第6話 空腹の時間
ササッと今日の体の汚れを洗い流し、歌代とあまり変わらない毛量をドライヤーで乾かす。入浴は好きではない。夏や冬になれば、特にそれは関じる。服を脱いだりも出来ないこの関係。夏が1番大変だと思って俺はリビングのソファへ向かった。
テレビはつけっぱなしで、ソファの変わらない位置でスマホを触っている歌代。長過ぎる細い足は折りたたまれていて、触れたい欲を掻き立てた。が、すぐに気にしなくなる。
「おかえりー」
「ただいま。てっきり部屋に入ってるかと思ってたんだけど」
「タンス入れてそのまま籠ろうかと思ったけど、せっかくだしソファに居ようかなって」
言われ部屋前に視線を移すと、そこに歌代のタンスはなかった。力持ちではあるのだと感心しながら、残された俺のタンスを少し眺めて視線はテレビに向いた。
「ご苦労さま。何か読み聞かせでもしてくれるのか?」
「残念。私は中学の頃、読み聞かせで子供を泣かせたことがあるのです。なので読み聞かせは無理だよ」
「マジで?それ、子供が急に泣いたんじゃなくて?」
「そうかなって思ったんだけど、その時読んでたのが怪談話でね、十中八九私のせいだと思ったよ」
「……それはフォロー出来ないな」
確信犯だ。怪談話は大人でも嫌う人は多くいる。なのに精神の安定しない、信じやすい子供に対して怪談話は、ダメージが大きすぎる。意図的に選んだのなら、多分歌代は生粋のドSだ。
「結構子供好きかなって思ったんだけど」
「何歳に対しての読み聞かせ?」
「幼稚園児」
「全然ダメじゃん。そりゃ泣くって」
懐かしい。俺も昔、テレビで放送していた恐怖映像を見て、その夜泣き続けたのを思い出す。今では作り物とか思ってしまうけど、それでも当時はビビリまくって親を困らせたのはいい思い出。
「五百雀くんも泣くなら無理かな」
「いや、泣かないけど。違うなら何を話す?何も包み隠すことなく答えるけど」
「そこまでは大丈夫だよ。プライベートを覗くのは罪悪感あるし。だから誰もが気になることを聞こうじゃないか!」
「ほう」
「ぶっちゃけどう?私と暮らすのって」
どストレートな質問だ。俺ばかり、その質問を聞いていたから気になったのだろう。やはり同じ家に住む者同士、関係は良好でありたい。その気持ちがよく伝わる質問だ。
「結構悩みはある。異性だし、美少女だろ?困ることしかないんだよな。でも、不満はない。気になることも、多分歌代からすれば杞憂ばかりで、デメリットは今の所発生してないから、良いと思う」
部屋も分けられてるし、洗濯もお風呂も別々。意識することなんて何もない。隠れた性癖でもなければ、俺に問題はない。
「そっか。良かった。お互い良い関係を築けそうで何よりだよ」
「こちらこそ。宝くじより大当たり引いた気がする」
「私にそんな価値はないよ」
「ここに来るまでの成り行きの確率の話だ。美少女と同じ家で暮らすことじゃないぞ」
「……恥ずかしくて埋まりたい」
「嘘嘘。全然歌代のこと言ってた。学校でも人気者の歌代と同じ家とか、最高以外表せない」
これで歌代は自分の容姿を知る人だと確定した。あざといのも好かれるのかもしれないが、豪快に「私?うん。美少女だよ」と言ってくれる方が関わりやすい。そういう人は、我を貫いていて、自分を可愛いと思わない人はそれでいいと放置する。人によって変わるが、俺はそういう人をカッコいいと思う。誰にも迷惑をかけず、好きに生きる。羨ましいものだ。
「でも、ちょっとは謙遜するんだな」
「オラオラにはなりたくないからね。初対面の人には謙遜するけど、仲良くなったり、気にしない人には素でいる」
「イメージとは違うけど、明るくて陽気な裏に、クールなとこあって無敵だな」
「どーも」
「口角上がってんぞ」
「素直だから」
隠そうとしていたようだが、それは意味を成さなかった。言われて頬を緩めるのは、可愛いに沿って癒やし効果が得られる。
素直な人が隠そうとするかよ。
思って俺も笑いそうになる。万病に効く笑顔とは歌代のこと。これから病気に罹ったらその時は笑顔で看病を頼もう。そう思っていると、思い出したかのように歌代は言う。
「そうそう。私たちのことは言っても良いからね」
「えぇ、それは俺が羨望の眼差しに刺される。せめて、友だちとかだけにしよう」
「なるほどね。刺されて疲弊した五百雀くんを見るのも面白そうだけど、そうしようか」
「助かる」
俺だって自慢はしたい。けど、問題だって多い。人気者と同じ家とかなら、変な噂を立てられたりするかもしれない。そうなれば歌代に迷惑がかかる。だから最低限、信頼出来る友だちだけに知らせる。
「っとここで問題です。今何時でしょう」
「はい!18時56分ー」
スマホのロック画面を見せて、確実だとドヤ顔される。
「正解でーす。もう実家では御飯の時間でした。そしてお腹も空いてます。さて、そんな時、今は食材もありません。どうしましょう」
「ピンポン!」
「はい、歌代さん」
「デリバリーで頼みましょう!」
「模範解答でーす」
茶番劇も、陽キャの頂点とすることで、一層楽しくなる。こんなにも面白く乗っかって来られると、それだけて満足してお腹を抱えて笑ってしまう。
「では、何を頼みますか?」
「ここはお寿司にしましょう!」
「了解です」
こうして、なんやかんやあって1日目の晩御飯へ辿り着いた。寿司なんていつぶりだろう。そんな思い出せないほど過去の味を、俺は思い出そうとスマホを触った。
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