第8話 疑似家族?
声に出して伝えたら問い詰められそうな気もするので、心の中に秘めておく。しかし、同じ家に住むのなら何が起こるか分からない。ただの理想なんてすぐに崩れてしまうのだから。
「歌代なら、逆に興味ありそうなイメージだったけどな」
「そう?まぁ、陽気とかって言われるし、イメージだとそうかもね」
「恋に興味ないって、それはそれで関わりやすくていい」
「五百雀くんも興味ないの?」
「いいや。興味あるよ。けど、歌代が興味ないって思ってるなら、気にすることもないかなって。そんなに意識することはないけど」
男女、知らない人同士の家族のような生活。その上思春期であり、気にすることは多い。少しでも減ってくれるのなら、それに越したことはない。だからこれからも歌代のことを知って、気兼ねなく暮らせるように尽力はしたい。
「ふーん。だったら私が急に抱きしめたりしたらどう?」
「それはその瞬間に好きになる」
「ほう。試していい?」
対となる椅子から飛ぶように出ると、俺の隣へ走ってくる。
「止めろ止めろ!抱きつかれるのは嬉しいけど、好きになったら生活しづらい」
手で抑止し、一旦状況を整理する。時間の止まったかのような静寂は、夜に響く車の音とテレビでしか惑わせない。
「いいじゃん!好かれてる気持ち味わいながら暮らしたいの!」
「無理無理!楽しくないぞ?気を使うだろうし、面倒も増えるし」
「だったら、そうならないよう抵抗する五百雀くんを見て楽しんで暮らすから、どの道抱きつくよ!」
俺の言うことなんて聞かず、好き勝手追いかける。家の中だと、どれだけ長距離短距離に自信があっても、掴まれるのは時間の問題。必死に逃げ回り、俺はソファを隔てて会話を続ける。
「落ち着けって!気まずくなるの嫌じゃないのか?」
「全然!こうやって追いかけ回してる時点で、気まずい関係になることはないよ!」
寿司の影響か、テンションが高いのは意味が分からない。家でもこんなに暴れまわるのなら、もしかして一人暮らししろって追い出されたんじゃないだろうか。そんなことが過る。
しかし、確かに気まずい関係になるとは考えにくい。実際今、そんな雰囲気にはならないし、むしろこの状況を楽しんでいる。ここからどうやって雰囲気を悪くしろと言うのか。
「一旦抱きつく考えはなくしてくれないか?」
「なんで?せっかく同じ屋根の下、一緒に暮らすんだから、スキンシップは大切でしょ?」
「スキンシップまではいらないだろ」
「家族ならスキンシップありでしょ?」
「いつから家族になったんだよ」
「疑似家族!それならスキンシップとってもおかしくないよ」
「めちゃくちゃ理論やめろよ」
止まらない猛獣の猛攻。普通なら男が襲う立場なのに、逆転している。これが貞操観念逆転というやつか?よく分からないけど、それよりもこの状況がよく分からない。
左から来ようとすれば右に、右から来ようとすれば左に逃げる俺。無限に続くそのやり取りで、なんとか説得を続ける。
「取り敢えず、抱きついたら初ハグが俺になるんだぞ!」
「別に良いよ。好きな人にハグした時は、好きな人って新しい区別出来るから」
「区別するなよ」
「良いでしょ?私と仲良くなって、疑似家族とか疑似恋人になれば、家中でもラブラブ出来るんだから」
「確かにメリットしかない。けど、そうなったら俺が困る。恋愛興味ない人に恋するのは嫌だし、暮らしにくくなるのは避けたいんだよ」
そう。これは歌代が俺を好きならば可能とする話。歌代が好きでないならば、俺は傷つくだろうし、傷つけ続けて罪悪感を感じるのは歌代だ。だからどちらともにメリットはあっても、デメリットは少なくて大きい。
「んー、そっか。私が好きになればいいって事?」
「……は?まさかそこまでするのか?」
「でも、好きにならない可能性は低いよね。同じ家に住むんだし。それに五百雀くんは、顔も性格も良い。なら、ありかも」
「……やめといた方がいいぞ。人の悪いとこは、一緒に暮らしてると嫌ってほど見る。だから、今からその決断はいけない」
アルコールでも摂取したのか、初めて話すが、元からこんな暴れるような人ではないと知っている。血迷ったように求めてくるのに、何かしらの意味があるのかだろうか。全く答えに辿り着けない。
「まぁ、恋愛には興味ないしね。好きになったらなったで、その時はその時かな?」
逃さない目つきから、諦めたと、節電モードに切り替わるように落ち着く。一瞬の変化だからこそ、二重人格なのではないかと、俺の中で疑う。
「はぁぁ。そうだな。好きになるのは時間の問題かもしれないけど、それまで楽しく普通の暮らしをしたい。スキンシップは何も感じなくなったら好きにしていいから」
「その時は言ってね。そうしないと五百雀くんで遊べないから」
「……遊ばれないよう善処する」
ため息を溢して、ゆっくりとソファに座る。無駄に疲れた無意味な追いかけ。こんな気分は小学生以来だ。なんて思っていると。
「隙ありぃ!!」
「うわっ!」
キッチンに近い方に座っていた俺に、キッチン側から倒れ込むように抱きついてくる。てっきり寿司を食べたあとを片付けるのかと思ったが、そんなことはなかったらしい。
相変わらず雨とテレビは騒がしい。そして、体の上に乗る謎の美少女も騒がしい。
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