5章〜背徳の生存法〜
理科室に入ると私は早速、「武器」の材料を探した。
アリスは何もせず、呆れたように私の様子を見ていた。
しばらく、あちこち探して私はようやくお目当ての物を見付けだした。
よし、と呟くと窓際にある水道で雑巾を濡らし、それを机の上に敷き詰める。
そして、その机の上に見付けていた材料の1つ、殺虫剤をいくらか出した。
白い気体は勢いよく吹き出し、残量に余裕を見せる。
まあ、これだけでも武器になるが、どうせなら強力な方がいいだろう。
私はアリスを下がらせると殺虫剤をやや下に向けて放出させ、そこにライターで
灯した火を近付けた。
すると殺虫剤は炎と化し、辺りをほんのり照らした。
さながら火炎放射機だ。
それを黙ってみていたアリスはその事態を予想出来なかったのか、驚いた表情を
浮かべている。
私は得意気な顔をしながら手を止めて、ライターをポケットにしまい込んだ。
よし、うまくいきそうだ。
どんな化け物だって、いくらなんでも炎には強くないだろう。
「びっくりした?」
ポカンとしたアリスに声をかけてやる。
アリスはすぐにいつもの笑みを浮かべた。
「ゾクゾクしたわ。」
「だろ?」
アリスの事だから、そう言うと思ったよ。
私は彼女にも殺虫剤とライターを渡してやった。
彼女は目を輝かせて、それを受け取っていた。
危ない方法ではあるが、今は武器になるものがこれしかない。
後はアリスが更に危ない使い方をしないよう祈るばかりだ。
理科室を後にし、階段をのぼろうとした時、彼女は音楽室を指差しながら
「早速やってみたいわ。」
と言ったが、
「そんな小物より、どうせならもっと大きい化け物を燃やしてやろうよ。」
と思っても無い事を口にして彼女を咎めると、意外にも素直に私の言うことを聞
いてくれた。
「そうね…楽しみは大きい方が、よりゾクゾクさせてくれるでしょうね。」
アリスはふふ、と笑いながら殺虫剤の缶を振っている。
彼女の頭の中には何が繰り広げられているんだろう…。
相変わらず危ない子だが武器を手にしても、やはり私を襲う気配が無い所を見る
と無害な存在で間違い無いのだろう。
扱い方もだんだんわかってきた。
もっと協調性があれば、なおいいんだけど…。
叶うはずの無い願いを胸に、三階へとたどり着く。
一番手前の扉は…。
少し開いている。
札を見ると「生徒会室」と書いてある。
教室の中からは子供達の声が聞こえてきた。
生存者がいるのか?
私は恐る恐る教室を覗きこんだ。
すると、懐中電灯を手にした少年達が5人ほど寄り添って、楽しそうに何かを話し
ている。
ちゃんと席についている子もいれば、机に腰掛けている子もいる。
ランドセルが落ちているあたり、小学生みたいだ。
…ずいぶん落ち着いているなぁ。
それに皆、このフロアにいたのか?
私は想像を巡らした。
好奇心旺盛な年頃の子達がこんなに落ち着いていられるだろうか。
懐中電灯も手にしているようだし、歩き回っていてもおかしくない。
あれだけの人数がいれば、恐怖より好奇心の方が勝るはずだ。
それでも教室に残る理由があるとすれば…。
……まだ他に誰かいる?
その誰かを待っているのか、その誰かの言い付けか。
まぁいい…。
なんにせよ、私は彼らに構うつもりは無かった。
はっきり言って面倒が増えるだけだ。
彼らの面倒まで見てやれないし、役に立ちそうにもない。
下手に連れ回すより、彼らだけでああして固まっているほうが安全だろう。
私はその生徒会室から立ち去ることにした。
少年達を見ていたアリスも黙ってついてくる。
そして隣の「資料室」を調べようとした時に、彼女が声をかけてきた。
「あの子達、いいの?」
「別にいいだろ。無理に連れ出すより、あそこにいた方が安全だ。」
私がそう答えると、彼女もそう、と言って口をつぐんだ。
あまり彼女も子供達に固執していない様子だし、構う事はないだろう。
私は資料の扉を開けた。
つかさが試していたスプレーによる火炎放射は大変危険ですので、決して真似をしないで下さい。