6章~生簀の鯉~
生簀の鯉:いずれは死ぬべきに運命にあることのたとえ。生簀の中の鯉は逃れることができず、やがて料理されてしまうことから
「もしかしたら、この学校は実在する学校なのかもね。」
資料室を調べ終わり、教室から出て来た私にアリスがそんな事を漏らす。
「まぁ、そんなところだろうな。」
確かに細々と現実的な箇所を見せる学校だから、実在する学校か…コピーか。
「考えても分からないけどな。」
私はあまり気にさせないよう、軽い調子で言った。
アリスも、あまり深く考えるつもりじゃ無かったらしく、
「そうね。」
と返事をするのみだった。
その後も、トイレを通りすぎ隣の教室を例によって調べまわる。
もちろん、アリスは私の出待ちだ。
教室には札がかかっておらず、中も授業に使われているというよりも倉庫として使われている、といった感じで机や椅子が乱雑に置かれていた。
この教室の隣も似たようなものだったが、こちらは机がきちんと積み上げられて整理されていた。
結局、何の収穫も得られないまま突き当たりにある図書室を調べようした時、ふとアリスが口を開いた。
「誰かトイレに入ったわ…。」
彼女はトイレに釘付けだ。
「えっ、マジで?」
信じられない気持ちで私もトイレの方を見やる。
…暗くてよく見えないが、トイレの位置は確認できる。
しかし誰だ、こんな状況で得体のしれないトイレに入るなんて…。
私が顔をしかめてトイレを見ているとアリスがまたも口を開く。
「小学生の男の子みたいだったけど…見に行かなくて平気かしら?」
そう言った彼女の顔はまた不気味な笑顔を浮かべていた。
わかってる。
行けと言いたいんだろ、女子高生。
でもな…。
「ただ単に用を足しに行っただけだろ?見に行く必要があるか?」
私がそう反論すると、
「…そう。必要無いと言い切れるのね。」
とニヤニヤ笑いながら彼女は私を見つめる。
……はぁ。
わかった、わかった。
わかりましたよ、もう。
行けばいいんでしょ。
私はポンポンと彼女の肩を叩くと、踵を返してトイレに向かい始めた。
ちくしょう、嫌な予感しかしねぇ。
アリスはアリスで、早く使いたくてウズウズしてるのか殺虫剤の缶をシャカシャカ振ってるし。
私の口から何度目になるかわからない深いため息が漏れた。
トイレの近くまで来た時、それは中を覗かなくても異質だと感じた。
ドンドンドンドン!!
と、トイレの個室のドアを激しく叩く音が聞こえてきたからだ。
…閉じ込められている?
「助けて!怖いよぉ!だれかぁっ!」
そんな少年の叫びを聞いた瞬間、私は自然と駆け出していた。
まだ生きてる。
早く助けなきゃ。
さっきまで怖じ気付いていたのが、どこへやら。
勢いよくトイレに駆け込むと1つの個室からドアを叩く音と男の子の
「助けて!嫌だ、怖いよおぉ!!」
と、悲痛に泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
くそっ、中はどうなってるんだ?!
どうする?
助けると言ってもこちらからじゃ、どうしようもない!
ドアを壊すか?
でも、どうやって?
何か…何か使えるものはないか…。
私は
「ちょっと待ってろ!すぐ助けてやるからな!」
と、叫ぶとトイレから生徒会室に向かった。
小学生…小学生か。
小学生なら縄跳びを持ち歩いてないか?
少なくとも、私が小学生の頃は体育の授業で使う為にランドセルの中なんかに常に入れていた覚えがある。
生徒会室にいる彼らが持っている可能性は低いが、他に何もない。
しかし、あれを何本も束ねたり結び合わせれば、子供一人くらい引き上げられるだろう。
そんな事を考えながら暗闇の廊下を走っていた時、突然、ドンっと大きなものにぶつかった。
「うわっ!」
「おっと!」
私にぶつかった相手も驚いた様子だ。
いったぁ…。
…誰だ?
ぶつかった感じだと子供じゃなく大人、しかも声からして男性らしい。
暗闇の中、目を凝らしてみる。
スーツを着たサラリーマン風で痩せ形の中年男性が佇んで私を見ていた。
「女の子…?君は誰だね。」
サラリーマンが不思議そうな顔をして、そう訊ねてきたが今はゆっくり自己紹介してる暇は無い。
「トイレで男の子が…!」
トイレを指差しながら私はサラリーマンに説明しようとしたが、彼は事情を察知してくれたらしく私の言葉を最後まで聞かずに、トイレへと駆けていった。
私も彼の後からついていく。
2人で駆け付けるとトイレの前にはアリスがいて、私と目が合うや否や何も言わずに首を振った。
「…ダメよ。」
「えっ……。」
彼女の言葉に一瞬、たじろぎ絶望的な思いを感情を覚えながらも、私とサラリーマンはそろそろとトイレを覗いた。
個室は全て開いていた。
男の子がいた個室を覗いてみると、少量の血痕と上履きが残されているだけで、それ以外はいたって普通の和式トイレだ。
「おい、アリス!男の子は?!」
怒鳴るように私が訊ねても彼女は表情を変える事無く、
「わからないわ。泣き声が一際大きくなった後、突然静かになって扉が開いた…。」
と落ち着いて答えた。
中年の男性は懐中電灯を持っていたらしく、便器をくまなく照らして様子を伺っている。
ダメだった…さっきまで生きてたのに。
私がガックリとうなだれると、
「喰われたんだ…この学校に…。」
サラリーマンが青い顔をして座り込んだ。
何言ってるんだ、このおっさんは。