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良い事があると悪い事もあるんだなぁ

 昼休みに浮かれすぎてぼんやりしていたら、あっという間に放課後になった。私は迎えの待つ校門へと向かっていた。ちなみに花壇はまだ防御壁があったので、しばらく様子を見ることにしている。


(昼間のジャン、既視感があると思ったらまさか描き下ろしのアクスタのイラストだったなんて……)


 思い出すのは頭の後ろで頭を組み、足をクロスさせたジャンの姿。「見たことあるなぁ」と思っていたのだが、前世で死ぬ直前に予約が始まったアクリルスタンドのイラストだった。

 ランダム六種類。もちろんナターリヤは居なかったが、ソシャゲになってから初めてルーチェの描き下ろしが出たのでBOXで予約していたけれど、どうなったんだろう……。誰か受け取ってくれたんだろうか。


「エリン、ごきげんよう」

「ごきげんよう、また明日」


 すれ違った上級貴族のクラスメイトと挨拶を交わしつつ、相変わらず脳内では一人語りが止まらない。


(三次元推しの友達が『一分一秒が新規作画』と言っていたけれど、理解できる日が来るとは……)


 三次元、つまり同じ次元のアイドルを推していた前世の友人の口癖を反芻する。

 二次元のように新規作画が無いと新しい服装が見られないとかそういう心配がないと言うオタク理論だ。テレビ番組の放送中なんて特に無双だよね、と友人は語っていた。一コマ一コマが新規作画だし、ちょっとうらやましいと思っていた。


 しかし、今はどうだろうか。平面だと思っていた世界は私にとっての三次元である。ジャンのアクスタだって私の日常が切り出された一部のようなものであるし、レオナタが一緒に居るだけで新規作画を与えられている。改めて転生した先がこの世界でよかった。まあ、なんでも嗜む雑食だから、たとえレオナタが結ばれなくても「UTS」の世界線っていうだけで喜んではいたけれど。


 そんなわけで昼休みから噛みしめ続けた複雑なオタク心を、早くマリアに聞いてほしくて仕方なかった。もっともマリアに話せるのはナターリヤと友達になったことだけだが、そここそ大サビだ。


(推しにからかわれるなんて経験できるだけでも奇跡。早く言葉にして気持ちを昇華したい!)


 そわそわしながら校舎の前でマリアを待っていると、なんだか周りが騒がしい。主に女子の囁き声だろうか。下校中の生徒たちはある二人組に熱い視線を向けているようだ。


(学院で黄色い声が出るってレオとか……ジャンとか?)


 あと誰かイケメン居たかなあ……。

 視線を独占している二人組に目を向けると、知った顔が二つ並んでいた。


(え、あ、ちょ、まじ!?)

 

 うっかり両手で抱えていたカバンを落としそうになった。そそくさと扉の陰に隠れ、二人を凝視する。

 一人は男。束ねられた銀色の髪が歩くたびに揺れていた。整った容貌と夕日に透けた髪が輝いていて、神々しささえ感じる。

 そしてもう一人は女。花がほころぶような笑みを絶やさない姿は、自身のピンク色の髪と相まって春が一足先にやってきたのではないかと錯覚するレベルだ。


(クロルチェが一緒に居るやないかー!?)


 噂の二人は、クロウリーとルーチェだった。推しカプその二とも言う。

 昼間と言い、今日はラッキーデーなのか? それとも明日に死ぬとか? 最後の晩餐ならぬ最後の邂逅?


(あれ? でも、ルーチェって早退したよね……)


 急な呼び出しで慌てて教室を出て行った姿を思い出す。間に合えば昼の授業には戻ってくると言っていたけれど、結局戻ってくることはなかった。


(突然の早退、クロウリーと一緒……。ってことはルーチェの早退って黒魔法関係!?)


 クロウリーは黒魔法に関する事件を追って暗躍している。クロウリールートはルーチェに手助けを求めるところから物語が進んでいく。実際、クロウリールートでは闇落ちするモブをルーチェの力で正気に戻すイベントがあり、核心へと繋がるのだ。


「クロウリー様とルーチェ、お知り合いなのかしら?」

「あんな素敵な方の隣に並べるなんて羨ましいわ」


 うっとりとした声で女性生徒たちが話している。今のルーチェは女子からの羨望を全て向けられていると言っても過言ではないだろう。彼女だから許されていると言った方が正しい。

 ルーチェが稀有な白魔法を持つ生徒であることは学院内でも周知の事実だ。特待生で学費免除、制服も一人だけ違う。何をどう切り取っても平民どころか貴族でさえも彼女の前では平凡の一人なのだ。闇落ちを引き起こす黒魔法に対抗できるのは白魔法だけ。私たち凡人ではせいぜい杖を狙って一時的に動きを封じるのが精いっぱいだ。


 クロウリーとの会話で、ルーチェから時折笑顔がこぼれている……らしい。校舎の扉付近では表情までは読み取れないが、周りの女子たちがご丁寧に解説をしてくれている。

 ルーチェの笑顔を見て、目を細めるクロウリー。慈しむような表情に女子生徒たちは色めき立っている。想像じゃなくて、ぜひ自分の目で見たかった光景だ。


(聞く限り、これはもうカップルですね?)


 原作よりも随分早い打ち解け具合に、少しだけ焦る。

 だって、レオナタの時みたいに最高の現場に立ち会えていない可能性があるわけじゃん? 私の知らないところでハッピーエンドを迎えないでほしい。せめてクロルチェが結ばれるシーンではモブとしてスチルに描かれていたい。


(もう恋人にたどり着いていたとしたら……)


 クロウリールートでキュンキュンした、「大人の男性への憧憬が恋心に変わる心境の変化」や「追いかけたら逃げるズルい男にやきもきする姿」などを間近で感じることができないわけで。


(でも恋人になった後の甘々なクロルチェの新規作画が原作以上に得られるのでは?)


 二人が結ばれてから結婚後の話であるエピローグまでに空白の時間がある。それも年単位の空白だ。エピローグを見るに、きっとおだやかな時間を過ごしていたんだろうけど、オタクはそこを妄想で補完するしかなかった。


(これはもしや、オタクが妄想していたよりもよっぽどエモい案件かもしれんぞ)


 公式が最大手。今の状況を見て、そう言わないオタクは居ないだろう。はっきりわかりすぎている。もはや覚えている限りのクロルチェ原作後の二次創作と答え合わせできるんじゃね? みんなたちの代表として私がクロルチェの結婚まで見届けるので安心してください。


 小さく拳を握り、扉の陰から二人を見守る。

 ふと、クロウリーが何かに気付いたのか、目線をこちらへ向けたようだ。ちょうど校舎から出ようとしていた生徒たちが「きゃあ」と可愛らしい声をあげた。年頃の女の子って感じでかわいいなあ、と女子生徒たちに顔を向けていたが、視線をクロルチェに戻す。

 するとクロウリーがルーチェの耳に顔を寄せ、二・三言会話を交わした。


(何それ! 何それ! 身長差!)


 ジャンに次いで背の高いクロウリーがルーチェに顔を近づける構図が神。周りの生徒たちは恋人同士としか思えない二人の姿にざわめきが止まらない。

 本当はあの子たちと同じように叫び出したいぐらい興奮している。私の方がちょっとよこしまな気持ちが含まれているかもしれないけれど。


 ルーチェを置いて、一人で校舎の方へと向かって来るクロウリー。足が長すぎて颯爽と歩いているだけなのにぐんぐんと距離が縮まる。そろそろ表情も判別できるぐらい近づいた辺りで、疑問符が浮かんだ。


(ずっと目が合ってる気がするんだけど……)


 生徒は立ち止まってクロウリーを見ているが、本人は全く気に留めている様子はない。金色の目はまっすぐと校舎の中を見ている……と思っていたのだが。


「会いたかったぞ、エリン」


 もはや黄色い声が絶叫となり果てる中、いつの間にか私の真正面にはクロウリーが立っていた。

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