終章〜 そして、〜
ついに完結です。
恐怖の果てに行き着いた所とは…。
最後なので長いです。ご了承ください。
「うっ………。」
目を開けて最初に視界に飛び込んできたのは白い天井だった。
うぅ…あれ…?
ここはどこだ?
私はベッドに寝かされているらしかった。
薬品の匂いもする。
……なんか病室みたいだ。
もっと情報を得ようと目をキョロキョロ動かし、首を揺らす。
するとベッドの脇で椅子に座っている母親の姿が目に入った。
口に手を当てて驚いたように目を見開いている。
「つかさ…。気が付いたのね!良かった…!」
私と目があった母親は泣きながら私に抱きついた。
なんなんだ?
わけがわからない。
私はあの学校に捕われて、体育館で真由美ちゃんと話を…って、あれ?
まさか夢だったのか?
「母さん…私は…一体何が起きて…。」
母は私の言葉を耳にすると顔をあげ、涙を拭いながら話し始めた。
「あんたね…昨晩、仕事帰りに事故に遭ったのよ。2人乗りのバイクに撥ねられて…。でも良かった、目を覚ましてくれて。お医者さんは最悪、ずっと目覚めないかもって言ってたのよ。」
事故…そうか私、事故ったのか。
どうりで体が思うように動かないはずだ。
体のあちこちが痛むが、全く動かせないわけでは無かった。
…1人でトイレには行けそうだ。
それから私と母はしばらく話し込んだ。
他愛ない世間話を散々喋った後、母は用事があるからと帰っていった。
…………。
なんだろう。
とても懐かしい気がする。
あんな夢を見たから?
母には話さなかったが、それにしてもリアルな夢だったと思う。
私は色々思い出しながら、体を起こし覚束ない足取りで病室を出た。
気分転換がしたかったんだ。
狭い空間に閉じこもっているのは、どうも性に合わない。
うう…頭がふらつく。
こんな無茶すんの私ぐらいだろうな、はは…。
まだ痛む体を引き摺るようにしてホールまでやってくると、私はベンチに腰掛け一息ついた。
しまった、途中でコーヒー買ってくりゃ良かったかな。
また歩き回るのは億劫だなぁとキョロキョロ辺りを見回していると…。
近くにいた女性が目に映った。
その瞬間、ドキリと心臓が跳ね上がった。
「……アリス?」
思わず声に出してしまった。
そう、アリスがいたのだ。
ただ格好はセーラー服じゃなくパジャマだったが、間違いない。
黒く長い髪に美しく整った顔立ちは夢で散々見たアリスの姿だった。
私の声に気が付いた彼女は、こちらを向くとニヤと笑い歩み寄ってきた。
彼女の浮かべる不気味な笑顔は今となっては懐かしさにも似た気持ちにさせる。
「つかさサン…こんな所で会えるなんて素敵な偶然ね。」
妖しげに笑うアリスに私はああ、と返した。
なんだ、あれは夢じゃなかったのか?
とすれば何?
っていうか…。
「アリス…キミはなんでここに?」
パジャマを着ているところを見ると彼女も入院しているんだろうけど、飄々《ひょうひょう》としているあたり事故や病気じゃ無さそうだが。
すると彼女はパジャマの左袖を捲った。
「これよ。」
彼女の左手首には包帯がぐるぐるまかれ、肘にまでそれは達していた。
それは…もしや…。
怪訝な表情で彼女を見つめるが、彼女は笑みを浮かべたままだ。
「リストカットよ…死のうと思ったけど、ダメだったみたいね。」
やっぱり…。
なんでそんな事をしたんだか。
まぁ訊くつもりはないけどな。
「つかさサンは?」
アリスは腕組みしながら私を上目遣いで見つめた。
羨ましいほどに容姿端麗だな。
私はそんな彼女を見つめ、
「事故ったんだと…2人乗りしてたバイクに撥ねられて意識不明さ。」
と、両手を軽くあげながら答えた。
すると彼女は一瞬きょとんとした後、クスクスと笑った。
「…なんだよ?」
笑うとこか?今の。
「いえ…全く素敵な偶然だと思って。」
アリスはまだ笑ってる。
なにが?
わけわかんねぇ。
私が顔をしかめると
「私…多分、つかさサンを撥ねた人を知ってるわ。彼ら、バイクで女性を撥ねた反動で彼ら自身も酷い怪我をしたらしいの。後で挨拶でもしてきたら?部屋は301号室よ。」
と、アリスが笑みをうかべながら話してくれた。
アリスが私を撥ねた連中を知ってる…。
マジかよ?
すげぇ偶然だな。
「わかった。後で顔を見せに行ってくるよ。」
相手も怪我したなら、ちょっと見舞いぐらいしてやんないとな。
ところでアリスは学校のあれは覚えてんのかな。
私はそれについて訊ねてみる事にした。
「ねぇねぇアリス…私達、学校に捕われてたんだよな?」
「そうね。」
「結局、なんだったの?夢?幻?」
「さあね。」
当然アリスに訊いたってわかるわけない。
しかしアリスは続けた。
「…でも、あそこから解放されたのはつかさサンのおかげだと思うわ。アナタの、鵲真由美に対する愛情があの子の中で成長した怨念を殺したのよ。」
怨念を愛情で殺した…か。
だから私達は解放されたんだろうか。
だとしたらハルキや他の生存者…あのサラリーマンや小学生達も、どこかでこんなふうに目覚めたのだろうか。
そして、あの空間の中で死んでいった人達は…?
私は軽く首を振った。
今は考えてもわからない。
ただ、生き残れた事がとても嬉しい反面、真由美ちゃんの魂がちゃんと救えたのかどうか…すごく気になる。
せめて安らかにあれと祈らずにはいられなかった…。
「つかさサン、私はそろそろ病室に戻るわ。」
アリスがそういいながら背を向ける。
「あっ、うん。」
またね…っていうのは変か。
さよならっていうのも寂しい気がする。
でも、また会いたいと思った私は慌てて呼び止めた。
「ねぇ、アリス。キミの本当の名前は?」
名前を知っていれば、また会えそうな気がしたんだ。
振り返った彼女はまた笑みを浮かべていた。
だけど、見慣れたあの薄気味悪い笑みではなく、穏やかで優しい笑顔だった。
「葛城有珠よ。」
あ、アリスって本名だったのか…。
あんな言い方だったから、てっきり偽名だと思ってた。
「私は相模つかさ!また会おうね、アリス!」
ぶんぶんと手を振る私に彼女も、そうねと言いながらヒラヒラ手を振った後、踵を返して去っていった。
もう自殺なんて…もう考えないで欲しいな。
さて…じゃあ私はその私を撥ねたライダーの顔でも見に行こうかな。
私が無事だったんだし、彼らも大事に到らなければいいけど…。
私は痛む体をかばいながら301号室へと向かった…。
程なくして目的の部屋へとたどり着いた。
名札がかかっている。
「えーっと?浅倉晴樹…っていう人か。」
いや、待てよ。
晴樹…ハルキ…まさか?!
私は思わずノックもせずに病室のドアを開けた。
すると、そこにいたのはやはり、あのハルキだった。
「うわっ!ビックリした〜…ってあれ?」
ハルキはベッドの上で体を半分起こした状態で、驚愕の面持ちで私を見つめている。
きっと私も同じような表情を浮かべていた事だろう。
「つかささん!凄い、まさかまた会えるなんて思ってなかった!」
「ははっ!私もまさか、だよ。また会えて良かった。」
私は彼に歩み寄り手を差し伸べて握手を交わした。
アリスの言った素敵な偶然ってこの事か。
私を撥ねたライダーの1人がハルキだった、と。
はは、素敵というより皮肉な偶然だがな。
しかし私はその事を彼には黙っている事にした。
その事実を知らされたハルキは罪悪感に苛まれるだけで、私にとっては何の得にもならない。
「ハルキ…事故ったんだって?アリスから聞いたぞ。」
「え…つかささんもアリスさんに会ったんですか?えへへ…実はそうなんです。」
苦笑いを浮かべながらハルキは頭をかく。
全く…若い奴は無茶やるからな〜。
「…で?2ケツしてたんだろ?もう1人は?」
私がそう言うと、ハルキは笑みを消し視線を泳がせた。
「あ…あの…亡くなった、そうです……。一緒に帰ってこれませんでした……。」
その言い方…まさか、そのもう1人って…。
「セージ君か…。」
私が呟くように言うと、ハルキは黙って頷いた。
可哀想に…。
もしかしたら、と思ったけと…やっぱりダメだったか。
私は彼の肩を優しく叩いた。
「つかささん…アレは、何だったんですかね?俺、目が覚めたとき夢だと思ったんですよ。」
私だってそう思ったさ…。ハルキは俯きながらも続けた。
「でも、目覚めたらアリスさんがいて、つかささんがいて…セージはいなくて…。俺達が迷い込んだ世界はなんだったんだろって…。」
ハルキの声は泣くのをこらえているようで、聞き手の私の方が泣いてしまいそうだった。
なんだったんだろう…。
死後の世界?
でも私達は帰ってこれた。
でも帰って来れない人もいる。
「生と死の間の世界…ってとこか…。考えてもわからないけどな。」
「そうですよね…。」
私の言葉にハルキも独り言のように返事をする。
しばらく1人にした方がいいかもしれない。
どんな慰めの言葉も白々しくなるだけだ。
「さて、私はもう戻ろうかな。あんまり気に病むなよ、キミは精一杯戦って戻ってこれたんだし。」
これが精一杯だ。
そうして私が踵を返そうとした時…。
「あ、待って下さい、つかささん!」
「?」
慌てた様子でハルキが呼び止めるので、私も思わず足を止める。
「あの…あの…お、俺…。」
「なんだよ?」
ハッキリしないハルキの言葉に、つい強い口調で訊き返してしまった。
しかしハルキはあまり気にする様子もなく、次の言葉を発した。
「つかささん…怪我が治ってからも俺と会ってもらえますか?」
「!」
これはあれか。
私はこの子に好かれたって事か。
いや、思い違いか…。
「なんで?」
「えっ、あ、あの…。」
私に聞き返され、ハルキは困ったような表情を浮かべて答えを探している。
やがて…。
「俺が助かったのは…つかささんのおかげで…その、恩返しっていうか…。あの、つかささんと…生きて、いきたいんです、セージの分まで…」
ハルキは顔を赤くしながら、視線を泳がせ、言い吃る。
この感じだとマジで好かれたくさいな。
しっかし、こんな子に好かれるなんて私もまだまだ捨てたもんじゃないんだな。
私はハルキの頭を乱暴に撫で回し
「大体、言いたい事はわかったよ。でも、ちゃんと学校卒業するんだ、セージ君の分まで。そうしたら一緒に生きよう。」
と優しく微笑んでやった。
するとハルキはいきなり私に抱きつき顔を埋めると感極まったのか、わんわん泣き始めた。
「つかささん…!俺、頑張りますっ…!」
やっぱり泣くの、我慢してたんだな。
人1人亡くした悲しみを誰かと共有したかったのだと思う。
私はハルキの頭を落ち着かせるように撫でた。
その時、つけっぱなしのテレビにチラリと目が行った。
そこには、あの学校で会ったサラリーマンの姿が映っていた。
『昨日夕方、生徒34名を乗せた遠足バスがトラックと衝突して横転し、このバスに乗っていた教師1名と生徒児童5名が死亡、24名が重軽傷を負いました。調べによりますと、トラックの運転手は酒を飲んでいてハンドル操作を誤り事故に繋がったものと見られております。トラックの運転手は取り調べの中で…。』
あの人、サラリーマンじゃなくて教師だったのか…。
しかも、死んじまったのか…。
私は、彼らを助けてやれなかった。
見殺しにしてしまった、死なせてしまった…。
彼らを救えなかった罪悪感に苛まれながら、私は泣き続ける少年を強く抱き締めた。
彼から伝わる確かな鼓動は私を慰めるように、強く優しく高鳴っていた。
最後まで御愛読下さった皆様へ
この作品は著者が実際に数日間見た夢の話です。
そこにアレンジを加え、物語として仕上げました。
アレンジと言っても終章と人物名ぐらいですけどね。
ただこの物語の黒幕、鵲真由美ちゃんだけは夢で見たままの名前ですが。
自分にとってはとても恐ろしく、とても切なく、とても印象に残る夢でした。
非現実な世界がそこにはあって、常に「死」と「恐怖」というものが近くにあって…とにかくリアルな夢でしたね。
主人公視点で描かれたストーリー構成は主人公=自分で、夢で見たままの事を描写していくだけなので正直、想像で書きすすめていく従来の小説より書くのは楽でした。
閲覧数を見てると携帯からのアクセスがすごく多かったので読みやすくなるように、あんまりごちゃごちゃ書かないように工夫したりとか、表現を短くまとめたりとか。
あとこの作品の話数。
最初の方でつかさが、「13」という数字について考察している部分がありましたよね。
どうせならホラーらしく13話で終わろうと思ったんです。
本当はもっと色々とアレンジシナリオ入れたかったんですけどね。
それと気付いた方もいると思いますが、各章のタイトルを平仮名に直して縦読みすると…?
次はあなたがあの学校に捕われるかもしれません…。
というわけで、「牢獄の学校」完結です。
御愛読ありがとうございました。
高嶋 広海.