第23話 家でも同じ
「はい、一旦おとなしくなろうか」
「結構おとなしくない?この前は、追いかけっこしてたんだよ?」
「あれと比べたらおとなしいけど、胸の上に乗られるのは結構おとなしくない」
肩は触れ合わないが、動けば髪が当たる距離感。慣れても慣れても、首を掠める艶髪は、俺の触覚を刺激する。
「そっか。ならおとなしくなってあげよう」
「疲れるしな」
2年生として初登校。ドッと押し寄せる体の疲れが、どうも体を蝕む。後輩が出来たことよりも、学年が上がったことよりも、やはり隣のショートカット美少女が、理由だ。そんな歌代は、心配そうに。
「やっぱり見ると、噛み跡って残るんだね。全然消えないよ」
ジロッと、視線なのに擽ったい。眉間に指先を当てられているようなムズムズ感が、次第に体の中を駆け巡る。いっそ背中を縦に氷水が滴ってくれた方がましだと思うほど。
「しかも両側な?」
「うん。明日からの学校大変だよ?」
「またガーゼか何かでカバーするしかないな」
「もう、前と後ろに噛み跡つけようか?4箇所」
「なんでだよ。そうしたら余計に怪しまれるし、外されたら歌代が犯人だってバレるぞ」
クラスに、噛み癖があることを知ってるのは朝比奈と青海、香月に星中くらいだ。あの下ネタは多分、何も知らない。知らされることがない。
「流石に噛み癖あることを本気だと思う人は居ないだろうし、私と暮らしてるって線に辿り着くこともないよ」
「油断大敵だぞ。バレて困るのは俺も歌代も同じなんだから、気をつけてもらわないと」
「だね」
親友の洞察力、特に朝比奈や香月は女の勘というのが働く。歌代は初めて同じクラスになり、まだ生態を掴めないので何も言えないが、少なくともこの2人の鋭さは人知を超えたものがある。
星中は常に香月のことしか頭にないので、それを除けばポンコツである。
「それにしても、香月とは相変わらず仲悪かったな。何であんなにバチバチなんだ?」
実は仲がいい2人の派閥。巫山戯る延長線で、いつの間にかあの言い合いが普通になってしまったようだが、それ以降変わらないのは気になっていたこと。
「あれは香月がお嬢様だからだよ。なんとなく、お嬢様とは対立したら面白そうだったから、口悪くなって今に至るって感じ」
「なんとなくで、あんなに言い合えんの?ホントに仲悪く見えるのも凄いけど、よく傷つかないように関われるな」
「香月はメンタルおばけだからね。何言われても凹まない鋼のメンタル持ち」
女子同士だから言えること。男子からなら、それは蔑まれ、きっとお嬢様の圧力で学校から消されるだろう。香月も、楽しんでその関係を築いているようにも見えるし、お互いに本当の不満はなさそう。
「なんだかんだ仲良さそうだな」
「さぁ。それはどうだろう」
ツンツンした性格ではないが、こうして素直に認めないのは恥ずかしさがあるからか。とにかく、いつまでもあの言って言われての猛襲を繰り返してくれれば、見てる側は飽きないので、無限に続けてほしい。
「ぐぁぁぁー」
「何?」
クッションを枕に、真隣で寝始める歌代。頭は俺の太ももの直ぐ側。というか真横。足はソファのぎりぎりまで届く。
「暇である」
「部屋でゆっくりすれば良いって言ってるんだけど?」
「いつの間にか寝ちゃうもん」
「良くない?」
「良くないよ。暇だよ?満喫しないと」
「土日毎回言ってそう」
これまでも、春休みの1週間全て、部屋に戻ったのは寝る時だけ。それ以外は起きてから寝るまで、ずっとリビングのベッドで寝転がっていた歌代は、部屋があることを知らないように行動する。
「毎回言わないように、飽きるまでなにかするんだよ。多分、半年後にはお互い素っ気なくなるくらい慣れてるだろうし。いや、やっぱりそれはないかな」
「なんだよ」
「多分私の関わり方は変わんないってこと。だから、その都度面白い何かを見つけていこう!」
「なるほどな。見つかるといいけど、探すのも楽しそうだしノッた」
「いぇい。それなら、今日はもう漫画とかは読まないし、ゆっくりまったりしたい気分なので何か観ない?」
「同じ気分だから、ノッた」
今日はもう十分疲れた。それなりに濃くて目眩のする1日を過ごしたと思う。香月派閥と歌代派閥。どちらも学年を支える優秀な生徒なのに、対立し合うのはやはり面白い。思い出すだけで微笑んでしまうほど、見ていられる。
「ということで、映画とかアニメでも観よう。アニメは夜に見たい派だから、こういう時はホラー映画じゃない?五百雀はどう?」
「共感しかない。読み物も観る物も、黙って読みたいから、今からならホラー映画で」
「さっすが!分かってるぅ!」
「あざっす。電気消すから、動画配信サービスをつけろぉ!」
「任せて!」
多分、家に帰ってからの方が、俺たちは騒がしい。歌代も、学校ではスクールカーストの頂点で、いつも香月と鍔迫り合いをしているが、こんなにもテンション高いことは初めてだ。
家ではおとなしいというのは、距離感の問題だろう。噛み癖があって、それを知られないためにも、ついた嘘。でもそれもなくなった今、素が生まれた。
リモコンを握り、ピッとテレビをつける。設定済みの動画配信サービスを選択すると、まず困るのは何を観るかだった。
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