10話
ミアになってから数か月。順調にノーラン達との仲も深まっていっていた。
ミアの身体をどうやって返すべきか、どうしてこの世界に私が来たのかなど、根本的な問題は未だ解決できていないが平穏な日々を過ごしていた。
天体観測はもう少し涼しくなってから、とみんなの家族にも了承を得たうえで、それを足元の楽しみにしていた。
しかし、そんな安穏の日々も束の間のことだった。
最初に異変を感じたのは、イーノクの反応だった。
ある時期をきっかけに、イーノクは沈んだ表情をするようになり、私達と話すときもどこかぎこちなくなった。
そして、村の人たちもノーランに好奇的かつ探るようなどこかいやらしさのある目で見るようになった。当のノーランは普段通りのように見えた。
イーノクの変化と村の変化は、ハンクも気が付いたようで、私達は状況を把握すべく、村人やクラスメイトにさりげなく情報を仕入れに行った。
そして、とんでもない計画が進んでいるという噂を入手することができた。
「奇跡の子は村の宝だ。丁重に扱うよう奇跡の子に城を与えよう。」
それは、一見、ノーランをもてなすような言葉に聞こえたが実態は違った。
畏怖されるノーラン一家は迷いの森とされるストレイ森を潜り抜け、少し高台のようになっているところにある廃城に移るようにすすめる計画が出てきているということだった。
ノーランの奇跡の治癒能力に裏がある可能性に気が付いたのだろう。
特殊な能力には裏があるというのは、この世界の常識だ。その能力の規模が大きければ、裏となる代償も大きくなる。
私もこの世界に来てから、文献を読んで探してみたところ、ゲームのシナリオでも記載があった通り、治癒能力は時に代償として破壊能力を引き出す恐れがあると複数の資料に記載があった。
村人の誰かがその実態に気が付き、ついに村のお偉いさん、つまりイーノクの家族が動いたのだろう。治癒能力はいつか使い果たせば、破滅の能力に変わる可能性が高いということ。
治癒能力がどれだけ使い果たせるか分からないからと、村人の危険が及ばないよう離れた場所に閉じ込め、村全体に治癒能力の結界を張る。
使い切ったら、城に軟禁させる。簡潔に言えば、ノーランの能力を使い切るだけ使うという大人の都合でノーランがいいように利用される計画が進んでいるのだ。
イーノクはきっと村長の家の子としての立場と友人としての立場に葛藤し、最近のおかしな言動になっていたのだと思う。
そして、ノーランはその状況を知っているはずなのに、何もしないで、淡々と変わらない日々を過ごしているのだ。
どうして?あなたは、どうしてそんなに平然としていられるの?
私とハンクはイーノクとノーランの様子と村の状況を把握し、どうすべきか頭を悩ませた。
私達は所詮、十二歳の子供なのだ。この小さな村で村の権力者が決めたことは絶対なのだ。
親にも誰にも言えぬまま、ただ時だけが過ぎていく。
ミアもこの件に関しては、どうしようもないと言った。ただ、ミアは同時にこう返した。
「この状況を変えられるとしたら、アンタじゃない?アンタはこの世界にとっては、イレギュラーな存在。本当は、こうやって登場人物としている人間じゃないでしょ?このシナリオを変えられるのは、アンタしかいない。」
大好きなゲームのプレイヤーだった私が、このゲームの世界を変えられる?
ノーランが破滅能力に目覚め、家族も友人も失い、村から悪者扱いされ、孤城に暮らす。まさにゲームのシナリオ通りに進んでいるのだ。
もしかしたら、このまま進めば、イーノクやハンク、パメラをはじめとしたノーランの家族まで危険にさらされるかもしれない。
イレギュラーな私の存在が居ても、結局はシナリオ通りに進んでしまう。
ノーランが魔王にされる。
私は一体どうすれば……
そうこうしているうちに、事態は一変した。
日曜日の昼下がり、パメラが血相を変えて、家に来た。そこには、複雑そうな表情を浮かべたイーノクと困惑した表情をしたハンクもいた。
「ノーランがいなくなったの!!!」
私達はそれぞれの家族も総動員させて、村中を捜索した。総動員といっても、ノーランの家族とハンクと私の家族、イーノクだけだ。村の人はノーランがいなくなったのに気が付いているのか、気が付いているのに知らない素振りをしているのか、いつも通りの日常が広がっていた。
大人達と村中を探してもいない。十二歳の子供だから、背が小さいからか見えないのか。
そして、一旦、私達はノーランの家に戻ってきた。
パメラは泣き出し、ハンクとオーウェンはそれをなだめ、イーノクは所在なさげに立ち尽くしている。
そして、大人達含め、ノーランは迷いの森で迷い、帰れなくなっているのではないかという見解に至った。
もちろん、迷いの森であるストレイ森には、大人たちが集団になって探した。
しかし、短時間で引き揚げたことから、二重遭難になると判断し、早々に帰ってきたことが推察された。
一般人が深く捜索するのは危険だ。でも、日曜だからか隣町の消防団の協力もなかなか仰げずにいる。本格的に山狩りをしないと見つけられないかもしれない、と大人達は言う。
あの時、ノーランには森に行かないでと言ったはず。でも、私も周りが言うようにノーランは迷いの森にいる気がする。
もうすぐ、日が沈んでしまうから子供たちはとりあえず家に帰そうと、私達はやむを得ず、解散することになった。
ミアの両親は、一旦、私を家に帰すと、明日の捜索の手伝いをしに行くから大人しくしていてね、と外出してしまった。
「ミア、結局私は何もできないみたいだよ……」
ぽつりと誰もいない空間で呟いた。
眠らなければ、ミアとは会話できない。ミアがどんな反応を示しているのかは意識を手放すことで初めて分かるのだ。
ここで迷いの森に行ってしまったら、かつてのように死んでしまうかもしれない。
私が死ぬのが怖いわけではない。ミアの家族を、ミア自身を知っているから、借りている身で死ぬリスクを分かっていながら無茶はできない。
ふと、私はむせ返るような花の匂いを感じる。
それは、最近ミアの父親が母親に贈った花だ。薔薇のような花で匂いはあるものの、こんなに頭がクラクラするほどの匂いではなかったはずだ。
『ミアの身体を守ることを優先するの?あなたはこの世界に何しに来たの?今度こそ、大好きな可哀想なノーランを助けるためにここに居るんでしょう?』
女の声が聞こえる。
私はその声を知っていたが、思い出せない。
『予定とはちょっと違う展開だけど、軌道修正するには、あなたの力が必要なの。早く森に行って。』
そんなことできない。来たばかりの時はノーランを助けたいと思っていた。今だって思っている。でも、ノーランだけじゃない、ミアもイーノクもハンクもパメラもみんな助けたいの。
「あなたは誰なの……」
これは幻聴なのだろうか?それとも、イーノクが言っていた「声」というのはこれのことなのだろうか?
『あなたは私を知っているでしょう?不安なら、私に委ねればいい。』
その言葉で花の匂いは強さを増し、私は昏倒した。
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