9話
私はパメラについていき、パメラの家がある区域に辿り着いた。
家に近づくにつれ、やけに人の視線が気になる。
「パメラちゃん、今日は遅かったねえ。おでかけかい?」
「友達の家に行っていたの。」
「パメラちゃん、ノーランくんは今日家にいるの?」
「今日は出かけているわ。」
「パメラちゃん、うちの息子が熱を出しているんだ。後で、ノーランくんに家に来てと伝えてくれないか。」
「ごめんなさい、兄は今日遅くなるんです。今から病院に行ってお薬をもらった方が良いかと思います。」
パメラがそう言うと村人達は残念そうに立ち去った。
パメラは歩くたびに誰かに声をかけられる。パメラは村人の声掛けに対し、愛想よく、ただ淡々と聞かれたことだけを答える。
好奇の視線と異常な声のかけられ方の原因はおそらくノーランの能力だ。
最後の村人の話で確信した。
村人とパメラの様子を見ていた私の視線を感じたのか、パメラは肩をすくめた。
「薄情だと思った?家族の能力を惜しみなく村に捧げるべきだと、ミアも思う?」
私は首を振る。
能力を使うかどうかは本人次第だ。
「ノーランの能力が明るみに出て、こんなことばかり起こっているわ。最初は余所者だからって腫れ物扱いしていたくせに。今ではこんな感じなの、笑えるでしょ。おかげで村唯一の医院の院長には仕事を奪われたって恨まれている。」
パメラはどこか呆れるようにそう言い放つ。
この村は異常だ。パメラの態度がそう物語っていた。
私がどう反応するか迷っていると、パメラは苦笑いした。
「変な話、しちゃったわね、ごめんなさい……着いたわ。まだ誰も帰ってきてないみたい。入って。」
パメラは玄関に着くと、無理に明るい声色に変えて、そう言った。
パメラの妙に大人びた立ち振る舞いは、この村の状況がそうさせているのかもしれないと感じた。
私はその様子に気がつかないふりをして、家に上がった。
「見せたいものって?」
私が尋ねると、パメラはニヤリと笑った。
「将来、私の義理のお姉さんになる人だから特別よ。私達兄妹の秘密基地に案内してあげる!」
そう言って、パメラは廊下の突き当たりにある本棚まで案内してくれた。
立派な本棚だ。真ん中から下は、スライド式の木の扉があり、真ん中から上はガラス張りになっている。どちらとも鍵がかかっているようだ。
木の扉はまるで寄木細工のような複雑なもので、一見鍵とは分からなかった。
パメラがその扉をいじって、中肉中背の大人もかがめば入るような入口になったのだ。
「ノーランのこと、もっと教えてあげる。」
そういって、私はパメラに導かれるまま地下に続く階段を下って行った。
そして、また木の扉に出くわす。今度は普通の鍵で開くのか、パメラはそこに不似合いな観葉植物の陰から小さな鍵を取り出す。
……こんなに厳重に管理されている隠し場所を私が知ってもよいのだろうか。
内心、私が不安になるのをよそに、パメラは扉を躊躇なく開けた。
そこに広がるのは、高い天井にこれでもかと敷き詰められた本棚。そして、真ん中には勉強机にしては豪華な机と椅子。そして、近くにはこの雰囲気には少し不釣り合いなパステルカラーの子供用テントにラグとクッションが置かれていた。
「ようこそ、我が家の秘密基地へ!」
といっても、私のスペースはここだけなんだけどね。とパメラはこの空間には少しテイストの違う子供用テントの中に入り、私にも座るように促す。
「ここは私たちの秘密基地。オーウェンは最近マニアックな研究ばかりして、ここにはあまり来なくなったけれど、私とノーランはここで色んな物語の世界にいけるの。」
二人の秘密部屋は壮大な書庫のようなところだった。子供向けの本や教材はもちろん、哲学や文化人類学など子供が読まなさそうなものさえ置いている。そして、この世界ならではの魔法の本も…
「どうしたの、ミア?」
私は本棚を見ていると、一つ異質なものがあることに気が付いた。
手に取ってみると、その本には鍵が掛かっていた。アルファベットを並び替えるダイヤル式の鍵。
「なあに、それ?」
肩口からその本を見たパメラは不思議そうな顔をした。
「パメラはこの本、知らないの?」
「知らないわ、初めて見た。それに私、ここの空間は好きだけど本はそんなに読まないし。ノーランはここの本ほとんど読んでいるから、もしかしたら知っているかも。」
「ほとんど!?」
十二歳の少年が私でさえ遠慮したいような専門書籍含めて読んでいることに驚き、鍵付きの本の存在を一瞬忘れてしまう。
「それかオーウェンのかなあ?私も気になるし、後で聞いてみるよ!」
パメラの回答をよそに、私はこの本に既視感を感じていた。
ゲームには、こんなダイヤル式の本はなかったはず。
でもなぜか、私はこの本の存在を知っているような気がした。
「……ミア?」
私はその本を手に取ったまま、拭えない何かしこりのようなものに襲われていると、ノーランの声が聞こえた。
「どうしてここに?」
「えー!ノーラン、来るの早すぎ!これからノーランの良いところを余すところなく伝えたうえで、女子トークをしようと思ったのに!」
ノーランの質問に被せるようにパメラが不満を言う。
鍵が開いていたから、とノーランは少し困惑したような表情で返した。
「あ、そうだ。ねえ、ノーラン。こんな本、見つけたんだけれど、見覚えない?」
パメラは思い出したかのように私が手にしている鍵付きの本を指さして、ノーランに尋ねる。ノーランはパメラに言われるまま、こちらに向かい、私の手ごと鍵付きの本を手に取って、確認する。
突然のノーランの手とそこから伝わる体温に、先ほど抱いていた既視感は飛び、鼓動が高鳴るのを感じる。
「……こんな本、あったかな?どこで見つけた?」
「えっと……そこの下から三段目のところ。」
ノーランの答えに内心ドギマギしながら、答える。
「その位置なら、俺、よく見ている気がするんだけど、こんな本あったかな……?オーウェンの本かもしれないね。」
「最近、研究室か自室にこもりっぱなしのオーウェンが?こっち来て、鍵付きの本なんて置くかしら?しかも、私達の身長でも届くところに。鍵かけるくらいならオーウェンしか届かないくらいのところに置くべきじゃない?」
パメラはどこか納得がいかないようだった。ノーランも首を傾げている。
私も二人の疑問には同意した。
答えの出ない謎に悩んでいると、私は、ふと、どこからか、あの虹色の花の香りがすることに気が付いた。それが、ノーランから香っていることに気づき、私は尋ねる。
「ノーラン、お花の匂いがするわね?」
私がそう尋ねるとノーランは少し驚いたような表情を浮かべた。
私はそんなつもりはなかったのだが、ノーランはその花に後ろめたさを持っているのか、どこか歯切れが悪い。
「……さっき、イーノクと森の近くまで行ったんだ。虹色の花だけじゃなくて、元気が出るハーブがあるとかで、ハンクに渡したいって。」
子供だけじゃない、大人でも警戒するストレイ森に二人の子供がのこのこと行ってきたというのだ。それは、私でなくても、この村に住む人はなんて命知らずな行為だと怒るだろう。それを分かっているから、ノーランは歯切れの悪い言い方になったのだ。
「……危ないじゃない。二人の気持ちはハンクもきっと喜ぶわ。でも、二人が危ない目にあったら、ハンクは悲しむわ。」
「うん、そうだよね。」
「お願い、アタシと約束して。何があっても、あの森にはいかないで。」
私はノーランの目を真剣に見据えると、ノーランも真剣なまなざしで頷いた。
その答えを聞いて、私は安堵して、ノーランを抱きしめた。
「おーい、いい感じの二人―。パメラ様をお忘れでない?せっかく、ミアを秘密基地に案内したのに!」
そんなことをしていると、パメラから不服の声が上がった。
ばつの悪い気持ちでいると、パメラははぁ、と呆れたようにため息をついて、扉の方に向かった。
「これが馬に蹴られるシチュエーションってわけね。お邪魔虫は退散しまーす。」
パメラは私達を揶揄うようにそういうと、部屋から出て行ってしまった。
しばしの沈黙。
ぎこちない雰囲気を変えたくて、私はノーランに話題を振る。
「パメラから聞いたわよ。ここにある本、ほとんど網羅しているとか!すごいわね。ノーランの好きな本はどれ?」
「俺の好きな本?」
「そう!おすすめでも良いし……」
ノーランは少し考えた後、一つの童話を出してきた。現代でいうマザーグースのようななぞなぞやしりとりや言葉遊び、風刺がつまったような本。それが、ノーランは好きらしい。
「そういえば、アタシ、ノーランの趣味とか全然知らないわ!ねえ、ノーランは何が好きなの?」
「俺の好きなもの?……わからない。」
ノーランは今まで考えたことがなかったのか困惑した表情を浮かべる。
それでも答えようと思ってくれているのか、考えるような素振りを見せた。
「お菓子作りは好きだ。この前やったカードゲームも。今までは本を読むことだけが好きだった気がするが、ミアやみんなのおかげで好きなものが増えた。」
そう笑うノーランの屈託のない笑みは、年相応の少年の笑顔そのものだった。
無邪気で陰りのない笑顔。
「そう言ってもらえて、アタシも嬉しいわ。アタシもアンタ達と遊ぶのは好きよ。」
この年頃だから言える。大人になれば、ただ好きなことをやっている。大きな夢を描く。それすらも難しくなる。ここは、まるでネバーランドのようだと私は思った。
「ノーラン、今度遊ぶときは何がしたい?」
「俺が決めるのか?」
「いつも、イーノクとアタシばかりが決めて、ノーランとハンクは何も言わないじゃない。」
最も、ハンクは危険を伴う遊びは常識外れだと嫌うので、自己主張はするものの、基本的にはハンクの常識の範疇内でイーノクと私の意志に合わせている。
でも、ノーランは何も言わない。やりたいこともやりたいことも、ここ最近いつも一緒に遊んでいるのに、私は未だにノーランのやりたいことがわからない。
「ノーランはどうしたい?」
私がノーランの顔を覗いて、そう尋ねると、ノーランは固まった。
「……俺がどうしたいか……そんなこと、初めて言われた……」
私がノーランの固まった表情を見て、困惑しているとノーランは私が聞こえないくらいの小声で何かを発した。
「ごめん、ノーラン。今、なんて言ったのかしら?」
「俺の家、屋上があるんだ。望遠鏡もあるけど、街灯が少ないから、肉眼でも見える。いつか、みんなで星を見に行きたい。」
「分かったわ。みんなのご両親にも聞いてみて、今度天体観測をしましょう!」
約束、と私は現代ならではの指切りをすべく、小指を立てた。
この世界にはその文化がないのか、ノーランは私を真似るように小指を立てた。
私は、ノーランの小指に自分の小指を絡めた。
「これは約束よ!ゆーびきり、げんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます!ゆびきった!」
「針を千本飲むの……?」
ノーランは信じられないものを見るような目でこちらを見る。
あまりに真剣かつ不安げに問うノーランに私は思わず吹き出してしまいそうになる。
「言葉のあやよ。アンタの大好きな言葉遊びみたいなもの。アタシの知っている言葉遊びなの。」
へえ、とノーランは新しい知識にキラキラ目を輝かせる。
この時、私は鍵付きの本なんて存在自体忘れてしまっていた。
ただ、私はノーランとの約束を守ることだけを考えた。
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