第11話 だから距離感……
「変なスイッチ入るのは、私あるあるだから。陽キャの皆様と一緒だと、よくこうなる」
「流石頂点だな。しっかりと変人だ」
「変人でも、今のにドキドキしたから、意外と遠くない未来に、私と結ばれちゃうんじゃない?」
「んなわけあるか」
そんな未来は一切見えない。理由としては、単純に好かれないからだ。何度も言うように、恋を知らないのならばその先へ行くことは出来ない。自分でよく分からない感情に、はっきりするまでの時間は必要だ。
「えぇ、でもさ、何かしらドキドキしたくない?せっかく2人で同じ家なんだし」
俺が倒した姿勢を変えることはなく、両手を挙げて無気力にその場に寝て言う。制服だと見えにくかった2つの山も、はっきりと見えるが、お世辞にも大きいとは言えない。
「ドキドキしたくない?って、その感情ないなら意味もない」
「いやいや、ドキドキには種類があるでしょ?その恋愛的なドキドキとか、恐怖へのドキドキ、焦りのドキドキとか。何でもいいから、ドキドキしたいんだよね」
「それならもうこれ以上ないほどドキドキの展開だけど?同じ家に住むってだけで、それ以上を思いつかないんだけど」
「プラスしてほしいかな」
くるっと180度回転し、ソファに肘をつく。両膝を曲げてバタバタと交互に動かし、退屈が嫌なんだということが伝わる視線を向けて言った。
「そうだ、ちょっと来てよ」
手招きされるので、そんなに離れていない床から腰を上げ、寛ぐ歌代のいる場所へ向かう。途中、服の隙間から胸が見えそうになるが、瞬時に逸して視界から除外した。逸らさなくても見えなかっただろうが、問い詰められると厄介なので、最大の抵抗はした。
「何?」
腰を下ろして言った。ソファの横、胡座をかくことで、寝転ぶ歌代と目線は同じになる。
「顎を私の左肩に載せるように屈んでよ」
「左肩に?」
「うん。私の可愛いお尻を見ていいからさ、グッと前に」
「分かった」
許可を貰えたなら、存分に見るとする。言われたように、肘をついてそこに顎を載せる歌代の、空いた肩に顎を載せる。なんだかんだ、これが女子に触れた最初の行為だ。
フワッと、同じシャンプーやコンデショナーを使ったのに、違う匂いが。その後の保湿の道具の匂いだろうか、フローラルな香りが鼻腔を擽った。吸い続けると匂いに負けて、そのまま惚れそうになるため、1度息を止める。
思えば今は歌代という、学年でも人気で有名な美少女に顔を近づけているのだ。普通の精神じゃ耐えられなかった。違うことを考えろと、一生懸命頭の中を回転させる。
「動かないでね」
耳元で囁くように言われたたった7文字。それだけが、俺の動悸を激しくし、先程のやり返しをされているのかと混乱する。しかし、従順な俺は、言われたように動くことはなく、これから何をされるのかと、ドキドキ感に浸らされていた。
そして。
「あむっ」
「っ!?」
首筋に、温かくて鋭い鋭利な何かが、痛覚を刺激した。俺はその瞬間に、脳内に危険信号が流された。咄嗟に最短で驚きを表現し、動こうとする。しかし、動こうとしただけで、実際は動かなかった。本能的に、動かなくて大丈夫だと、俺の脳は狼狽する中で決めていた。
そしてその何かが、首筋から離れたのを感じると、俺はその場にくずおれた。ダダッと、膝が床につく音。刺激のあった場所に触れると、若干湿っていた。
「……噛んだ?」
「うん。噛み跡をつけたよ。力はそんなに込めてないから、痛くはないだろうけど」
「痛くないけど……状況の整理が」
満面の笑みだ。ソファの横に、未だ態勢を整えられずに座り込む俺に、歌代は満足げに笑みを溢している。
「これが、ドキドキの1つ。噛み跡つけたら、学校に行った時にみんなから聞かれるでしょ?私と五百雀くんって、どっちもおとなしい性格じゃないからさ、色んな人に聞かれる。そしたら私にも噛み跡ついてて、キャァ!同棲してるの!?ってなるわけ」
「それ、スリル味わうとかよりも、匂わせじゃん。流石に2人に噛み跡ついてたら気づくだろ」
「まぁ、これはやりすぎだね。ただの可能性ってだけだから。でも、片方だけなら、恋人につけられた?とか聞かれて盛り上がりそうだよね」
「飢えてるな……」
歌代の性格なら、こうして暇に対して何かしらの策を練るのは理解がある。関わったことはなく、クラスが違うからイメージだが、流れ込む噂には、十分そういう要素は含まれていた。
「こんな感じで、匂わせっぽく、ドキドキしようよ」
純粋無垢な表情。ただ俺との生活を楽しみたいという気持ちだけの願い。悪いことを考えても、それは常識の範囲内、若しくは冗談。ならばこれくらいは。
「楽しめるなら、暮らしていくなかでは良いかもな。ドキドキし続ければ、それだけ暮らしも大変になるだろうけど」
「うぇーい!匂わせタイムだね。誰に先にバレて、どこまでバレずに暮らせるか。結構楽しみ。五百雀くんは?」
「楽しみ」
「なら何かを考えないと。初日から寝れない夜が来るなんてね」
「明日も休日で良かった」
本当は今日来て、この家に慣れて、登校日には寝坊しないよう調整するつもりだったが、それよりも先に慣れるべき環境が出来てしまった。
ドキドキさせるって、もう俺の中ではドキドキ始まってたんだけどな。
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