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第39話 変人




 「……確かに!でもさ、少し水滴付いてるとエロくない?その感想もないの?」


 「ただムカつく可愛さなだけだし、何よりも前置きで呆れてたから、地蔵になってる今、エロにドキドキしないんだよ」


 幻滅、失望と言えば正解かもしれない。内心では、そこに全裸で居てくれることを、本能的に願っていたからこそ、いっそ吹っ切れてしまったことも否定は出来ない。


 「ホント、疲れるわ。わざわざ水着着てから出てくるなよ」


 「えへへー、暇人なので楽しいことを求めちゃうんです」


 「それは風呂上がりに楽しんでくれ。今はさっさと風呂入れ」


 「はーい。言われなくても入ってやるよーだ」


 子供だ。親の気持ちなんて知る由もないが、歌代の好き勝手暴れる姿を見ていると、同い年とは思えなくて、妹との日常のような感覚に浸れてしまう。


 嫌がらせなのか、若干濡れた髪をブルブルッと振ることで、水滴を落として、更に舌を出して戻っていった。


 「妹……か」


 騒がしくても嫌いにならない、関わりやすい我儘な妹。俺はそれを欲しいと思ってしまった。一人っ子であり、現在親とも離れて暮らしていることも関係して、身近な人の温かみに触れたいと、そう強く思ってしまったのだ。


 ホームシックではなく、単に、そんな妹が欲しい、そう思うだけ。ストレスとは無縁で、買い物に出かけるだけで楽しく疲れる。好きなことしても気を使わない、気まずくならないそんな関係に、理想を描いたような関係に、憧憬した。


 しばらくそんな感傷的な考えに浸ると、ため息を1つ吐き、目の前の床に散りばめられた水滴を、一滴残らず拭き取る。迷惑をかけない人、というのは既に出会ったその日に消えている。


 拭き終えると、俺のすることは風呂に入るだけ。振り向き、布巾を戻そうとすると、立てた包丁に映る俺の顔が、少しばかり幸せそうに見えた。


 それから暫時、ソファで欠伸をしながらも、リビングの扉が開かれる音を耳にした俺は、振り向くことなく、手に持ったカフェオレを口に運び嚥下、そして言う。


 「おかえり」


 「うぃー、いまただ」


 戦国武将にいそうな名で返事が来たことよりも、歌代特有の、「うぃ」という「はい」「うん」の代名詞のような使い方が、頭の中に残る。気づいたのは2日前。「はい」「うん」よりも、最近増えた「うぃ」は、楽なんだと、その方が自分にとって接しやすい言葉遣いなのだと、素直に嬉しい気持ちになる。


 「次どぞー」


 言われて俺も、「うぃー」と答えてやろうかと、歌代を見る。


 「う……お前それ……」


 しかし俺は言わなかった。目に入る情報が、あまりにも興味をそそったから。


 「あっ、やっと見た?」


 冷蔵庫に手を伸ばして、その感想を待ってたのだと、高くなった声で、嬉々としていた。


 「これ、良いでしょ?私の好きなTシャツー」


 腹部に『思わせぶりはくしゃみだけにしてよ』という言葉と共に、失恋なのだろう、ハートが真っ二つに割れ、涙マークが添えられている。所謂おもしろTシャツというのを着ていた。


 見せつけるように、肩の布を掴んで上下に揺する。同時に俺は、その言葉の意味に、何故か深く共感していた。


 くしゃみって、確かに思わせぶりあるもんな……。


 「欲しいと思ったのは否定しない。内容も面白いし」


 「私とセットで?」


 「それはない」


 即否定しても、ずっと妹が……妹が……と考えていた俺に、その質問は動悸を速くするだけでしかなかった。


 「普通なら、男子みんなセットに喜ぶのに」


 「いや、喜びはするけど、こんなアホを見せられて構われると、今後の日常に支障を来すことを考えるんだよ。だから欲しくはない」


 「人生で初めて振られた気分」


 「名誉だな」


 告白はしたことないだろうし、これまで誰かと付き合ったことも耳にしたことはない。全てを断り、自分の好みを見つけていない。意外と恋愛下手なのか、それとも本当に興味がないのか。どっちにしろ、俺には興味あるけれど。


 「ちなみに、告白された回数って聞いても良い?」


 「47?かな?女子が3人に男子が44人。女子の数は正確でも、男子はそんなに確かじゃないよ。多分44だと思うけど」


 「全員本気?」


 「うん」


 「……歌代に振られるのって、悲しいけど、正解っても思うわ」


 「おっと?それはどういうことかな?」


 ちょうど冷蔵庫から飲み物を取り出し、ソファに座ろうと俺の後ろを通って、右側に移動していたタイミング。言い返した俺の言葉に対して不快だと、顔の真横に歌代の顔が来て、殺意を込めた勢いで耳元に囁かれた。


 「だってそうだろ。我儘で変人で、煽りは大好きで、常に怠惰で。ここのどこに自立の欠片が見えるんだよ」


 一種の介護でもある。


 すぐに横から顔を動かすと、面倒なのか、鍛えられた体幹を信じてスラッと長い足を、ソファの背もたれから伸ばして跨ぐ。もちろん飲み物は落ちる気配もない。


 「自立は五百雀が居ることで妨げられてます。なーんて、言えるほど私は酷い女じゃないけど、自立はするよ。料理も掃除も、家事もほとんどするし。けど今は少し甘える期間にしてるの。五百雀には迷惑だけどね」


 「甘える期間?」


 「そう。私って実は寂しがり屋だから」


 「マジ?だから毎回カマチョしてるのか」


 「そういうことになるー」


 「それ聞いたら、変人とか言ったの取り消したくなるから取り消す。悪かったな」


 「別にー。変人なのは認めてますしー」

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