第2話 全ての始まり
「部屋バレっていうか、マンションの前でお別れだから部屋は分からないよ。だから最後まで付き合ってもらおうかな?」
チラッと顔を覗いてくる。行動の1つ1つが可愛くて狼狽してしまう。慣れてもきっと、これは変わらない。
「それでもいいなら全然運ぶぞ」
「やった。ありがとう」
笑顔を返されるなら、それがお返しと思えばお釣りがくる。
それから、俺たちはゆっくりと雨を凌いで向かった。足元が濡れるのは仕方ないとして、歌代はその間、俺の肩を一切濡らすことはなかった。歌代も濡れてなかったし、風向きに全て対応していたのも、非の打ち所がない人らしい。
「もうそろそろかな」
「俺の家も近くだ。近くのマンションに引っ越したって、それはそれで奇跡だよな。こんな多くのマンションが建ち並ぶ中で近所って。もしそうならよろしくな」
「こちらこそ。五百雀くんと仲良くなるのは楽しそうだからね。優しいし」
「照れるから褒めるのはそれまでで」
「意外と照れ屋さんなんだね。いいこと知れたかも」
「いいことなのか……」
人それぞれだとしても、自分の恥ずかしいとこをいいとこだと捉えてもらうのはむず痒い。その人の受け取り方で変わってくるのだが、多分良いように捉える人は皆、性格が良い人なのだろう。まぁ、偏見ではある。
そうやって、どうなのかと、自分の中で答えを出そうとしている時だった。
「五百雀くんストップ。ここだよ」
考え込んでいた俺を、背伸びして耳元で伝える歌代。身長差はあるが、耳元まで来なくても良いんじゃないかと、恥ずかしさから抵抗が生まれる。デメリットはないので、どんどんしてもらいたいという欲は、美少女故に出てくるのだが。
そして止められたマンション。俺は一瞬にして違和感が確信に変わり、即座に驚く。
「……え?ここ?」
「うん。このマンションってお父さんからメッセージきてる」
見上げるマンション。7階建ての1LDKだ。なんで分かるか、それは俺もこのマンションに引っ越すからだ。間取りの確認はとっくに済ませている。そして空き部屋が1つ――202号室だけだとも知っている。
おかしいと思った。方向も距離感も同じで、反対側には渡らないし、迷いなくここに進んでいた。俺の家を下調べしていたわけではないだろう。ならばどういうことか、俺にはさっぱりだった。
「ここって……俺もこのマンションに引っ越すってか引っ越したんだけど?」
多分荷物は届いてるはず。だから引っ越しは完了したも同然だ。
「え?それは嘘でしょ?だってこの部屋、1つしか空き部屋なかったんだよ?」
「だよな?だから驚いてるんだよ。俺の荷物はもう届いてるって連絡来てるし」
「えぇ?どういうこと?」
2人して理解不能になる。流石に歌代も、混乱するほどどういう現状か把握出来てないらしい。
「この際、疑われてるから部屋番号言うけど、いたずらに使うなよ?」
「う、うん。それはもちろん」
正直そんなことはないと知ってる。数多くあるマンションで、ここに立ち止まるなんて奇跡は信じがたい。だから薄々この時から確信していた。
「部屋番号は202なんだけど、どう?」
動悸が激しい。開かれる口に全神経が注がれる。何というのか、同じか否か、俺はその時を何秒も待った感覚に陥った。そして。
「……私も202なんだけど」
「マジで?!そんなことある?ってことは、同じ部屋に引っ越したってこと?」
同じだった。内側から湧き出るように、放とうとした言葉がすっと出た。
「えぇ……私の勘違いかな?」
「どういうことだろうな……」
雨のことなんて忘れるかのようにスマホを触る。俺に雨が当たっても、そんなの知らないと、差すこともなかった。
「……取り敢えず管理会社に連絡しようか。鍵はあるんでしょ?だからエレベーター付近で雨凌ごう」
「そうだな。確認するか」
先に落ち着き、冷静な判断で次の行動を考える。情けないが、助けられるのはありがたい。もしかしたら俺が間違えて、無駄に引っ越し料金払ってたりと、問題を起こしてるかもしれないから。
言われてすぐ、俺たちは早足でマンションの1階へ入った。人は居らず、エレベーターも動く気配はなかった。歌代は電話しながら確認しており、俺はその結果を待っていた。しばらして、エレベーター近くで話していた歌代が戻ってきて言う。
「管理会社に連絡したらね、ここの大家さんが、間違えて2人許可したって言ってるって」
「……ってことは?お互い間違えてはいないってことか?」
「そうなるね。それでここからが重要なんだけど、これから引っ越しし直すのも面倒だろうし、手続きを解消するのも面倒だから、家賃半額で2人で住まないかって」
「……え?俺ら悪くないよな?大家さんの面倒を避けるために住めって?歌代さんと?無理無理。恐れ多いわ」
「……でもさ……家賃半額って魅力的じゃない?」
「まさか……賛成派?」
「いや、そうとは言えないよ。私も事情はあるし。でもさ、良くない?家賃半額を、2人で更に半額にするんだよ?使えるお金が増えるじゃん!」
壺を買わされる人のような雰囲気だ。お金に執着がある人ではないだろうが、学生として欲が出始める今、お金の必要性を感じ始めているのかもしれない。
この目は……危ないな。
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