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第42話 睡魔




 言われて出会った日のことを思い出す。恋愛に興味がないという話をしていたのだが、今聞いて物欲もない。欲という欲が、歌代にはそう高くないのかもしれない。


 「その割には、噛むことは要求するんだな」


 「だから、その他の欲求が少ないんだと思う。まぁ、それらしいこと言ってるだけで、確かなことは知らないけどね」


 だとしても正解な気もする。現にストレスなく生活出来てるだろうし、それ以外で求めることはほとんどないから。今日の料理関係については、その例外だが。


 「いつか俺が、噛まれることを好んだりしたら、その時は責任取れよ?」


 「何?結婚しろってこと?」


 「なわけ。治すまで付き添ってもらうだけだ」


 噛む癖と、噛まれる……癖?


 もしそうなったら、俺は治したいと思うのだが、歌代はどうなのか不明。生きやすいように、好きにするのが歌代だ。放置でも自立してくれると言ったように、任せても大丈夫だろう。


 「共依存ってやつ?」


 「に、ならないように気をつけるけどな」


 お互い自立出来るだけの力は持っている。精神面も、人との関わり方に確立した考えを持つため、気に病むことはそんなにないだろう。


 「面白そう。このまま五百雀をいじり続ければ、私に依存してくれるかもしれないんでしょ?」


 「いや、依存しない。好きになっても、依存ってはいかないと思うけどな」


 「ふふっ。だったら勝負だよね。頑張ろーっと」


 「別に依存しても、歌代が嫌じゃないなら、俺も嫌じゃない。だから負けても勝ったみたいなもんだろ」


 嫌がらないの定義は、親友として依存する俺を適当にあしらうことが最低だが、きっと歌代なら簡単にあしらってくれるだろう。ドM発言だが、あながち間違いでもないはず。


 「五百雀には噛まれてもらってるし、嫌とは思わないよ」


 「ありがたいです」


 ならば、依存も悪くはない。まぁ、しないけど。


 「そういうことで、今日から妹な?」


 「何がそういうことになって妹に?」


 「誕生日聞いただろ?妹か姉になるか、疑似家族を望むなら、歌代は今、妹になったぞ」


 「なるほど?」


 納得も理解もしてないようだが、押し切って妹ということにする。そう思えば、少なくとも恋愛感情を抱きにくくなるだろうから。


 「なら、可愛がるのが兄の役目だね」


 ドスッと、風呂上がりまだ熱を含んだ体に抱きつく。触れることは何度目か、忘れるほど接触しているので、抵抗する気もない。


 「放置するのも、兄の自由だな」


 「何しても怒らないでね?」


 「悪化したら拘束するつもりです」


 「基準は?」


 「気分」


 とはいえ、歌代も抱きつく以上を求めない。寂しがり屋の片鱗として受け取るならば、可愛いものだ。特に今は、帰宅時点よりも何倍もおとなしくなっている。疲れに疲れることを、連発して楽しんだからだろう。


 思ったよりも疲れているようで、右肩からズルリと脱力して落ちると、膝上に頭を載せた。


 「もう暴れる力は残ってないです……」


 眠気に襲われたことを、言葉で伝える。ふにゃふにゃと、力なき声音は、普段の人から好かれる歌代と相違ない。


 「なら部屋に戻って爆睡しろよ」


 「部屋に戻る力もありません」


 「運ぼうか?」


 「ありだけど、ここから動きたくないです」


 「怠惰の権化め」


 いつもならバタバタさせる足も、落ち着かない口も、珍しく止まっている。それほど疲れたのだろう。一気に押し寄せてきたタイミングも中々遅かったが、体力のある歌代でさえ、今日は楽しくハードな日なのだろう。


 「ふぁぁ、五百雀みたいな欠伸でる」


 「歌代のせいで眠くなるだろ」


 仰向けでも、少ししか浮かび上がらない『思わせぶりはくしゃみだけにしてよ』に視線は向かず、俺自身、眠気が来ているのを感じていた。


 抵抗はしない。その方が楽だし、何よりも幸せだったから。


 「寝ようぜぇ」


 「寝たら変な時間に起きそう」


 「大丈夫。今から眠いってことは、それだけ疲れてるってことだし、早くても5時起きだと思うよ」


 「だとしても、18時に寝るのは勿体ないよな」


 「まっ、今日くらいは良いんじゃない?」


 聞き慣れた、今日くらいは。料理もしないし、洗濯、掃除も「今日はする」と何度聞いたことか。これが毎日とは思わないが、多分これから二桁を超す回数は言うだろう。


 「甘えるか」


 「明日からまた学校だしね。ドキドキハラハラの学校生活楽しもうぜーい」


 ただ声を出してるだけで、棒読み以下の感情も意味も込められてない声。それが更に睡魔を誘う。座って寝るのは久しぶりのことでも、そんなに悪くはない。


 「おやすみー。途中で動きたくなったら迷わず起こすんだよ?」


 「はいよ」


 風呂上がりはどうしても眠くなる。心地良い雰囲気と、体温の関係上それは仕方ない。しかしそれに加えて美少女と同じ空間で話すと、より強く誘われる。


 右膝は動かせない。でも、軽いから苦しくない。もういいかな、と、寝顔を見られることを危惧していた俺は、電気を消した。カーテンの隙間から、俺たちを覗こうと頑張る陽光たちも見ず知らず、ゆっくり瞼を閉じる。


 膝上で寝る歌代。それを許して、幸せにウトウトする俺。きっと今の俺たちを客観的に見るのならば、間違いなく、仲の良い兄と妹に見えるだろう。これが俺たちであり、俺たちなりの、同棲の仕方なのだ。

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