第28話 これから
映画の方は、只今混乱の真っ只中。だけど、気づけたことと、無理をさせていたことを考えて、別にこの程度見過ごしてもいいと思った。ストレスよりも、いつでも観れる映画を中断する方が何倍も良かった。
もう、映画が終わるまでは大丈夫だろうと、意識は歌代に割くことはない。大混乱で、フレナ視点、母と姉が2人、そして父、フラット、フレナ、がそれぞれ1人の状況に変化する。
ポルターガイストも入ったオカルトホラー。続編があるので、いつか暇な時にもう1度観て続編を観ようと思い、ここからは別に気にすることなく会話する。
というか、そうして、映画中でも遠慮なく関われるようにしたい。
「噛むの、我慢出来なかった?」
突然の質問に、映画中ということもあり、答えていいの?というようなつぶらな瞳で目を合わせる。
「映画はちょこちょこ観るから、そんな気にしないで喋っていいぞ」
「分かった。なら喋る」
「悪いな。縛るつもりはなかったけど、喋りながら観たいタイプとは真逆だから、つい強く言ってしまって」
「ううん。結構我儘聞いてもらってたし、大丈夫」
「これからはホラー映画も、喋りながら観るから、その時は相手してくれ」
「いいの?合わせちゃって」
「そっちの方が楽しいからな。小動物抱えて観るのも、ビクッてなるのも、噛みたくてウズウズするのを見守るのも」
集中して観るのは、映画館だけでいい。ここは家だし、家ならではの楽しみ方が出来る。仲のいい人と、あれこれ考察したり、先を読んだりして、外れて当たって、そんなこと出来たら、結構楽しいのでは?と今更ながらに思う。
「そっか。私も、毎回態勢変えて観ようかな」
「暇な時、ずっとお腹の前に居そうなんだけど」
「多分上下左右が変わるだけだよ。お腹の前は、結構居心地いいから、今のベスポジ」
テレビでは、騒がしい家族が、1人の幽霊か何かに襲われていて、悲鳴と物が崩れる音が鳴り響いているというのに、目の前の美少女は、その真逆の幸せそうな笑顔を見せる。
「もうすぐ終わっちゃうね。もう1時間15分くらい?早いね」
「そうだな。噛まれる間隔も狭まって来た気がする」
「それはそうかも。甘えてるから、少しでも、ほんのちょっと噛みたいと思ったら、衝動なくても噛みたくなるんだよね」
「少しは我慢しろよ」
「ストレス溜まるもん」
「……なら仕方ないか」
人には人の乳酸菌。人には人の限界がある。それには理解があるので、ストレスを溜めさせないためにも、噛まれ続けるしかないか。でも、大学に行ったら、困りごとになるだろうから、今のうちから抑えるのも練習する必要はありそう。
「嘘嘘。ちょっと我慢する。最近、快眠出来てるし、ストレスも感じてない気がするから、我慢は出来ると思う。だから、五百雀も私が苦しそうにしても、甘やかさないでね?」
「分かった」
けど、分かってない。きっと、お願いと上目遣いで、甘えるように懇願されたら、俺は絶対に頷くだろう。だから、これから慣れるべきは、歌代の可愛さだな。最優先だ。
こう約束はしたものの、上手くいくのか心配だ。これから先、何度も衝動に抗うためにも、必要とはいえ、苦しいことには変わりないのだから。性癖を抑えろなんて、中々厳しいだろうに。
俺には特に性癖はないと思うから、共感出来ないのも、心苦しいものがある。
「ってか、よく快眠出来るな」
「ベッドが気持ちいいので」
「引っ越しの違和感とかないのか?慣れないとか寝付けないとか」
実際俺はそう。未だに慣れないのは、歌代にではなくて部屋に、だ。ベッドじゃないし、リビングっていう部屋の感覚もあって、寝られないのは分かる。けど、環境の変化に対応するにしても、俺視点では早すぎるのだ。
「今はもうないって言っても過言じゃないよ」
「マジか。適応力も高いのかよ」
「適応力っていうか、遠慮がないんだと思う。五百雀がなんでも許してくれるから、それに私が甘えてるだけ」
「それでも、ストレスフリーに生活出来るのは、1つの長所だろ」
いうて、我儘なんて思わないし、お互い不慣れな同棲でこれまで良好に関係を築けてこれたのは、他でもない歌代のおかげだ。
「これから迷惑かけたらごめんね。私、好き勝手暴れるだろうから」
「改まって何かと思えば。気にしなくても、そしたら俺も暴れるから、同罪だな」
「ふふっ。そういう優しさも、大当たりの同棲相手だって思うよ」
部屋は暗く、画面の中も真っ暗な世界であるここで、すぐそこに、明るい笑顔がある。物理的に光を照らして、安心感を与えるような明かりではないが、間違いなく、誰もが欲する明かりだった。
大当たりだなんだ、そんなの嬉しいに決まってる。ただ、普通に生きていて、それで大当たりなんて言葉を本音でプレゼントされると、これまでこの性格で良かったと、心底思う。
「こちらこそ、大当たりを超える当たりだな」
「幸せってこと?」
「じゃないとでも?」
「出会った日は、あれだけ避けてたのに、今は幸せって言ってもらえると、少し距離縮まった気がして嬉しいね」
「そうだな」
幸せと言えることが、何よりも嬉しい。噛まれることにも、距離感にも、完全には慣れていないけれど、きっと時間が解決してくれるだろうから、俺はそんなに気負わずに、歌代のように気楽に過ごすのもありなのかもしれないな。
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