11章~全てを知ったとき~
意を決したように黙々と歩き続けるハルキと、彼の後を追いかけるように私とアリスが続く。
体育館はこの渡り廊下を行った先だ。
これで、何も無かったら…また振り出しだ。
なーんて。
そんなの真っ平ゴメンだな。
私はふるふると首を振った。
「着きましたよ。」
そう言ってハルキが立ち止まったのを見て私もアリスもゆっくりと足を止めた。
…なんて不気味なんだ。
嫌な予感しか、しない。
体育館の扉は閉ざされたままだが、身震いが起きるほど禍々しい空気が伝わってくる。
明らかに他の場所とは違う。
ハルキも唇を噛みしめ、強い目付きをしながらも微かに震えている。
やっぱり怖いんだな。
平気な顔をしているのはアリスだけだ。
ホントに図太いっつーか無神経っつーか…。
まぁ、彼女のそういう所に勇気づけられてきたんだけど。
私はふっとため息をついて、扉の前で戸惑いの表情を浮かべるハルキの前にはばかり自分が持ってた殺虫剤のスプレー缶とライターを渡した。
「これは君が持ってな。そんなボロ傘より役に立つから。」
私の言葉を聞きながらハルキは不思議な顔をしつつも、恐る恐るそれらを受け取った。
最悪、この子達だけでも助かればいい…。
私は体育館の扉の方に向き直り手をかけた。
「開けるよ。」
誰の返事も聞かずに私は扉を開け放った。
そこには…真っ黒に焼け焦げた体育館の真ん中にセーラー服を来た少女が立っており、スポットライトが1つ、そんな彼女を寂しげに照らしていた。
こちらを見ている彼女の姿は明らかに異質だった。
顔の左半分は焼き爛れ、制服はススで黒く汚れ、その制服から伸びる足や手首の肉は黒く干からびており、足首に至っては骨が見えている。
思わず顔をしかめてしまう。
あの子が鵲真由美ちゃんか。
「つ…つかささん…。」
ハルキが眉間にしわをよせながら私の名を呟く。
私も唇を噛みしめながら勇気づけるように彼の肩を叩く。
そして、私達はゆっくりと少女へと歩み寄った。
すると少女は今まで閉ざしていた口をおもむろに開いた。
「…よくここがわかったね。その様子だとまぐれでたどり着いたわけではなさそうだわ。」
あの喋り方だ。
あの教室のスピーカーから聞こえてきた感情の無い無機質な声。
私達は歩みを止めた。
そして恐怖をおさえながら彼女に話しかけた。
「キミは鵲真由美ちゃんだね…。」
すると少女は驚いたように目を見開いた。
しかし再び口を開く様子はないみたいだったので私は言葉を続ける。
「16年前の体育館火災で唯一、焼け死んだ女生徒だ。」
少女は俯いた。
無言でいる所を見ると、「鵲真由美」で間違いないんだろう。
ハルキも、そう悟ったらしく
「つかささん!早く始末してしまいましょう!こいつは既に何人もの人の命を奪ってるんです!」
と苛立った口調でけしかけようとする。
しかし、私はそれを無視し真由美ちゃんの出方を伺った。
彼女は顔をあげ、憎悪に満ちた目で私達を見つめた。
「熱かった。苦しかった。放送室の扉が開かなくて、私は祈る思いで助けを待った。でも誰も助けてくれなかった。先生達は部活をしていた子は助けていたのに。なぜ私だけとり残されたの。みんな私と一緒に死ぬべきだったのよ。」
彼女は真っ直ぐ私達を睨み付けた。
うう…怖い……身震いがする。
「あんたの苦しみより教えて欲しいことがあるわ。あんたが言ってた生け贄とか、食べるとかってのは何なの?」
無表情のアリスが口を開く。
「アナタ達の魂を食べる事で私の焼け焦げたカラダが綺麗に再生する。学校自体に意志があり、校内を徘徊する子達は私が作り出したペット。全てが私のカラダに繋がるわ。焼け焦げた私のカラダもこんなに綺麗になった。元通りまであと少しよ。」
淡々と答える少女にアリスはふんと鼻を鳴らした。
不服そうというか釈然としない、と言いたげだ。
それにしても、ひどい話だと思う。
火災に出くわし生徒を避難させていた先生達も戸惑っていたのかもしれないが、たった一人の生徒を見殺しにしてしまった。
夢も希望もあったはずの女子中学生を。
自分だけとり残されたという怒りや悲しみ、憎しみが彼女を化け物に変えてしまい、恐ろしい殺人鬼と化してしまった。
可哀想過ぎる。
彼女を救える方法があるなら…。
「哀れね。せっかく元に戻りつつあった体はまたボロボロに焼ける事になりそうよ。」
そう言いながら、にっと笑ってアリスがライターと殺虫剤を構える。
少女を焼くつもりだ。
ダメだ、恐らくそんなんじゃ少女は死なない。
「待ってアリス!」
私はアリスの手を引っ張りあげた。
彼女はいたっと呻いた後、信じられないといった顔をして私を睨んだ。
それに対して私は首を振って返す。
そして少女の方に向き直ると彼女の方に足を進めた。
「つかさサン…?」
アリスの訝しげな声が後ろから聞こえる。
私は構わず歩き続ける。
「つかささん!武器も持ってないのに何するつもりなんですか!」
ハルキの怒鳴り声が響く。
私は彼らの声を無視したまま少女に近寄る。
少女は私を無表情で見据えている。
真由美ちゃん…。
なんでこんな事になっちゃったんだろうね。
邪悪な色に染まってしまったあなたを殺せるとしたら…私はこんな方法しか思いつかない。
私は彼女の傍まで寄ると足を止め、真っ直ぐ目を見つめた。
間近で見る彼女は上目遣いで私を見つめている。
私は彼女に両手をのばし、そのまま彼女を抱き締めた。
出来るだけ強く。
温度の無い、堅い感触が伝わる。
焼け焦げた体の匂いが鼻腔をつく。
でも、ためらいは無かった。
「助けだすのが、遅くなってゴメンね真由美ちゃん。ずっとずっと、独りにさせてしまってゴメンね。」
彼女を抱き締めながら私は呟く。
仮にも化け物と化した死体を抱き締めるのは、正直怖いと思ったんだ。
でも、それ以上に真由美ちゃんの気持ちを考えたら、とても苦しくて切なくなってたまらなかった。
「真由美ちゃんは何も悪くないのに。どうしてこんな目に遭わなきゃいけなかったんだろうね…。」
感極まって私の目からは涙が零れていた。
その時、私の背中にも何かの感触を感じた。
背中をするりするりと這うようにしながら真ん中まで移動したそれはぴたと動きを止めると、きゅっと締め付けた。
真由美ちゃんが抱き締め返してきたんだ。
「辛かった…。ここに来た誰もが私の悲しさも淋しさもわかってくれなかった。私だって、もっと生きたかった!やりたい事いっぱいあったのに、誰も私を慰めてくれなかった!」
私の胸の中でそう叫ぶ真由美ちゃんの声は先ほどの無機質な声ではなく、感情の込められた女の子の泣き声に戻っていた。
そうだよね、こんな話ってないよね…。
「私だって最初から人殺しなんてしたくなかった!でも皆、私の姿を見て怯えるだけ…そんな姿を見て私は憎しみを覚えた。だから私は化け物になってやった。私の気持ちも伝わらないのなら自分自身の為に彼らの命を奪うしか無かった!」
そう真由美ちゃんが泣き叫ぶ声は私の心の奥にも届き、とめどなく涙を溢れさせた。
もう真由美ちゃんは充分苦しんだと思う。
終わりにしてあげたい。
「真由美ちゃん。今まであなたが1人で苦しんだぶん、私も一緒にいてあげるから…。」
そう言って私は強く強く抱き締めた。
同時に真由美ちゃんから伝わる力も強くなる。
「ありがとう…。」
真由美ちゃんが涙声で呟くのをしっかりと耳にした。
次の瞬間、辺りが白くまばゆい光に覆われた。
眩しい!
闇にすっかり慣れてしまった私の目には痛いくらいの強い光だった。
ぎゅっと目をつぶっても瞼越しに光が伝わってくる。
なんだ…何が起きたんだ…。
白い光に包まれながら次第に意識も遠くなっていった…。
ああ、そうか…。
私は彼女と一緒になるのか…。
体の感覚が、無くなっていく…。