第31話 手のひらの上
入って目指す場所、というか、もう既にその場に足を踏み入れている。言わずもがな野菜コーナーだ。グラタンに何を入れるか、それは特別にはない。平凡なグラタンを、便利なスマホで調べて材料を買うだけだ。
「野菜って意外と種類あるね」
触れはしないものの、近視を疑うほどの距離で、並べられた野菜、特にナスやカボチャ、ピーマンを見て言った。どれもこれも味に関しては美味しいと、個人的には思わない野菜たち。
「意外とって、歌代の脳内の種類がどれだけかは知らないけど、普通だろ」
見るからに野菜コーナーは5分も見ずに、お目当ての品を購入可能だ。それだけ小さくて、回りやすい。人の迷惑になりそうな美少女を抱えてる俺には、ほんの少しだけ良きことだ。
「そう?私も誰かにサプライズで料理を作ってあげる時に、1人で野菜コーナー見回ったらそう思うかな?」
「そう思う暇なく迷って、慌てて、泣き出すのが目に見えてる」
「あははっ。正解言われてる気がするよ」
とは言いつつも、「誰かに料理を作ってあげるため」という言葉に、誰が入るのかと気になって一瞬固まってしまった。しかも、それを見逃してはくれないらしい。
「今、私が誰に作るか考えたでしょ?」
いじわるに、そう思わせるために言ったんだと、覗き込む姿に思わず目を逸らす。条件反射だったから、その行為が肯定を意味していても、恥ずかしくなるのは不可避だった。
「図星ぃー?可愛いとこあるねぇ」
「……うるさい」
「最高に楽しいね。こうして五百雀をボコボコに出来るのは」
「俺は全くだけどな」
スーパーに来てから、多分1番幸せなのは、歌代に見つめられた野菜たちであって、決して俺ではない。常に手のひらの上に居て、それに気づかないで遊ばれる。それを幸福と思えるのならば、今も苦労しないんだが。
クスッと笑って、鼻歌も歌い、歌代は野菜コーナーを見て回る。欲しいものはタマネギなので、探すのに然程時間は要さない。俺は、未だ図星を突かれたことに、不満を持っていた。
「五百雀ー、見つけたでー」
「……はいよ」
シングルタスクの俺は考える時ですら、無意識に足を止める。同時進行が難しいからと、人に当たってしまってはいけないから。だから、手を伸ばして招き猫のように呼ぶ姿に気づいたのも、距離にして5mもないのに遅れた。
「ほれ、これが欲しいんだろう?」
「よく見つけたな」
「でしょー」
時間さえあれば、誰でも見つけれることですら、歌代は褒められると素直に綻びる。つい頭を撫でたくなるが、そんなことをしてはそれこそ手のひらの上かもしれない。
「入れてくれ」
「うん。でも待って、このタマネギさん、私の胸よりデカくね?」
「いや、知らん」
即答だった。いつか聞いた覚えがある。下ネタは嫌いなのかと。そしたら秋人は無理でも、並の下ネタなら大丈夫と、そう解釈可能な返事がきた。
その上で今に至るが、歌代は別に下ネタに対して気にしないタイプ、むしろ好むタイプなのだと、そう解釈させてもらった。
「えぇー?反応薄っ!もっと、『や、止めてよ歌代ちゃーん』なんて言ってくれるのかと思ってたのに」
「残念。もう膝枕とか、ハグとか、近しいことしてるから慣れたんだよ。触れることにも抵抗ないし」
「なるほど?それもそうか」
「アホめ」
「これでも学年1位です」
威張って張る胸は、大きめのタマネギよりも少し小さい。見て狼狽、なんてことはなくて、これが平均なのかと頷いて即目を逸らした。
「取り敢えず、その子だけで足りるだろうし、入れてくれ」
「その子って私?」
「なんでそうなる」
「それしか考えられなかったから」
「学年1位も、やっぱり遠くないわ」
「ふふーん。それはどうでしょうか」
天と地の差があるのは重々承知だ。その上に登ろうとすら、考えたこともない。唯一勝てることも、男女の差が大きく生じる運動面だけ。公平性に重きを置くなら、きっと全てに勝てない。情けなくは思わない。歌代の才能と努力が人並み以上で、もう尊敬の念しかないから。
承諾してから、カゴの中に最初に入ったのはタマネギだ。どうでもよく小さなことだが、俺たちの初の買い物はタマネギということだ。もう少し味のある、色味の濃い商品でも良かったのだが、俺たちらしさを考慮すれば、これくらいで丁度いい。
「他に野菜は?」
常に目の前にいて、後ろや横に並ぶことは一切ない。だから見失うこともないので、保護者としては助かる。
「ないよ。歌代が明日からの料理にこれ使うとか言えば、それ買うけど」
「私が進んで料理をするとでも?」
「いつかは」
「まぁ、流石にそろそろ始めるよ。けど、今日は初めてのスーパーなので、また今度ってことで」
「明日明後日、そう言ってどんどん先延ばしにするなよ?」
「善処するよ」
だといいけど。
歌代が有言実行を可能とする人か否かは、未だ確実に判断は出来ない。それほどの距離感だが、きっと果たしてくれるとは思ってる。自分を貫き、意外と人のことを考える一面もあるから、間違いの線は薄い。
「ほれほれー、次行くぞー」
「はしゃぎすぎて、人に迷惑かけんなよ?」
「大丈夫。常に注意してるから」
走りはしないものの、スキップはする。浮かれる気持ちをスーパーに持つのは、きっと世界で今、歌代月だけだろう。
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