第38話 狂ってる
時は進み、残り一皿を洗剤で洗い終える寸前の俺は、ソファに座る歌代に言う。
「風呂入らないのか?」
「そっか、さっき入ったから忘れてたよ」
食べ終わってからすぐ、横になることは絶対にない歌代。背もたれに体重を預けて、その姿勢をキープしたまま俺に頭だけ向けて答えた。
「それじゃ、入ってくるから、覗きに来たりしないでね」
「はいはい」
良いのかと聞き返さないのは、それが野暮なことだと分かっているからだ。慣れたわけではないが、罪悪感なしに生活してくれているのは、とても助かる。
部屋に入って10秒で出てくるので、おそらく寝巻きは用意しているのだと、実はしっかりしている部分もあると勝手に思う。
学年1位だし、普通か。
とはいえ2度目であるため、明日の寝巻きか、タンスの中に纏めて置いていたのを取ったのだろう。もしかしたら、外に出ることを考えて、全てここまで手のひらの上だったり。秀才ならありえると思う俺の、これまでの有様を思い出す。
考えてると、皿洗いを無意識に終わらせ、いつの間にか手持ち無沙汰となっていた。歌代のことに振り回されすぎて、家の中では常に頭のどこかに歌代が住んでいる。だから最近、ふと考えることが増えた。歌代歌代歌代、と。
やべっ。変態に近づいてるわ。
内心では、変態になることに抵抗があるものの、それを免れられないのは、受け入れるべきかとも思い始めている。
することもなくなった俺は、両手を拭くと、椅子に座ろうかと背伸びをして動き出す。その瞬間、歌代が向かった風呂場から、ガラガラっと音が。
「上がったのか?」
1度目で全身綺麗サッパリ洗い終えただろうし、シャワーで軽く洗っただけだとしても、1分程度なのは早すぎた。それに、体を拭いているなら足音は聞こえないはず。なのに今しっかりと、こちらへ近づく音が聞こえている。
「歌代、俺いるからな!」
咄嗟に声を大にした。もしかしたら、先程の眼鏡を掛けて、だらしなく生活する歌代のように、俺のことを忘れて全裸で出てくると思ったから。
「知ってるー」
間延びした声が返ってくる。ホッと胸を撫で下ろすが、それでは何故こちらへ向かうのか理解出来ない。一応何用かと待つ。するとすぐに、リビングへ続く扉が開いた。
「うぃ!忘れものしたから戻って来たー」
「おまっ――」
思わず見てはいけないと、首から上を刹那動かした。
バスタオルだけを体に巻きつけて、髪は濡れている。足は制服並みに露出しているし、腕は制服なんか比ではなく全て露出している。そんな姿を見れるわけもなかった。
「あらら?そんなに私の体に反応しちゃうのかー」
部屋に向かいながらも、その姿を見るために忘れものをしたと言わんばかりに煽る。しかし、俺の耳に鮮明には届かない。
「ふふっ。楽しい楽しい!」
ガチャと開けて、扉を閉めることなく「あったあった」と出てくる。手に持つのは――何もない。何かを取った様子でも、何も取ってない。やはりそういうことだろう。
「ふんふふーん」
鼻歌を歌い、満足げに俺を無視して戻ろうとする。呆れて何も言えず、ため息だけを溢して俺も無視した。しかしそれで終わる歌代でなかったと、俺は忘れていた。
「――あっ!」
「ん?――はっ!!?」
下を見ていた俺は、事件性を匂わせる声に、反射的に見てしまった。するとそこには、タオルが床に落ちていた。つまり全裸となった歌代がそこに居るのだと、下から上へ向かう視点操作から判断した俺は、全てを見る前に再び強く視線を逸らした。
「あはははっ!最高の反応見れたぁ!」
「お、お前な!それはヤバいって!」
カァァっと熱くなる頬に、両手をぴったりとくっつける。
「何がヤバいのかな?」
「何がって……とにかくタオル巻けよ!」
「今からお風呂なんだし、別に良いでしょ」
「なら今すぐ風呂に行け。そこに立たれると困るから!」
足音が近づく。俺の言うことを聞く気はないのだと、常に幸せと楽しみを求め、渇望する歌代の性格を思い出して頭を抱える。背後に近づき、足音は止まる。
「五百雀ぅ、何がそんなに気になるのぉ?」
「お前が全裸になってることだよ!」
それ以外に何があるだろうか。
「全裸?それは何を見てそう思うの?」
「見てないけど、絶対にそうだろ!」
「んー、それは見てみないと分からないんじゃない?」
言われてふと、何故歌代はこうもグイグイ攻めてくるのか、それが頭の中では大量の【?】を作った。見られて嬉しいという性癖持ちでもないだろうし、一体……。
だから俺は、一瞬にして冷静になった。「見てみないと分からない」という言葉を、信じてやろうと思ったのだ。だからムッツリ感を出して、ゆっくり振り向いて中指と人差し指の間から歌代を覗く。
「やっと見たね。ででーん!水着でしたぁ!」
してその瞬間、俺は安堵と共に、普通へと戻った。
「……あっそう。水着かよ」
「あれ?なんか反応薄くない?」
「別に?可愛くて似合ってるし、スタイルもムカつくくらい良いと思ってる」
「それにしては、言葉とテンションが違うようですけど?」
「当たり前だろ。いつもの寝巻きと大差ないからな」
いっっっつも、家にいる時の歌代は腕も足も露出が激しかった。ショートパンツに、へそ出しの寝巻きのため、見慣れた俺に、藍色のクロスホルダービキニなんて、欲にすら触れなかった。
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