第35話 まさかの
確かに聞いた。「チョコパイは買ってない」と。ふふっと笑う姿に可愛いとか、好みだとか、癒やされるとか思わされることはない。今はただ、何故分かったのか、それだけが頭の中を巡った。
「その表情、なんで分かったの?って言ってるよ?」
「……そりゃ、言うだろ。伝えてもないし、声にも出してない。なのに歌代は正解を口にしたんだから」
カマをかけられてる、なんてことは皆無だ。歌代の瞳は、確信をしていたから。
「おー、正解はチョコパイだったんだね。買ってきてるか探そうよー」
「いや、大丈夫。どうせ買ってるだろうし、今更目で見てまで絶望したくないから」
たったの1週間。何度も言うが、1週間でこんなにも見透かされるとは。秀才で、細かなことすらも覚えるほど記憶力に長けてるのも理解している。それでも、当てずっぽうでないのが気がかりだ。
「それにしても、なんで分かった?」
増えたカゴを持つからと、お菓子や飲み物が詰められた、全くメモになかった商品を手に取り、それに「ありがとう」とニンマリして渡す歌代は言う。
「ホントは正解とは確信してなかったんだよ。同棲始めて2日経過した時にさ、ゴミ箱にチョコパイの袋が捨ててあって、しかもそれが3日続いてたから、もしかして好きなのかなって。それで今聞いたら大正解だったってだけ」
「まじか……」
思い出さなくても、よくチョコパイを食べていたのは知っている。しかも、同棲している相手だってゴミ箱は使うのだから、よく考えればこの勝負に俺の勝ちは薄かった。
結果論なのは結果論だが、まさかそんな小さなとこから緒を見つけられるとは。流石は策士と言うべきか?
「いやー、早く帰りたいね!」
ウッキウキで、「んふふー」と無自覚に溢している。
「これ、私の勝ちだから、もちろん?」
「分かってる。約束は守るからな。噛ませてやる」
「やったぁ!じゃ、勝ちは私ってことで、さっさと帰ろうぜ!」
「はいよ」
約束は果たす。勝負に負けたのだが、歌代との些細なことでの勝負は、正直勝たなくても楽しめるのが醍醐味だと思う。子供から煽られてるようで、ついムカついてしまうが、それを除けば満たされるものは多い。
それから、俺はカゴを持って会計へ。歌代は先に袋に詰める場所で待っている。店員さんの「うっ」という顔を見て、「すみません」と心の中で呟いた。慣れた手付きで商品をレジに通し、合計5610円を支払う。
カゴの上に、レジ袋はなく、昔から愛用している黒の花柄刺繍の入った、母から貰ったエコバッグを置いた。一応歌代の暴走も視野に入れていたので2つ。予想通りで良かった。
「おかえりー」
持ち込むと、数にして40程度の商品を重く運ぶ俺に歌代は優しく言った。「遅い」だの「早くして」だの言われると思っていたが、そこまで酷な人ではなかったっぽい。
「ただいま」
「うわー、面倒だね」
「ほとんど歌代月の買い物な?こんなお菓子、食べるの、いつか飽きそう」
「そのための相棒でしょ?2人ならなんとかなるっしょ!」
「お前なぁ……何でも気合で乗り越えれると思うなよ?」
「大丈夫大丈夫。全責任は五百雀がとるから」
「俺は知らん」
ついさっき、自立がどうとか話したのに、耳すら傾けてなかったらしい。こんな歌代になったのは、もちろん俺が同棲相手として、甘やかしたりしていることも関係している。しかし、そんな中で気になるのが、歌代は一人暮らしを出来るのかというとこだ。
多分家族にも癖の話はしていない。それに、こんなに自由に暮らして、怠惰でアホ。とても一人暮らし出来る器だとは思わない。何かしらの理由があるのか、それとも本気で普通のアホなのか。
同棲が計画済みだとしか思えなくなったぞ……。
「お菓子って適当でも良いよね?」
「どうせ俺そんなに食べないし、歌代の好きなようにどーぞ」
流石にこんな詰め方右も左も分からないようなアホに、食材を任せてはいけない。自分で買ったという理由で、お菓子や炭酸飲料を詰めてもらってるが。
次から次に、しかもなんでか予想外に詰め込む速さは驚愕だった。不器用でアホ、アホでアホなアホが、詰め込む速さだけは正確で速い。日々お菓子の配列だけは鍛えられてるのだろうかと、疑問に思う。
不思議ちゃんかよ。
そんな歌代が詰め込み終わると同時に、俺もタイミングぴったり、終了した。
「ふぅぅ、疲れるー」
「速くね?」
「お菓子と飲み物に関してはプロですから」
「左様ですか」
言ってカゴを出口に置いて、歌代の荷物を持ってあげる。自動ドアから出て、長い長い買い物の時間も終わり。後は帰るだけにになる。しかし。
「ところで五百雀、そっちのエコバッグにチョコパイって入ってる?」
突然、隣並ぶ俺の顔を覗いて問う。
「いや、歌代がお菓子の担当だし、それは歌代にしか分からないだろ」
「いやいや、私のにはなかったから聞いてるんだよ」
次第に俺は不安になる。歌代は――ニヤつき始める。
「……俺のには入ってない」
「へぇー、そうなんだ。私チョコパイ食べたいと思ったんだけどなぁ。まぁ、そもそも私持ってきてないし、仕方ないっか」
「……は?持ってきてないって?」
「ん?そのまんまの意味だよ。私、最初からチョコパイ、持ってきてなかったんだよ」
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