11話
ノーラン視点です。
俺は昔から感情を表現することが苦手だった。
写真を撮ると、両親やオーウェンからもっと笑えとよく言われたものだ。
でも、昔はもっと口数も多かった気がする。
気持ちが鈍磨したように感じるようになったのは、両親の死があった頃からだろう。
葬儀や手続きに追われ、悲しみに浸ることもできない祖父母とオーウェン。
両親にもう会えないという事実にただ泣きじゃくるパメラ。
ここで、俺は泣くべきじゃない。俺は子供で、祖父母やオーウェンの手伝いはできない。
せめて、みんなの負担がこれ以上増えないように大人しくしよう。そう決めた。
ただ、パメラのそばにいて、パメラを落ち着かせることに専念した。
両親の死から少し経って、ようやく物理的な整理が落ち着いた。
そのタイミングで、俺達はかつて住んでいた家を引き払い、祖父母の家に移り住むことになった。
祖父母の家に向かう際、移動休憩で、オーウェンが飲み物を買いに行った。俺達はジューススタンドの近くにある噴水広場で待っていた。
ぼうっとパメラが鳥と戯れているのを眺めていると、何かの拍子でパメラが盛大に転んだ。パメラも両膝からは血が出ており、パメラはそれにびっくりしたのか、大声で泣きじゃくった。俺は慌ててパメラに駆け寄った。
「お兄ちゃん、痛いよう。」
最近は、大人ぶりたいのかノーランと呼んでいたのに、よほど痛いのか、俺を兄と呼んで、痛みをなんとかしてほしいと懇願してくる。
噴水広場で人はそれなりに居る。何事かとその場に居る人々がこちらの様子を伺う。
早く、パメラを落ち着かせなければ。
俺は、両親が亡くなる前に学校で教えてもらった治癒魔法を使った。
もうすぐ、オーウェンが戻ってくる。少しでもパメラの気休めになればとパメラの膝に手を翳す。
すると、少年の声が聞こえて、すぐに馬の悲鳴、男の怒号、大きな物音が聞こえた。
何やら事故が起こったらしい。少し気になったけれど、ここを離れてはいけない。
それに、パメラの傷を治さなければ。
一瞬、事故と思われしき事象に気を取られたが、再び気を取り直して、治癒魔法をかける。
すると、学校の先生が実践してくれた時よりも大きな魔法陣が描かれ、パメラの傷は跡形もなく消えた。
……こんな効力あったか?
その違和感は正しかったようだ。多くの人々は事故に気を取られたが、俺の治癒魔法をたまたま見た村の人間がいた。それがイーノクとその家族だった。
オーウェンが戻り、一連の出来事を話すと、しばし考えたうえで、あまり治癒能力を使わないほうが良いかもしれないという返答をもらった。
オーウェンは勉強が好きだ。剣術、呪術、武術、あらゆるスキルを磨いている。
俺は自分の治癒能力に違和感を覚えたから、後で調べて分かったが、治癒能力は時に破滅能力に変わるケースがあると分かった。オーウェンは、それを知っていたから、むやみに使わないよう警告してきたのだろう。
しかし、オーウェンの言いつけは守れなかった。村がそうしてくれなかった。
噴水広場で俺の能力を見た人間は、新しく移り住んだ村の権力者だった。
この余所者はすごい、神の子だと称えられた。
権力者の息子、イーノクは新しく通い始めた学校で、俺の能力を言いふらした。
そうして、俺は村で必要な時に能力を使うことを自然と義務付けられた。
いつしか、周りは手のかからない次男坊、奇跡の子、完璧な子、そういった自分を求めていると感じるようになった。
そして、自分がどうしたいかとか、何がしたいかとか、そういった感情や思考は無意識に手放すようになった。
村の同世代の子たちには疎まれた。奇跡の子と称えられ、待遇も給食すら違う。
ハンクは比較的普通の接し方をしていたが、どこか距離を感じていた。イーノクは対抗心なのか分からないがよく絡んできた。この頃の二人は友人とは違うように思えた。
鍛錬をしようとか授業がどうとか、そういった話はあるが、プライベートな話は一切しない。だから、毎日のように二人とは昼食をともにし、勉強をし、鍛錬をしているが、俺は二人のことを何も知らなかった。
こんな冷めきった日常をいつまで続けるのだろうか……
世界はまるで鈍色のようで、じわじわと絶望を感じていた。
そう思っていた時に、現れたのがミアだった。
正確に言えば、ミアは越してきてすぐ、決闘だ、なんだとイーノクに似た、対抗心から来るものなのか分からないような絡み方をしてきた。その時は何とも思わなかった。
しかし、ミアはある日を境に、変わった。
最初は闘争心や嫉妬のようなもので近づいてくる人間だと思ったが、俺と向き合っているように感じるようになった。
そうして、気が付いた時にはミアだけではなく、ハンクやイーノクとも俺自身が思い描いていたような友人関係になった。
特にミアは自分を見てくれた。
自分がどうしたいのかを聞いてくれた。
俺が何が好きなのか、俺がどうしたいのか、俺自身に興味を持ってくれた。
そして、俺自身ももっとミアのことを知りたいと思った。
天体観測が楽しみだね、と言い合った後、俺はミアの言っていた『ゆびきりげんまん』の語源を調べてみたが、そんな語源はどこにもなかった。
ミアは約束を守る証だと言っていたが、ミアの発言は時々大人びているだけではなく、聞いたことのない語源を言ってくる。博識なのだろうか。
……正直、最初のミアはそんな風にはあまり見えなかったが。
平穏な日常が続いて、しばらくした頃、突然、イーノクからこの村から逃げろと言われた。
いや、予兆はあった。イーノクは隠し事が苦手なようで、俺に対する態度がおかしかったから、きっと何かあったのだろうとは思っていた。
イーノク曰く、俺の治癒能力の代償の可能性、破滅能力に変わるリスクに気が付いた村人がストレイ森という迷路のような森を抜けた先にある高台にぽつりとある廃城に俺達一家を移り住まわせようとしているということだった。
そして、治癒能力は使い続けたい村人達は、俺に村全体に治癒魔法の結界を限界まで張り、破滅能力に変わったら、廃城に閉じ込められるようにするとのことだった。
イーノクはきっと噴水広場で見た光景を村中に言いふらしたのを後悔しているのだろう。
イーノクの苦渋に満ちた表情から、イーノクの気持ちが手に取るように分かった。
そんなことを言われても、こんな子供では逃げる術などない。
家族はその噂をどこからか聞きつけ、村を出る算段をした。しかし、両親の死により、家を引き払ったばかりだ。親戚もおらず、すぐに村を出る力もお金も何もかもがなかった。
俺の望んでもいない能力のせいで、俺は家族を苦しめている。
俺は家族とミアとイーノク、ハンクで過ごすあたたかな日常を壊したくない。
俺はどうすればよいのだろう。
そんなことを思っていながら、ただ今のミアとイーノクとハンクの関係を壊したくなくて、変わらない日常を過ごしていた。
それでも不安は日に日に増大する。
そして、ある日、花の香りとともに、俺の脳内に女の声が響いた。
それは聞いたことのない声だったが、安心感をもたらす声だった。そして同時に、俺はその声に従わなければいけないという気持ちになった。
『村人の願いを尊重するべきか、あなたの願いを尊重するべきか、もう分かっているでしょう?ほら、ミアにも言われたじゃない。あなたがどうしたいかって。マリシャス洞窟に行ってみて。ストレイ森の中にある洞窟。そこに行けば、あなたの状況は大きく変わるわ。』
マリシャス洞窟。ただでさえ、危険とされている迷いの森、ストレイ森の中にある最も危険な場所。その洞窟に辿り着いた者は二度と帰ってくることができないという、いわくつきの場所で立ち入り禁止同然の場所。
しかし、ミアと約束した。
ストレイ森には行かないと。
『大丈夫よ。ミアだって受け入れるわ。あなたはこの状況を大きく変えたいのでしょう?』
これは天啓なのだろうか?
迷った末、俺はミアとの約束を反故にして、マリシャス洞窟へと向かうのだった。
せっかく掴んだ、何気なく、それでも温かい日常。
家にある本の中では、まるで当たり前のように綴られる他愛もない日常。
俺達一家が城に移り住めば、ミア達はストレイ森を潜り抜け、来るしかない。俺はきっと村を自由に歩かせてはもらえないだろうから。
今のミア達なら来るかもしれない。でも、来ないかもしれない。
そもそも、こんな悪い噂が立ち込める森など足を踏み入れるべきではない。
俺の家族も、ミアも、イーノクも、ハンクも、そして俺自身も!
だから、俺は一度だけ、大切なミアとの約束を破り、この森に踏み入ろう。
この他愛もない日常を守り切るには、どんなことだってする。
神だろうが、悪魔だろうが、何でも縋る!!!
俺は決意を固め、禁忌の洞窟へと向かうのだった。
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