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第12話 初日が濃い




 微かに残る噛み跡の感覚。どんな感性で、初めて話す男子に対して噛むという行為が出来るのか、興味がありながら俺は言う。


 「洗い流してくるから、その後に雑談に付き合うってことで」


 「私の噛み跡が汚いって言うの?」


 「絶対言うと思った。歌代の噛み跡と唾液が汚い、汚くない関係なく、洗わないと落ち着かないんだよ。自分で腕に噛み付いたら、洗いたくなるだろ?それと大差ない」


 「ふふっ。そうだね。逆に舐め始めたら私は家を出ていくとこだったし」


 「本当は舐めて唾液を瓶の中に保管したいけど、流石に言ったら気まずくなるし、嫌われるからやめとこ」


 「ねぇ、全部漏れてる。身震いするよ」


 「冗談だ」


 肩に両手で触れ、ブルブルっと2度震えてみせた。言われなくても、自分でもよくそんな気持ち悪い変態の限度を超えた言葉が出たなと、そっちの道を歩くセンスがあるかもと思ってしまった。


 そんな気持ちを忘れるように、今度は俺が2度頭を震わせた。消し飛ばした記憶が、歌代の頭の中に行かなければいいが。そして、噛まれた部分を手のひらで抑えて、俺は洗面所にて洗い落とした。


 「……これが毎日続くのか?大変だな……」


 出る前に鏡を見て、自問する。初対面でこの関係性。この先が悪化する未来しかないと思えば、学校での疲れを吹き飛ばせるのはお風呂と睡眠だけだと、悩みごとが増えた気分。


 デメリットというわけではない。不快な気分にはならないが、やはり今俺には厳しいものがある。美少女としての一面しかない歌代に恋してしまったら、それはもう面倒だ。


 「頑張るか」


 頬を叩いて、気合を入れる。同時に噛み跡を確認する。綺麗についた小さな噛み跡。男子に対してするとは、男女の隔たりがないのは恐ろしい。


 理性総動員、か。


 洗面所を出て、リビングへの扉を開く。行きと変わらず、のほほんとしてソファに座る歌代。


 「噛み跡、俺残り続けるから、学校始まると問題だな」


 「そうなの?私はすぐ消えるから、その気持ち分からないよ」


 2回目もするよと言われてる気分。


 「分からなくても噛むなよ?」


 「気分次第かな」


 「最悪だ」


 抑止力になるものが何1つない。失うものしか持ってないから、俺が圧倒的に不利。何しても、俺は常に搾取される側らしい。


 「それで、何に決めるんだ?最初のドキドキ大作戦は」


 「何でも良いんだけどね。見つかったら焦りそうなのなら」


 「お互いのカバンを交換する、とか?」


 「おぉ!それはいい案です!」


 カバンならば、バッグと違って全員が同じもの。それを交換したところで、重度のストーカーでない限りは見抜かれない。名前もパット見で分かる場所に書いてないし、なんなら俺のには名前すら無記入だ。


 「まずはそれにするか。結構丁寧に使ってるから、人並みより綺麗だし、貸せるほどではある」


 「マジ?私の見せようか?すんごいよ」


 と言って、俺の賛否聞かずに部屋に走って行った。5秒後に出てくると、ガタッと持ち手を持って見せつける。ところどころ剥げた黒の塗装。迷彩柄と見紛うほど、使い方が男子だった。


 「……使うけどさ、どうしてこうなったんだ?」


 「友だちと河川敷で草スキーした時が1番ヤバかったかな。これのほとんどが草スキー」


 自慢するように胸を張るが、全く凄くない。青春しているという点に於いては、間違いなくクラスダントツだ。しかし、それを使わされる身としては、あまりにもアホすぎた。


 分かっていた。分かっていたが、流石に河川敷での草スキーは笑うことしか出来なかった。


 「何とも言えないけど、まぁ、うん。使うか」


 「1回五百雀くんもやってみなよ。意外とスリルあって楽しいよ」


 「スリルあるの良いけど、スリルで行動してると、いつか痛い目見るぞ」


 「確かに。気をつけないとね」


 これほど意味を込めずに適当に言った言葉はない。顔に書いてある。「私は反省してません」っと。今後保護者になる可能性があるな。


 「まずはカバン交換から、決定だね」


 子供の笑顔は裏切れない。


 「そうだな」


 こうして決められたことも、自業自得だ。もしバレたら、男子が家に来ても入れないようにしなければ。


 「それにしても、もう1週間くらいで学校だな。学校行った時にクラス替え見たか?」


 「男子上から2番目、女子上から2番目」


 「……は?本当に?同じクラスだった?」


 学科によって、この先の進路と相談で決められるクラス。なんとなく大学進学を希望する俺は、選択授業の良し悪しによって決めていた。同じ理由ではないだろうが、クラスまで同じとなると、更に今よりも動悸が激しくなる。


 「うん。五百雀凜人くんと歌代月ちゃん。お互いあ行同士早いね」


 「地獄の始まりだな」


 同じ2を得た出席番号。これは隣同士の席だということの証明だった。


 「そんなこと言わないの。スリル高まるから、結構楽しみなんだよ?」


 「そうだけど、後ろとかじゃないし、美少女として注目集める人の隣とか、大変にもほどがあるだろ」


 「私のこと嫌いなの?」


 ここで嫌な予感がした。この先、また同じことが起こる雰囲気が。隣でのそっと、ソファの上に膝を曲げて座り直す歌代。


 「嫌いじゃない。うん。今思えば楽しみになってきた。興奮して夜も寝れなくなるくらいに」


 「なら今日は一緒に寝てあげようじゃないか。ね?五百雀くん」


 ハッ!として横を見る。しかし手遅れだった。両手を掴まれて後ろへ倒される。先程俺がしたことと全く同じだ。そして抵抗しようと両腕に力を込めた。が、これもまた手遅れだった。


 「あむっ!!」


 「だから、噛み跡はやめてくれぇ!!!」


 始まった疑似家族、若しくは吸血鬼との生活、若しくは距離感のおかしな変態女子との生活。俺の部屋の中だけに響き渡る声は虚しく、強めに噛みつかれた逆の首筋は、始業式まで消えないことが今決まった。


 たったの1日でこの関係。俺たちのこの先がどうなるのか、気になってその日はもちろん、寝ることは出来なかった。

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