』の主人公である勇者、ケイシーがそこには立っていた。


「体調は大丈夫なのか?」


「ええ……ありがとうございます。おかげでだいぶ良くなりました。私はどれほど眠っていたのでしょうか……?今日は何日でしょうか?」


ケイシーとエマの容姿はゲーム開始時と同じ姿だった。

そして、ケイシーから返ってきた回答で確信した。

……あのマリシャス洞窟の事件から15年もの年月が経っている!


「エマ、移動もあって疲れたのだろう。顔色がまだよくない。今日も一日休んだ方が良い。ノーラン城に行く前に俺達はもう少しこの村全体について情報収集しようと思う。エマ、キミは休みに専念してくれ。」


ノーラン城……ということは、ノーランは結局、あの廃城に移り住んでしまったのか。

私が困惑していると、ケイシーは私もといエマの頭を撫でた。


「心配するな。そうだ、さっきフロントマンから村の情報誌をもらったんだ。情報誌といっても、村の紹介パンフレットみたいなものだ。もし、目が覚めてしまったなら、時間つぶしにでも読むといい。」


エマは気弱で控えめな性格の十五歳の少女だ。ケイシーより3つ下で兄妹のような関係だったはず。大方、エマが足を引っ張っているとか、何か不安そうにしていたと感じて、励まそうとしたのだろう。


情報誌を渡したのも、全く知らない村で、とりあえず療養しろと言っても、一人で何もしないで居続けるのは不安になるかもしれないと気を紛らわすことも必要だと感じて渡したのだろう。ケイシーはそういう配慮をする人間だった。


長居をするのもなんだから、とケイシーは早めに客室を後にした。

私は新しい環境に頭がパンクしそうになり、情報誌を手に握りしめながら、ベッドに横になる。


とりあえず、情報誌を読んで、15年後の今、この村がどうなっているか把握しなきゃ。

そう思いながら、急な情報量にオーバーフローしてしまったのか、再び眠りについてしまった。


「アンタ、よくこの状況で寝られるわね。」


意識空間に入ると、また信じられない状況が起こった。

ミアがいるのだ。それも、十二歳の姿ではなく、ゲーム開始時の二十八歳の姿で仁王立ちしていた。


「ミア……?」


これは夢なのだろうか?

いや、最初からこの状況自体が夢のような状況なのだが。


「人を幽霊みたいに扱っているんじゃないわよ……まあ、今はそんな風に思われても仕方ないんだけど。」


ミアは私の頭を軽く叩く。


「……ミアは生きているの?」


私がそう尋ねると、ミアは少し困惑したような表情を浮かべた。


「……多分ね。アンタと同調しすぎて、アタシもこの15年間の記憶ないし。気が付いたら、アンタと一緒に別の女の身体に憑依しているし。でも、見た目も成長しているし、何より直感で分かるの。まだ、アタシの身体は死んでいない。」


私は感極まって、ミアに抱き着いた。

もう二度と会えないと思った。

約束も果たせないと思った。


「アンタが頑張っていたのは知っているし、アタシが思った以上に、アタシとの約束覚えてくれていたみたいだし……だから許す!」


「ありがとう、ミア。また、会えて嬉しい。」


こんな温かな涙……嬉し涙を浮かべるのはいつぶりだろう。もしかしたら、初めてかもしれない。


「アンタとの約束は残っているんだから、ちゃんと叶うように努力してよ?」


「もちろん。」


私がそう言うと、ミアは満足そうに頷いた。


「あ、あのう……お話し中、失礼します。未だに状況が読めないのですが、あなた達は誰ですか?私の身体はどうなってしまったのですか?」


おずおずとエマが声を上げる。

そうだ、ここはもうミアの意識空間ではない。エマの意識空間なのだ。

訳も分からず、身体を乗っ取られて、意識空間では知らない女たちが再会を喜んでいる謎の状況だ。


「アイツ、エマだっけ?アタシと違って、咄嗟に防衛魔法を敷いたみたいで、アンタの記憶や状況とか、諸々共有されていないみたいよ。もちろん、アンタの心の声も聞こえない。まずは、説明からしないとね。」


そうなのか、それであれば、なおさら理解不能な状況に陥っていることだろう。

私はエマにここはゲームの世界であるということは一旦、伏せて、私達の自己紹介と敵意がないことを説明した。


「魔王を救う……?でも、この村の諸悪の根源なのですよね?」


エマは混乱しながら、一つ一つ質問をする。


「この村では表面上、そうなっているかもしれないけれど、魔王と呼ばれている人は悪者じゃないわ。」


「それはあなた達が魔王の友人だからですか?」


「端的に言うとそうなるかな。」


ミアからアタシは違うけど、など横やりは入らなかった。

エマの混乱ぶりを見て、一旦静観しているようだった。


「私はいつ元に戻るのでしょうか?あなた達はいつあるべき場所に帰るのでしょうか?」


「それは……」


私にあるべき場所などあるのだろうか。

私がなんと返せばいいか分からず、答えあぐねていると、ミアがばっさりと回答した。


「時期が来たら返すわよ。アタシ達も意図的にアンタの身体に乗り移っているわけではないから。」


ミアは私を一瞥すると、意識空間の外が見える枠を見始めた。

エマは取り付く島もない素振りを見せられ、押し黙ってしまった。


……ミアは私の記憶も状況も心の中も共有されているといった。

ミアはどこまで知っているのだろう。


「全部。」


ミアは顔をこちらに向けることなく、そう答えた。

前は、一部とか言っていたのに。やはり、全部お見通しなのか。

そうか、それでも私についてきてくれるのか。


15年の眠りでようやく自分の状況を理解した。

ミアの身体に移っていた時には忘れていた、いや意識的に忘れようとしていたあの出来事。

私は泣きそうになるのを堪えて、決意する。


ノーランを幸せにすると決めて始めた人生も何度も繰り返し、ミアとの約束に繋がり、今度はエマの身体を借りることになった。


今度こそ、このゲームの世界のキャラクター達を幸せにする。

それが、この世界での、私の夢だ。


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