第19話 ヒロイン
いつの間にか、これが普通の歌代だと俺は認識していた。天真爛漫さはあっても、しっかりお淑やかで鷹揚とした部分も持ち合わせる。性格までも美少女なのだと、少し不平等も感じて。
「私の真似じゃないなら、普通に好きなんだね」
「歌代が選んでる時に片手に握ってたくらい好きだな」
「ってことは、これが握られてたやつ?」
自分のコーンを見回して言う。不快に思ってなさそうなので、俺も気分を悪くしたり、気にしたりすることはなかった。
「なわけ。しっかり箱から出したやつだ」
「だよねー」
ぺろっと舐めるのではなく頭から齧り取る。口は小さいから、半分も取れてないが、その割にやたら美味しそうにニンマリするのは、心臓に悪い。
「うまぁい!」
「ちなみに、今食べて、夜ご飯入るのか?」
「多分入るよ。めちゃくちゃ少食で、中々消化してくれない胃だけど、なんとか食べる」
「無理に食べるなよ?」
「それは大丈夫。自分の食べれる量は知ってるから」
女子というイメージ通り、小柄で愛おしさを見せる歌代は、少食なイメージも合っていた。少しずつだが、無縁だった歌代との距離が縮まるのは結構嬉しく、そう思うだけで高揚感に駆られる。
「それで、気になってたんだけど、さっきは何をしてたんだ?歌代とは思えない歌代が見えた気がしたんだけど」
ソファに寝転んで、手を伸ばしてスナック菓子をつまむ。そしてティッシュで手を拭いて炭酸飲料を飲む。こんなにもだらしないという言葉が似合う人は、初めて見た。
「あれ、見間違いにならないかな。最悪なんだけど。同棲してる人に、あんな私を見られて、これからどう過ごせばいいのか……」
「普通に過ごしてくれればいいんじゃね?別にあれくらい俺にとっては日常茶飯事だし、歌代とも親近感湧いて好きだけどな」
「そうかな?ホントに私のこと変だと思ってない?」
「思ってたらこんなに淡々と話してないぞ。なんでなんで?って興味津々に聞いて、変な性癖に目覚めるくらいおかしくなってるから」
「それは……絶対ないだろうけど」
言い過ぎた。いつもこの場合、どれほど自分をキモく言えば、歌代は引き下がってくれるのかを考えるが、どれもこれも限度を超えているっぽい。
上手く、自分を蔑むことなく、相手も引き下がってくれる言葉が見つかればいいのだが。
「しかもこれ、五百雀が寝るベッドでしょ?汚してるかもしれないよ」
「なら掃除するだけだ。遠慮しないで使ってくれ。ここは歌代の家でもあるんだしな」
「そう?いつもありがとね。私のために色々と」
「嫌じゃないから、そんなに苦労もしてない。気に病みすぎて、逆に病気になるなよな」
「うん。これに慣れて、私も五百雀みたいに遠慮なく過ごすよ」
もし、部屋を使わないと蕁麻疹が出るなら、ベッドに寝ないと寝付けないなら、1人じゃないと過ごせないなら、俺はその意思表示をとっくにしている。しかし出さないのは、何もデメリットがないから。お互いが不自由なく暮らすために、遠慮は必要ない。
我ながら、性格は優良物件だと思っている。どこでも寝れて、場所を気にしない。掃除も洗濯もする。もし間違いで同棲を始めるなら、ぜひ参考にしてほしいくらいには、自信ある。……いや、1つあったな、唯一の欠点が。
「それでね、私がしてたことだけど、漫画読んでたの」
「へぇ。どんな?」
「少女漫画。あんまり読むと、そういうのに憧れちゃうから避けてるけど、読みだしたら止まらなくてさ。さっきも集中しちゃってた」
「めちゃくちゃ似合うな。少女漫画読んでそうな見た目だし。少女漫画にヒロインで出てきそうなほど美少女だから、シンパシーあるわ」
「それは夢の見すぎだよ。私はこんなヒロインたちのようにはなれないよ。家ではまったり、学校では騒がしいだけの普通の女の子だから」
「そうか?味があっていいと思うけどな。噛み跡をつける癖もあって、裏表があるけどどっちも優しい。そんな存在なら、ヒロインでしかないだろ」
少女漫画は読んだことがないから、展開なんてもちろん、ヒロイン設定も知り得たことじゃない。だけど、1つ言えるのは、ヒロインに特別は必要ないこと。
なんとない、ただ学校に通って、普通の生活を送って、その上で好きな人ができたら、その時点でヒロインだ。歌代は特別ばかりで、同棲なんて展開に恵まれたが、そんなの抜きにして、人から好かれるヒロインとして成り立つ。
「……優しいこと言われると、衝動に駆られるってことが今分かったかも」
「え?再発ですか?」
これが何よりもヒロインっぽい。そしてその対象が恥ずかしながら俺。屈したくないけど、屈しないと過ごせない。この夢のような生活に、不満は一切ないけど、俺は一層楽しむために、恋をしてみようかと今、少しばかり思った。
けど、やはり手は出しにくい。高嶺の花であり、人から好かれる存在を、俺が独り占めするのは良くない。ただ、噛む側と噛まれる側。この関係に、特別は何もないんだから。欲求に忠実に従う歌代に、邪な気持ちは今は捨てるべきだ。
「何か……そういう機能があるのかな?私も、不意に駆られるから、抑えられないんだよね。家っていう、バレないとこだからかもしれないけど」
言いながら、隣座ってテレビ側を向いて首筋を見せた。
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