8章~似て非なる者~
似て非なる者:見かけは似ていても、実質は違うもののこと
それにしてもアリスが手を貸してくれたのは意外だったな。
まぁ彼女の場合、単にあの火炎放射を使いたかっただけなのかもしれないが。
渡り廊下を見ると、あの化け物は未だにギャアギャア言いながら、のたうち回っている。
もう火は消えているから、火傷でもしているんだろう。
こっちの校舎の鍵を閉めてしまったが、結果的にあちら側のサラリーマンと子供達を閉じ込める形になってしまったな…。
まぁ、ブリッジ女は負傷しているし、それ以外の化け物は扉を開けない限り襲ってくる事はないはずだから命の心配はいらないだろう。
あの感じを見ると、こちらに渡ってきそうな素振りも無かったし…。
私は荒くなっていた呼吸を整えると、立ち上がり
「さぁ行くか。」
と化け物を観察するアリスに声をかけた。
振り返ったアリスはやはりというべきか、薄笑いを浮かべていた。
もう、この笑みにも慣れたな…。
そう思いながら、彼女に踵を返して歩きだそうとした時だった。
手前にある右に曲がる角から何者かの足音が微かに聞こえて来た。
走ってくる?
ドキリとして思わず立ち止まる。
…なんだ?何がいる?
タッタッタッと駆けてくる足音は次第に近付いてくる。
また化け物か…あるいは生存者?
私はアリスを下がらせ、殺虫剤とライターを構えた。
足音はだんだん近付いてくる。
胸がドキドキと高鳴る。
嫌な汗が滲む。
喉はもうカラカラだ。
そして……。
その足音の主が現れた。
あぁ……。
私はその正体を確認すると脱力し、自分の武器を降ろした。
暗がりから現れたのは2人の男子高生だった。
安堵のため息をついて、アリスを見やる。
彼女は無表情だった。
…どこか面白く無さそうに見えるのは、その手にある武器を使えない相手だったからだろう。
「あの…すいません、人…ですよね?」
暗がりの中で男子高生の1人が自信なさげに声をかけてきた。
訊き方からすると化け物にでも遭った後か。
彼らの手にはビニール傘が握られているようだ。
「あぁ、そっちこそ人間なんだろうな?」
私は彼らに笑いかけながら返した。
すると向こうも安心したのか近くまで寄ってきてくれた。
彼らを近くで見た事でわかった事があった。
1人は黒髪の短髪でふわふわと逆立った若者らしいヘアスタイルだ。
背は高めで170センチくらい。
長袖のシャツに紺色のベストを着ている。
もう1人も同じような制服を着て、金髪のサラサラヘアに色白の肌。
背は、167センチくらい。
しかしその瞳は赤く通常の人間にあり得ない色だった。
その姿を見て、すぐにピンときた。
彼は人間のアルビノ種なのだ。
ネットでも人間のアルビノを見た事はあったが、生で見るのは初めてだ。
彼らは生まれながらにしてメラニン色素を持たず、赤い瞳は血液が透けてる為とされ、通常の人間よりも視力が弱いという。
アリスも彼が珍しいのか傍に寄り、
「綺麗な顔をしているわね。」
と声をかけている。
美人のアリスに話しかけられたアルビノ君は照れ臭そうな笑みを浮かべている。
私は彼らを放っておいて、もう1人の子に声をかけた。
「こっちに来て、いきなり生きてる人に会えるなんてね。私達あの校舎から来たんだ。」
「そうなんすか?ってかさっき、すごい叫び声が聞こえたんすけど一体なんの…。」
叫び声…ああ、ブリッジ女のか…。
いつの間にか静かになったが、力尽きたのだろうか?
それとも例によって休んでたりしてな。
私はそれなら、と渡り廊下を指差しながら答えた。
「あれだよ、アレ。あの化け物に襲われて…そこの彼女が追い払ったんだ。静かになったから死んだかもしれんな。」
それを聞いた男子高生は渡り廊下を扉越しに見つめ、化け物の姿を確認すると、うっと呻いた。
私は彼に構わず続けた。
「こっちにもいるんだろ?あっちの音楽室じゃ、人間の顔した蜘蛛もいたしな。」
「いましたよ…あんなグロテスクじゃないけど、歩く人体模型とかでかいネズミとか。」
男子高生は吐き気をこらえるかのように、口に手をあてながら答えた。
なるほど、巨大ゾンビネズミはまだいるのか…。
こいつら高校生は、色々と見て回って来てるんだろうな。
よく見ると服に血が付いてる。
化け物の血か、生存者だった者の血か…。
あまり考えたくも無いし、知りたくも無いが。
「あの…どう思います?」
再び、彼が遠慮がちに口を開く。
「何が?」
「あの教室の放送の事っすよ。」
やっぱり、みんな気になってるようだ。
彼は続けた。
「放送では僕らは生け贄で、この校舎があらゆる方法で捕まえると言ってたじゃないすか。僕らを食べる為だって…でも化け物に喰われた人もいたし、僕らも現に喰われかけたんすよ。変だと思いません?襲ってくるのが校舎じゃなく化け物なんすよ。」
「そこだよな。」
生け贄だと言う割りには化け物が襲ってくる。
校舎に捕われそうになった事など無かった。
まさか化け物への生け贄なのか?
いや、待てよ。
校舎に襲われる…?
その瞬間、私の脳裏にトイレで男の子が泣き叫ぶ光景がよぎった。
あの時、トイレの中に化け物はいなかった。
あの子こそが校舎に襲われたんじゃないか。
私は口を開いた。
「いや、あっちでトイレに閉じ込められて…しばらくした後にトイレから手品みたいに姿を消した子供がいた。アレを見ると校舎に捕われるというのも、あながちハッタリとも思えない。」
「じゃあ…校舎自体も化け物…?」
私の言葉を聞いて男子高生の顔色が悪くなる。
「だろうな。動き回る化け物も、あるいは校舎の一部かもしれないし。」
そう答えると男子高生は、怯えたように目を泳がせた。
今更、この校舎に恐怖感を抱いたようだ。
アルビノ君も神妙な面持ちで私達の会話を聞いていた。
おいおい。
駄目だ駄目だ、恐怖に負けるな少年達。
あのサラリーマンのおっさんみたいに怯むのだけはやめて欲しい。
私は元気づけるようにわざと声を張った。
「ハッキリ言えるのは、どんなものであれ核となってる部分が必ずどこかにあるという事。そいつをやってしまえば終わらせられるという事だ。」
そう言うとニッと笑ってやった。
彼らを出来るだけ不安にさせない為に。
私だって怖い。
しかし、進まなきゃ終わらないだろ?
それに怯える時間が長引くのなんてまっぴらだしな。
すると今度はアルビノ君が口を開いた。
「その核が…あの放送の女の子という事なんでしょうか?」
「まぁ、あの時の言い草からするとそういう事になるな。なんにせよ校舎自体が生ける化け物なら、必ずそれとわかる形で存在するはずだ。」
私の言葉を聞いて男子高生2人は顔を見合せ、不安な面持ちをしている。
まぁ、怖がるのも無理は無いだろう。
私はチラリとアリスを見た。
彼女は私達より少し離れたところで殺虫剤を振っている。
ヤル気満々だな。
いや、違うな。
アリスの視線は明らかに何かに釘付けになっている。
まるで獲物に狙いをすます肉食獣の目だ。
まさかな…。
いや…そのまさかっぽいな…。
私は彼女の傍に寄り、その視線の先を見た。
あぁ、やっぱり…。
それを目に捉えた時、自然と笑みがこぼれた。
呆れというか諦めというか、とにかく私達は、どう足掻いてもこの校舎から逃げられないんだなと思った。
私の目に映ったのは皮膚が無く、筋肉が剥き出しになっている人体模型みたいな化け物がヒタヒタとこちらに近付いてくる姿だった。
「そーら、おいでなすったぞ。」
「フフ…また楽しめそうね。」
男子高生2人を尻目に私とアリスは人体模型野郎に向け、殺虫剤とライターを構えた。
投稿が遅くなってスミマセン!!
ちょっと調子崩してましたが復帰です。