10章~泥中~
職員室に着いた私達は、慎重に中を調べて回った。
私とハルキは学校や生徒の資料等を、アリスは殺虫剤の在処を探して。
職員室にあった非常用懐中電灯で照らしながら大量の資料を調べていく。
根気のいる事だったが、自分達がどんな場所にいてどういう事でこんな状況を招いたのか知りたかった。
あのスピーカーの少女の居場所に関して手がかりもないしな。
何か得られるものがあれば…。
………そうして、どれくらいの時間が流れただろう。
長く続いた沈黙を破ったのはハルキだった。
「つかささん、これ!」
見ると、彼は首と肩で懐中電灯をはさみ、左手で虫眼鏡を握ったまま、右手で開かれた資料を指差す。
…器用だよなぁ。
どうしたどうしたと呟きながら私は、その資料を覗き込む。
…これは、学校の歴史を綴った本だな。
いつ校舎が出来たとか、全校生徒が何人越えたとか記録されているやつだ。
私はハルキに指差された文章を読み上げた。
「『平成5年10月24日、体育館で火災発生。
出火原因は体育館裏にたむろしていた不良生徒によるタバコの不始末で、特に焼け跡が酷かった。
館内に部活動中の生徒が38名いたものの、速やかに避難を完了し無事であった。
体育館は全焼し後日、瓦礫回収の最中、焼け跡から1人の生徒の遺体が発見される。
体育館二階の放送室にあたる場所で発見された為、避難に遅れたと見られる。
なお、生徒の氏名は鵲真由美。
本校、桜海中学2年の2組であった。』
……ハルキ、まさかこれが手掛かりだと?」
私が訝しげに訊ねるとハルキはこくんと頷いた。
「俺達、この校舎の殆どは調べたんです。勿論、放送室もです。でも、誰も何もありませんでした。きっと育館ですよ!体育館の放送室から少女は語り掛けていたんです。」
ハルキはやや興奮気味でまくし立てる。
確かにハルキの考えは一理あるかもしれない。
火災発生時に救出されなかった少女の怨念が、私達をこんな事態にさせた?
いや、待てよ…。
『アナタ達は生け贄です。』
あの言葉…部活動中の生徒が38名…。
あの教室にいたのは3、40人だと思った…という事はまさか38人いたのか?
となると、最初に私達がいた教室って、もしかして…。
「ハルキ、2年2組は調べたか?」
「調べました。俺達が最初に集められた部屋でした。だから俺はこの資料にピンときたんです。」
私の問いにもハルキははっきりとした口調で答える。
なら、これで答えが出たようなものだ。
体育館に何かあるんだろう。
それは恐らく私達が求めているものに一番近いものかもしれない。
私はハルキの顔を見つめ口を開いた。
「行こう。」
ハルキもゆっくり頷いた。
アリスもいつの間にか、職員室の出口で私達を待っていた。
「答えが出たようね。」
私と目が合うと、にーっと笑って、そんな事を言う。
「まあね。」
私もにっと笑って返した。
そして職員室を出た私達は、見取り図で体育館の位置を確認する。
見取り図はすぐ見つかると思った。
何かあった時、避難経路を把握出来なければいけないから、必ず職員室の近くにあると思ったんだ。
「そんなに遠くないみたいだな。」
体育館の位置を見取り図で確認した私達は、なるべく固まって目的地を目指した。
ここまで来たからには、誰も失いたくない。
ハルキも。アリスも。
…そういえば、逃げ出したセージ君は無事だろうか。
どこかで合流出来ればいいのだけれど…。
そんな事をぼんやり考えながら歩いていた時。
前方に妙なものが見えた。
天井に何かぶらさがっているのだ。
この期に及んでまた化け物か…。
スプレーを握る手に力を込める。
今度はなんだ…。
ジリジリ近付いていく。
次第にその物体の輪郭がはっきりしてきた。
だが妙な事に気付いた。
天井からぶらさがっているそれは全く動かないのだ。
…化け物じゃないのか?
それともこちらの様子を伺っているのか。
警戒しながら、そろそろと近付いていくとやがて、それの正体がわかった。
それを認めるや否や、ハルキが泣きだしそうな顔をして声をもらした。
「うそだろ………セージ…」
信じられない事に天井からぶらさがっていたのはセージ君だった。
腰から下が天井の中に飲み込まれており、両手は床に向かって投げ出されている。
だらしなく開いた口からは血がポタポタと滴り、床に血溜まりを作っている。
見開かれた瞳に生気は感じられず、死んでいるのは一目瞭然だった。
…ひどい。
なんだこれは…。
セージ君も校舎に喰われた、という事なのか?
「う…うぅ…うわあぁぁぁセージぃぃ!!」
悲惨なセージ君の姿にハルキが泣き叫ぶ。
そして…
「ちくしょおぉぉ!よくもセージをやりやがったな!出てこい、この人殺しの化け物!!」
ハルキは傘をメチャクチャに振り回して壁を殴りながら、廊下を走り回った。
あまり丈夫でないビニールの傘は、彼の怒りも悲しみも受けとめ切れず壁にぶつかる度に容易く歪んでいく。
…可哀想に。
端から見てもセージ君とハルキは親しそうだった。
よほどショックだったんだろうと思う。
ハルキは散々、暴れ回ると膝をついて泣き始めた。
…普段なら、こういう人はそっとしておいた方がいいんだろうが、今はそうもいかない。
私は彼の傍に寄り添い、肩を叩いた。
「…行こうか。」
私の言葉を聞いたハルキはしばらくしゃくりあげるのをこらえ、落ち着きを取り戻すと乱暴に涙を拭い、強い目つきで立ち上がった。
「…俺…セージをやった奴を…絶対許しません。」
涙声とは裏腹に勇ましい言葉だ。
そして彼はボロボロに折れた傘を拾いあげると、フラフラと歩き始めた。
私とアリスも顔を見合せ、彼の後を追うように歩きだした。