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4章〜血を啜るモノ〜

啜る=すする

なんにせよ生きている人間と合流できた事で、私の気持ちは少し楽になった。

彼女はずっとここにいたと言うし男性の悲鳴を聞いたとも言うから随分長い間、窓辺に佇んでいたと思われる。

この場所に来てから、どれだけの時間が流れたのだろうか…。

時計も見当たらないし見当もつかない。

アリスに訊いたってわからないだろう。

まぁ、知ったところで何も参考になりはしないが。

アリスと名乗った女子高生は何も言わずに後ろからついてきている。

こんなとき、何を話したらいいんだ?

ただでさえ不思議な事ばかり言う子なのに。

無口で歩く2人の間にコツコツという足音だけが響く。

…別に話題なんかなくてもいいか、友達や恋人じゃあるまいし。

私はため息をつきながら足を止めた。

…この教室は……。


「美術室ね。」


アリスがふと口を開く。


「中を調べるの?」


「そうだよ、何かあるかもしれないじゃん。」


いぶかるアリスに私はぶっきらぼうに答えた。


「私も入るわ。」


アリスはどこか、ワクワクした表情だ。

美術室に思い入れでもあるのか?

私は中の様子を慎重に確かめると美術室の中へ足を踏み入れた。

…壁には名画がたくさん貼られている。

どうせコピーだろうが…。

やはり名画には迫力や気品がある。

アリスは美術展でも見に来たような足取りで壁の名画をじっくり観察している。

…絵が好きなんだろうか。

私も絵は好きだ。

どうだろう。

あんな子だけど、絵の話を振ったら案外分かり合えるものがあるかもしれない。


「…随分じっくり見てるけど、絵が好きなんだ?」


話題が膨らむのを期待しながら私がそう訊ねると、アリスは振り向いて笑みを浮かべた。


「そうよ。特にダリの絵やダヴィンチの絵が好き。だって彼らの絵には魂がこもっているのよ。人食いモナリザとか絵から出てきて徘徊したり…なんて、よくあるでしょ?」


よくあってたまるか、そんなもん。

この子に会話をふった私がバカだった。

私は何も答えずに首を振りながら美術室を物色してまわった。

しかし美術室にも目ぼしいものは見つからない。

やっぱり、工作室とか調理室とかぐらいにしか…。

あとはどんな教室がある?

部活専用の部屋とかあるなら、何か見つからないだろうか。

剣道部とか野球部のバットとかも武器になりそうだな

でも、部室って学校によっては別棟になってたりするよな。

屋外部活なら、なおさらそうだ。

となると、しばらくは武器も手に入れられそうにないし丸腰で歩き回る事になるのか。

おいおい、なってこった。

この先、また化け物に遭わないとも限らない。

私だって素手で戦えるほど武術などたしなんでいないし、この女子高生だって役に立つとも思えない。

あの子が他人の私を助けるとも思えない…だろ?

私はチラリと彼女に目をやった。

絵に何かぶつぶつと話しかけているみたいで、たまに手を伸ばし絵を撫でている仕草も見せる。

…なんて気味の悪い子なんだ。

元の生活でもあんなんなのか?


「ねえ、何もないみたいだからさ次行こ、次!」


見兼ねた私は彼女にそう声をかけた。

あんな不気味な事をしている彼女の姿も長く見ていたくなかった。

彼女は振り向き、薄ら笑いをうかべ


「そうね、楽しかったわ。」


と返してきた。

何が楽しかったのだろう…。

まぁ、絵画鑑賞ということにしておこう。

それにしても、なんて不気味な子なんだろう。

美人なのにもったいないとさえ思う。

私はため息をつきながら美術室を後にした。

ここにきてからため息ついたの何度目だろう。

その後もパソコン室、第2理科室、第1理科室と見て回ったが結局、生存者も武器らしいものも、もちろん化け物すら発見出来なかった。

アリスはこれらの教室には興味が無いのか一緒に入ろうとはせず、律儀にも私が出てくるまで廊下で待っていた。

トイレなんかもあったが、これもチラリと覗くだけに終わった。

アリスはこのとき、トイレの花子さんの話を少ししたが、話の最後に『幼稚な話よね』と一蹴したあたり彼女好みの怪談話じゃないらしい。

私はあまり意識して聞こうとも思わなかったから、どんな内容だったのか全く把握出来ていない。

そうこうしているうちに、二階部分、最後の教室に辿り着いた。

廊下の突き当たりにある音楽室だ。

音楽室…音楽室か!

ということは楽器がたくさん置いてあるだろう。

楽器は武器にならないか?

楽器…楽器…なにがあるだろう。

笛とかは殴ったりするのに使えないか?

などと自問自答しながら音楽室に入った。

今回もアリスは教室の前で待っているつもりらしい。

私は慎重に中の様子を伺った。

最初はこの薄暗さにうんざりしていたが、目も慣れてきたし、アリスと出会った事で気にならなくなってきた。

アリスが他の女の子みたいに、普通に怖がったり怯えて泣いてしまうような子だったら、私も励ましたり元気づけたりと気疲れしたかもしれない。

アリスには気遣いをしなくていい。

ほったらかしにしても好きなように動いているし、それでいて私の邪魔もしようとしない。

怖がるどころかむしろ彼女が堂々としているから私の中の恐怖心も薄れる。

そういう意味ではアリスと出会ったのは運が良かったのかもしれない。

しかし恐怖心が薄れたからといって油断してはいけない。

いつあの化け物どもに襲われるかわからないんだからな。

気を引き締めていかなきゃ。

私はそろりそろりと音楽室の中を探っていく。

武器になりそうなもの、武器になりそうなもの…と。

そんな事を考えながらキョロキョロと周りを見渡していたが、その時ふと、暗闇の中で何かが動いたのに気付いた。

ギクッとして、その場に凍り付く。

な、なんだ今のは…。

絶対に人じゃなかった。

私は思い切って目を閉じ、耳をすませた。

…カサカサと虫が蠢くような音だ。

……虫?

それだけじゃない。

ピチャピチャと湿った音も聞こえる。

こ、この音は…。

私の脳裏に巨大ゾンビネズミに喰われていた男性の姿が蘇る。

と同時に一旦は引いた恐怖が再び込み上げてきた。

ヤバイ。

逃げなくちゃ。

頭の中で警鐘が鳴り響く。

早く、この教室が出ていかなくては。

そう思って私は重くなっていた足を踏み出した。

出口ではない。

音のする方へ。

逃げなくてはとわかっているのに、音の正体を確かめたい好奇心に勝てなかった。

好奇心は猫をも殺すということわざはあながち間違っちゃいないのかもしれない。

好奇心に負けた私はゆっくりと歩みを進めながら、首をのばしたり、かがんでみたりと音の正体を確かめようとした。

そうしながら、やっと『それ』が目に映った瞬間、私はうっと声を出しそうになったが、どうにかこらえる事が出来た。

目に映った先には人が倒れていた。

人だけじゃない。

目を凝らして見てみると、周りにウジャウジャと虫のような風貌の化け物がたかっている。

外国人女性のような金髪の髪と頭をしていながら、その体はタランチュラみたいで、サイズは手に乗るサイズといったところだろうか。

そんな化け物が無数にうごめいているのだ。

倒れているのは…格好からして女性だな。

顔はこちらをむいているが人相は分からない。

彼女の顔はぽっかりと穴が開いていて、そこから蜘蛛女が出たり入ったりしていたのだ。

あれだけ大きな穴が開いていて流血が見当たらないのが不思議だったが、蜘蛛達がすすっているのだと、すぐに気が付いた。

餌食にされている彼女の四肢もひどい有り様だった。

肉があちこちむき出しになっていて、骨が見えている箇所もある。

腹部からは内臓物が見えている。

うぅ…吐き気がこみあげる。

アリスはついてこなくて正解だったな、と思った。

仮にアリスの性格じゃ騒いだりしないだろうが、普通の子なら悲鳴をあげただろう。

そうなったら化け物に気付かれ、あっという間に餌食にされたろう。

なんにせよ、長くいていい場所ではなさそうだな。

音の正体を確かめた事で気が済んだ私は奴らに気付かれないよう、後退あとずさりをしながら出口を目指した。

ゆっくり…ゆっくり…慎重に…。

自分に言い聞かせるようにしながら、やっとの思いで出口にたどり着き扉を閉めた。

鍵を閉めようと思ったが、これは一階の教室とは違い、家の鍵のように閉めるタイプだ。

確かに楽器は高価なものばかりだから鍵は頑丈な方がいいんだろう。

…最も、この状況じゃ無意味だろうけど。

まぁ中の蜘蛛達の体じゃ鍵どころかドアすら開けられないだろうから、このままでいいか。

私が深いため息をつきながら、その場に座り込むとアリスが声を掛けてきた。


「…何かあったのね。」


「…ああ、女性が化け物に喰われてた。」


察しのいい彼女に私はやや面倒臭そうに答えた。

彼女はそんな私を別に気にするふうでもなく続ける。


「どんな化け物だったの?」


「…外国人女性の頭が生えた蜘蛛みたいな奴だった。」


すると私の言葉を聞いた彼女は再びニッと笑い、


「そう、だったら殺虫剤をふりまいて苦しみもがく姿は見ものでしょうね。」


と静かに言った。

なんちゅう恐ろしい事を考える子だ…。

見ものって・・・私はそんなの見たくもないぞ。

ん?…待てよ。

アリスの言葉を頭の中で再び再生した。

殺虫剤を振りまいて苦しみもがく…。

殺虫剤…!

そうだ、それだよ。

ぱっと顔をあげた私をアリスが不思議そうに見ている。


「どうしたの?」


「理科室に戻ろう。」


いぶかしがる彼女にニッと笑い返し、私は立ち上がった。

そうだ、あれは武器になるぞ。

私は今まで、刺したり殴ったりする武器にこだわりすぎていたんだ。

なんで早く気付かなかったんだろう。

急ぎ足で私は歩みをすすめた。


「何をするつもりなの?」


珍しくアリスが後ろから小走りで追いかけてくる。

私は第1理科室の前で立ち止まると振り返って彼女にニヤッと笑ってやった。


「楽しい科学実験教室さ!」






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