第22話 なんとかする
「もしそれが、高校を卒業して家を離れた時、ずっと続いて癖ついてたら、それこそ問題だからな」
今後を考えるなら、何かしらの端緒を見つけなければ、苦労するのは歌代本人だ。俺にはなんの害もなくて、デメリットもない。だけれど、見過ごすというか、苦しむ歌代を放っておくのは、性に合わない。
「家では噛まれてあげれるけど、学校とか友達と出かけた時とかはな」
「うぅ……苦しい」
ホントに苦しそう。その苦しみを味わえない、共有出来ないのも苦しい。人それぞれの悩みがあっても、解決策はあるとは限らない。これは俺との同棲で、更に強まった噛み癖。俺にも責任はある。
「それも、この2年間でゆっくり考えようか」
「大丈夫かな?」
「なんとかなるさ。最悪、見つかるまで噛まれ役にはなれるから」
嫌なら今すぐに拒否をして、離れて一人暮らしを始める。しかし、どうも離れることは出来なかった。善人だから?相手が美少女だから?こんな経験ないから?どれも違う。
単に、楽しいからだ。彩りのない、無色の人生。なんとない学生生活を送って、なんとない学校に進学して、なんとない就職先に就く。そんな人生を始めようとする、高校2年生の分岐点。俺は、こんな僥倖に出会えて、変われると確信した。
寄り添うことで、幸せを得られることを知った今、ここから抜け出そうなんて微塵も感じてない。それは、事柄が逼迫しても同じこと。楽しさに抗えるほど、俺は大人じゃないのだ。
「流石に、10年とかは難しいけどな」
言っていて笑えるほどバカバカしかった。でも、現実的でもある気がした。だって、既に今が非現実的なのに。それ以上を考えられない俺は、脳内お花畑になるのも至極当然だった。
「そんなこと言われたら、私は甘えちゃうぞ?」
「良いんじゃね?」
来そうな気がした。隣りに座っていて、アイスを食べた後に寝転がりたくないけど、でも受け入れてやろうと思った。片眉上げて、煽るように歌代を見た。阿吽の呼吸とも言えるその間に、歌代は理解をした。
「ふふっ」
そしてすぐ、歌代は距離のない俺との間を、両手を広げて向かってきた。大きく開かれ、悩みのタネを抱えてそれを俺にも寄生させようと、辛いことも悲しいことも、寂しいことも何もかも、背負うことは同じだと、それくらいの勢いを載せて、俺を正面から押し倒した。
「んー!五百雀!お前ってやつはぁ!!」
やっぱり慣れない。距離感なんてバグりにバグってる。でもそれが良かった。寄り添いやすかった。助けやすかった。手を差し伸べて取れる距離だった。だから嬉しかった。
助けれるんだと、その時に確信を得られたのが、俺には何よりも大きかった。きっと、歌代が自己解決を望み、塞ぎ込んだ性格ならば、今頃部屋とリビングで別れていたはず。
それを歌代本人から壊し、曝け出すことを選んで隣りに座ってくれた。これは1つの許しだろう。距離感なんてただの感。近くてデメリットが生まれるわけでもあるまいし、別にどれだけでも構わないんだ。
頭を擦り付けて、左右に動かす。幼なじみでも、いとこでも、家族でもない。強いて言うならば、言葉借りて疑似家族。それくらいの間柄。しかも出会って話して1週間。やはり、俺たちは少し変だ。
「甘えて、我慢するの諦めようかな」
「それは自分のためにならないし、俺たちの仲が悪くなったら終わりだぞ」
「でも、今だから言えるんだろうけど、そんな未来は見えないんだよね。五百雀は優しすぎるのが玉に瑕だけど、この先喧嘩する未来も見えないし、不満もあまりなさそう。私は我儘を聞いてもらってるし、今も部屋とかあまりにも自由に過ごさせてもらってるし。それで五百雀も幸せって言ってくれるなら、多分問題はないと思うよ」
これは、ジェットコースターの始まり、上り始めてる段階での歌代の感想だ。だから、正確無比とは言い難いし、急降下や一回転、上下激しい揺れが起こった際に、何かしらの齟齬が生まれ、軋轢が生じ、関係が瓦解するかもしれない。
だから、本当に、本当に一概に言うのは間違いだし、この先を見透かしてることなんてないから、正しくもなんともないのだが。
「俺もそう思う」
肯定するほどに、その先が明るすぎた。既に照らされていて、不満も嫌悪も、欠点1つもなかった。いや、ないように感じている。
押し倒されて上に乗られ、こんな情けない姿でも、俺は確信に近いものを持っていた。歌代との関係性に、絶対に乖離はないのだと。
「いやー、相性抜群だねぇ」
「そうだな」
「このまま、この前の仕返ししようかな」
「流石に力の差があるから、抜け出せるぞ。ドMじゃないし、歌代には噛むことしか許してないから、仕返しは無効」
「やっぱり男子には勝てないよね」
即座に諦めると、柔和でお淑やか、そして静かに、俺の腹の上に仰向けに寝る。重さなんて軽くて、ほぼ全身、足から頭まで全ての体重がかかってるのに、重いとは微塵も感じない。
けれど、流石にこの密着度で、近距離で匂いを嗅いでしまうと危ないことだらけ。慎重に両手を動かして、歌代の腹部に運ぶと、優しく抱えて起き上がる。
「うおっ!病院のベッドみたい」
「柔らかさも、性能も悪いけどな」
座り直すと、今度は膝の上に歌代が。それでも危ないことには変わりないので、丁寧に抱えて、空いたソファに座らせた。
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