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オタク、同士を得る

 脳内でいつもの推しカプ一人語りオタクをしつつ、アメリアとナヴィと共にクロルチェを見送っていた。

 完全に二人が見えなくなると、アメリアがぽつりとつぶやいた。


「あれがウワサのクロウリー様ねぇ……」


 そうです、あれがウワサのクロルチェです。

 心の中でアメリアの言葉にうなずいた。


 しばらく三人で廊下の奥を見つめていたが、誰からともなく踵を返す。横並びになると、静かに教室までの道のりを歩きだした。

 さっきまでの喧騒がウソのように辺りは静まり返っていた。


 左から私、アメリア、ナヴィの並びで歩いていると、全く言葉を発していなかったナヴィが口を開いた。


「……なんだかお似合いですね、あのお二人」

「クロウリー様とエリンじゃなくて?」


 アメリアが横目でナヴィを見て首をかしげた。


「はい。クロウリー様とルーチェさんです」


 少し顔を赤らめたナヴィは弱々しい声で続ける。私はにやけそうになるのをこらえ、二人の会話がどう続くのか見守るのに徹していた。


「なんというか……信用しあっているような雰囲気がステキでした」

「そう? アタシには普通にエリンに気があるようにしか……」


 私は教科書を片手で持ち直すと、ナヴィの前に立ちはだかる。


(こんな近くに同士が居たなんて!)


 冷静に見守っていると思った? 無理でしょ。

 クロルチェ賛同派やぞ? 捕まえておくに決まっている。

 胸元で教科書を抱きしめている彼女の両手を握り、今日一番の声を上げた。


「わかる!」


 私の奇行にびっくりしたのだろう。肩を揺らして一歩下がったナヴィの長い髪がふわりと揺れた。え、なんか髪の毛からすごい良い匂いがする!?


「……へ?」

「私もあの二人、お似合いだと思ってるの!」


 あんなに思い悩んでいたはずなのに、なぜこんなに元気になっているのか。それに違和感を覚えていた人も居るかも知れない。

 実はレオナタの間男になったお茶会から数日間、無い頭で思いっ切り悩んで答えを導き出したのだ。


 お茶会後も「もしかして私がイベントを発生させてしまったってことはクロルチェ以外のカップリングでルーチェが引っ付く可能性が微レ存?」と考えていたのだが、どうやら最近、新聞でも取り上げられているぐらい頻繁に闇落ちが起こっていた。

 アメリアが不審に思う程度には新学期早々、ルーチェは早退や遅刻をくりかえしている。きっと記事になっている以上に闇落ちが頻繁に起きており、ルーチェが現場に向かっているのだろう。幸いなことは学院内の闇落ちがクリスマス以降無いというぐらいだろうか。

 つまり、この世界は闇落ちに深く関わるストーリーから出来た世界線と考えられるのだ。


(そうなるとルーチェの相手はクロウリーかテオしか居ないんだよね!)


 一応、レオも闇落ちに関わっているのだが、本人はナターリヤに執着……いや好意を寄せているようなので除外している。すると相手はクロウリーとテオのどちらかになる。

 しかしながらテオとは一緒に居るところを見かけたことがない。それどころか知り合いなのかもわからない。

 私は一年の時に彼と同じクラスだったけれど、ルーチェは一回も同じクラスになっていないのだ。遭遇イベントが無かったのならば、彼女たちは出会っていないはず。

 その他もろもろ、各ルートのエンディングから察するに、この世界はほぼクロウリールートなんだろうと迷推理を繰り広げたわけである。

 頭の整理をしたおかげ様で「クロルチェをひっつけよう!」の気持ちが高まった。雨降って地固まるとはまさにこのことである。


「よかったー! 同士が居た!」


 嬉しさ余り余ってぶんぶんと勢いよくナヴィの手を振る。

 案の定なのだが、振動でナヴィが抱えていた持ち物が滝のように落下した。


「あっ、ごごごごめん!」


 教科書や辞書並みに分厚い魔法薬学の副読本、ノートや筆箱の中身を拾い上げようとしゃがみ込んだ。


「大丈夫ですよ」

「ドジなんだから……」

「お、おっしゃる通りで」


 ナヴィだけでなく、ため息をつきながらアメリアもその場にしゃがみ、散らばった羽ペンなどを拾いはじめる。

 肩身の狭い思いをしていると、ナヴィが手を止めて私の名前を呼んだ。


「エリンさん、本当に気にしないでくださいね?」


 ナヴィが微笑みながら首をかしげると、肩にかかったストレートヘアがさらりと揺れた。日光が反射してオリーブ色の髪がワントーン明るく見えることもあって、まるで天使のようだった。

 が、これを口に出してしまえば「アンタの中で何人天使が居るのよ」とアメリアに言われそうなので心の中でとどめておく。


「これで全部だよね?」

「はい、ありがとうございます」

「こっちこそほんとごめんね?」


 付近を隈なく探し、何も残っていないことを確認してから立ち上がる。

 スカートの埃をはたくナヴィに羽ペンを差し出した。

 もう一度謝ると、両手で羽ペンを受け取った彼女が左右に首を小さく振る。


「あんまり言いすぎても委縮しちゃうでしょ」


 アメリアの言葉はもっともだった。

 仲良くなれていたと思ったが、距離感を測りかねていたのかもしれない。変に気をつかわせてしまったかな、と私は肩を落とした。


 しょんぼりする私を見かねたのか、アメリアが私とナヴィの間に割って入ってきて、私とナヴィの顔を交互に見やった。


「そういえば、アンタたちってなんか似てるわね」

「に、似てる!? どこが!?」

「なんていうか、雰囲気? ちょっと変わってるっていうか」


 顎に手をあて、アメリアは首をかしげる。


「それは私には言っていいけどナヴィには言っちゃダメでしょ!? 悪口じゃん!?」

「悪い意味じゃなくて。他の人と違うっていうか……」


 変わってるって言われて嬉しいのは中二病だけなので、決して褒め言葉として使ってはいけない。

 心の中でツッこんでいると、アメリアは言葉を続けた。私は彼女の口が開いたことに気づき、フォローが入ることを強く願った。


「よく言えば個性的、悪く言えば浮いてる」

「悪口じゃん!? ナヴィに謝って!?」


 アメリアの表裏の無い性格は美学とも言えるけれど、歯にモノを着せなさ過ぎでは? 気の知れた私はともかく、出会って数日のナヴィに言うのは酷ではないか。

 ちらりとナヴィを見やると、思いがけない言葉を受けて目を丸くしていた。


 空気を読んで話題を変えてくれたのは感謝しているが、このままではオタクと似ているなんて言われたナヴィがかわいそうである。


「アメリアさん!? 悪気がないのはわかるけど、変わってるって褒め言葉じゃないからね!?」

「いえ、お気になさらず」


 ナヴィは眉をハの字にして笑っていた。どう考えてもさっきより気をつかわせている。ごめん。

 言葉にしながらもしっくり来ていないのか、アメリアは「う~ん」と考えながらぽつりぽつりと言葉を続けた。


「そうね、ナヴィリーヌは沢山本を読んでいるからちょっと大人っぽく見えているのかも」

「あー、それはわかる」

「そ、そうでしょうか?」


 恥ずかしそうにうつむきながら空いた手でサイドの髪をいじる姿はいじらしい。

 アメリアさん、私とは似ていないと思います。こういう女の子になりたかったもん。今更だけど。


「……そう考えるとアンタとナヴィリーヌが似てるっておかしい話なんだけどね。落ち着きが無いし」

「ナヴィに似てるって言われて私は嬉しいことこの上ないけどね! 大人っぽいんでしょ!?」

「はいはい、そうね」


 鼻息荒くして喜んでいると、アメリアは軽く私をいなして教室の方へと歩きだした。

 ガーンとおおげさにショックを受けているフリをしつつ、私はナヴィを追いかける。

 横を見ればナヴィが笑いながら小走りで追いついていた。結果として、ギクシャクした空気が消えて丸く収まったので良しとしよう。


「あ! これからもクロウリー様とルーチェを応援しようね、ナヴィ!」

「……はい」


 何はともあれ、クロルチェの可能性に気づいてくれた人が近くに居たことはとてもありがたかった。

 スキップをしそうなぐらい気分が高揚していると、背後からパキッと言う音がした。


「ん? なんか音しなかった?」


 立ち止まって振り返るが、廊下には私たち以外誰も居なかった。


「いいえ? わたしは聞こえませんでしたよ」

「気のせいじゃない?」

「そっか」


 何かが折れたような音だったので、万が一ナヴィの持ち物だったら弁償しなきゃと思い、辺りを見回したがやはり何もなかった。

 下を向いて音の出どころを探す私を見て、ナヴィが切り上げるよう声をかけた。


「エリンさん、教室に戻りましょう」

「そうよ。せっかく早く終わったんだから」

「んー」


 二人に促されるままうなずくと、タイミングよくチャイムが鳴った。静かだった廊下にイスを引く音や号令の声が聞こえてくる。

 誰からともなく再び歩きはじめると「エリンの今日のおかず何?」とか「ナヴィっていつも学食?」なんて話しながら今度こそ教室に帰った。


 最後に拾い上げた羽ペンが見るも無惨な姿で廊下落ちていたことなど、私は知る由もなかった。

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