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第20話 計画通り




 「病気ではないんだろうけど、結構大変な問題だよな」


 「ほうはほ(そうなの)


 頭を左に傾け、空いた右側の首筋に噛み付いて言う。発音が正しくなくても、意味はイントネーションでなんとか汲み取れて、痛みもない、慣れもしない歯の感覚が首から全身へと、滴るように巡る。


 それに震えて耐えながらも、過去最長の噛み時間を無表情のまま居た。ひんやりと、チョコアイスの温度を受けた歯が、それを俺の肌に伝える。冷たくて冷たくて、鳥肌も少し立つ。


 「首って美味しそうに見えるのか?」


 「美味しそうなのかは分からないけど、首は1番噛みつきたいと思う場所かな。だから、美味しいと言っても過言じゃない気もする」


 「不思議だな」


 「うん。ごちそうさまです。お風呂上がりにごめんね」


 「いいや、むしろ、お風呂上がりだから良かった」


 5秒は噛まれたが、思えば噛み跡は相当ついたのではないだろうか。風呂場で1週間前の噛み跡が消えてるのを確認したが、あれは2秒ほど。今回がどれだけだったかは、考えずとも分かる。


 「これ、明日からどうするか。今度は違う方向を切ったっていうか?」


 「あっ……そうだよね。噛み跡、忘れてた……」


 明らかにしょんぼりする。意図的ではないだろうが、こうして美少女が本気で悲しんでいる姿を見ると、自分でなんとか解決しないと、という気持ちが徐々に芽生える。


 これの問題点は、どちらも悪くないということ。故に、片方を犠牲に言い訳が出来ない。歌代の噛み癖は、人が歩くようなもの。大仰かもしれないが、そうしないと生きられないことをしている点に於いては、大差あっても違いはない。


 人への理解度はその人別々に存在する。俺の歌代に対する理解度はそう高くない。だからこそ、余計にその癖の心配をするのだ。楽しく幸せに生きるために、今をストレスなく生活するために、大仰なくらいが丁度いい。


 「そんな小動物みたいに落ち込むなよ。噛み跡くらい、傷跡が消えなかったで済ませれるからな」


 「ホントにごめんね」


 「大丈夫。一応聞くけど、わざとじゃないよな?」


 「うん。五百雀に甘えて、衝動に身を任せたらつい……」


 歌代の性格だと、学校の歌代が現れてしまえば、この噛み跡は意図的だと捉えれる。ドキドキハラハラしたいのは変わらない今も、その可能性は十分にあった。


 洞察力に長けているなんて、才能はないのだが、歌代の瞳は嘘を言っているなんてことは皆無だった。


 「だとしたら、誰も悪くないし、仕方ないから適当な言い訳を考えとく」


 「助かります」


 ペコッと、座ったまま一礼。ショートカットヘアがサラッと靡いて、フローラルな香りが鼻腔へと届く。そんな距離感で、学校とは全く違って2種類の歌代を楽しめるのは贅沢でもある。


 隣が何だか寂しく感じるのも、きっとこの距離感のせい。ここ1週間、慣れてしまったのはリビングで寝ることではなく、歌代との距離だった。


 1週間なんてあっという間だと、慣れ始めたのは距離感だけと思っていると、歌代はコーンをパリパリと音を鳴らし終える。すると再び俺を見る。


 「チョコ、チョコっとついてるよ」


 「……寒さに拍車かかるから止めろよ。しかも、それホントに?」


 「ホントだよ。ちょっと茶色くなってる」


 「まぁ、それが普通だろうけど」


 テーブルの上に、いつもは使わない若干高級なティッシュを置いていて、その1枚を手に取ろうと腕を伸ばす。するとその先で、ティッシュは届かない奥へと飛ばされ、それは徒労に終わる。


 「何してんの?」


 「私が舐めて拭こうか?」


 その表情は、完全にスイッチが入っていた。ただ、もう1度俺の首を噛みたい欲は無関係に、鷹揚とした面影なんてなく。


 「舐めて拭きたいの間違いじゃないのか?」


 「そうかもしれないね」


 「学校の歌代出てるって」


 「単に、少しいじわるしたいだけだよ。この前、私を驚かした仕返し」


 「それ、言ったら意味なくない?俺、絶対に抵抗するし、今から洗面所行くから」


 「なら!洗面所の扉を閉める!!」


 猛ダッシュでリビングを駆け抜け、脱兎のごとく向かった先、手に何も持たず、これが学年1位の頭なのかと、少し親近感が湧いた。しかし、学年1位の運動能力だとは痛感した。


 「意外と、学年1位も賢くないのかもな」


 言いながら、忘れられたティッシュを掴む。忘れ去られた、悲しき箱ティッシュ。歌代ではなく、俺に掴まれることが嫌そうに、ティッシュ本体は中に隠れてしまっているが。


 「あぁ!忘れてた!!」


 両腕を頭に、ガーンという効果音が似合いそうなほど、口を開けて愛おしくも、やらかしたと悔しさを滲ませる相好へと変化していた。


 その間にティッシュを取り、首を拭く。捨てる前にチラッと汚れを見ると、そこにチョコだと分かる色彩はついてすらなかった。その瞬間にハッとする。同時に崩れ落ちた歌代を見ると。


 「五百雀、君は何を拭いたのかな?」


 「……やられた」


 そもそも汚れてること自体が嘘だったのだ。


 「何もかも、手のひらの上だよ。学年1位は、遠いね」


 「いや、流石にティッシュを忘れたのはホントだろ」


 「……計画通り!」


 間があった。しかも、聞き覚えのある言い方と癖。これは7割計画通りで、3割奇跡的に噛み合った感じだろう。ティッシュで拭き終えると、歌代もソファへのっそりゆっくり歩いて戻ってくる。その顔に、不満の欠片もなかった。

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